ダンス大会と後夜祭
ジンセンフ達は3日ぶりに、ピザを食べていた街に戻ってきていた。
街の繁華街には、同じくダンス大会に出るのであろう派手な衣装をまとった男女のカップルが溢れていた。ラクレッタは、すれ違っていく人たちに毎回目を奪われていた。
「あら、ホスピタのとこの娘じゃない」
そう声をかけられて、ラクレッタが振り向いた。
「あれ、もしかしてグォーディアちゃん??」
「そうよ。」
「あんたも大会に出るんだ?」
「そうだよ!久しぶりー、会えて嬉しい!!」
「ちょっとこっちに近づかないで、貧乏が移るでしょ!?でも、そんなことしてて大丈夫?アンタのオンボロ牧場の経営やばいんじゃないの?」
「そんなこと言うなんてひどい!昔はよく遊んだじゃない!」
「む、昔は昔よ!牧場経営について色々勉強して気づいたの。アンタみたいな貧乏牧場の娘と付き合ってたら貧乏が移るってね。」
「ちょっとアンタ、言い過ぎじゃない?何者なのよ?」
「アンタこそ誰?」
「アタシはリフレーン、ラクレッタの友達よ。」
「あ、もしかして相手の男が見つからなくて、そこらの女に声かけてダンス大会に出るつもり?貧乏だけじゃなくてモテもしないのね。」
「お生憎様、この子のダンスのパートナーはこの男よ!」
「どうも。」
ジンセンフはなんか突っ込みづらい女子同士の会話なので、軽く挨拶だけした。
「まぁイチオウ、男子みたいね。ぱっとしないけど」
「それについては同意するわ。ただ、踊りに関してはホンモノよ。もちろんラクレッタも結構うまいんだからね!」
「口ではどうとでも言えるわ。まぁ、どっちにしてもウチのチェダースには足元にも及ばないとは思うけど。」
「お嬢様、ホントのことを言ってはかわいそうですよ。」
グォーディアの隣にいた背の高い男が、落ち着いた口調だが口元をニヤリとして答えた。
「彼は隣町のダンサーで、『優勝請負人』と呼ばれているわ。どこかの牧場さんと違って、ちゃんと稼いでるからパートナーも一流を雇えるのよ!」
「お嬢様、その辺で。それぞれの身分に応じた楽しみ方がありますから。」
「お付きのヤツも、期待を裏切らずに性格悪いのね!見てなさいよ、そのひん曲がった口が塞がらない演技を見せてあげるんだから!」
「で、偉そうに解説しているアンタは、ダンスのコーチでもやってるの?」
「いいえ、私は伴奏者。」
「へー、主催者が音楽を用意してくれてるのに、わざわざガサツな演奏で踊るなんて、いよいよヤケクソなのね。でも自分たちの稚拙なダンスレベルに合わせたなら、ある意味賢い判断かもね。」
「よくもまぁ、スラスラと悪口が出てくるものね。これ以上は話しても無駄だから、午後のダンス大会で決着つけましょ!」
「そうね。これ以上価値観の合わない貧乏人のあなた方としゃべっても時間の無駄ね。それではごきげんよう」
「なんなの、あの傲慢を絵に描いたような女!?」
「あの子はね、駅の目の前にあるエフィシェント牧場のグォーディアちゃん。昔はよく遊んでたんだけど、久しぶりに会ったから照れてるのかなぁ?」
「いや、そんなレベルの軽口じゃなかったでしょ!?まぁ経営の勉強始めたてで、頭でっかちになっててイロイロ語りたい年頃なのね。ラクレッタ、気にすることはないよ。あそこのチーズも牛乳も大した事ないし!気分転換にジンセンフがおごってくれるって言うしね。」
「いや言ってねぇし!まぁ、俺は口げんかは戦力にならないからおごる位で貢献するけどさ。」
ダンスを披露する順番を見ると、ラクレッタとジンセンフは最後になっていた。そしてその一つ前が、さっきのグォーディアのチームという、おあつらえ向きの舞台が整った。
グォーディア達の演技が始まった。確かにダンスを偉そうに語るだけあって、今までのどの組よりもうまかった。
「グォーディアちゃん上手!」
「たしかに上手いけど、ダンスの基本に沿ったつまらない、技の組み合わせでパッションも世界観も感じられなくて、つまらない演技ね」
リフレーンは鑑賞中も、口撃体制バッチリであった。
そんな敵意に気付いたのか、グォーディアは演技が終わった後にこちらを見て、鼻で笑って会場を後にした。
「うわ、ムカつく!」
いろいろ負の感情が湧いてきたので、バイオリンのチューニングがてら、音楽に集中することにする。
「それではジンセンフさん、ラクレッタさんお願いします!」
司会のアナウンスが入ると、リフレーンの演奏を出囃子がわりにして、2人が踊りながら登場してきた。既にその時から観客からは感嘆のため息が漏れていた。
そんな聴衆のリアクションにも気づかず、ラクレッタは元気いっぱいで楽しそうに踊る。ジンセンフが流麗な動きでアシストし、パートナーの踊りを盛り立てる。
演技も後半に入った時だった。ラクレッタの足元に、どこからか2センチほどの石が飛んできた。
「あっ」
ラクレッタが気づいたときには、それを踏みつけてしまい、バランスを崩して大きく倒れかかっていた。ジンセンフはそれに気づくと左手を回す。すかさず左掌から《風》を起こし、くるくるとラクレッタを回したかと思うと、右手まで誘導して体を起こさせ、一気に最後のフィナーレまでつないだ。演技プランを知らない観客からは、最後のアクロバットなパフォーマンスに大きく拍手が起こった。
「優勝はラクレッタチームです!」
司会のコールと同時に、ラクレッタは連れの2人に勢いよく抱きついた。今回は3人まとめて倒れてしまった。
帰り道、見覚えのある格好をした後ろ姿を見つけた。
リフレーンが声をかける。
「あら、エフィシェント家のお嬢さんじゃない。どうしたの、帰りの挨拶はして行かないの?」
「うるさいわね!正々堂々とやって負けた。敗者に何も語る資格ないことぐらいわかってるわよ!」
「あら意外と素直なのね。石ころ投げるほど図太いと思ってたんだけども。」
「えっなんのこと?」
「とぼけないでよ、演技中のラクレッタの足元に石投げたのアンタでしょ!?」
「なにそれ?もしかして、それで最後あの子すごくバランスを崩したっていうの!?」
「『もしかして』ってことは違うの?」
「当たり前でしょ!この日を楽しみにして、アタシだって必死に練習してきたの!わざわざ隣町から優勝するって契約で一流ダンサーまで雇ってたんだから!あ、まさか、、、チェダース!」
「は、はい!お嬢様!」
「アンタ、石について何か見に覚えない?」
「へっ!?い、いや、べ、べ、べ別にワタシにはなんのことかサッパリな、なんの話しk」
「もうその態度がイイ証拠よね。何すればいいかわかってるわよね!?」
「申し訳ありませんでした!お嬢様!」
そう言って、チェダースはグォーディアに向かって土下座した。
「違うわよね?私じゃなくてラクレッタに謝りなさいよ!」
「そ、そ、そ、そうですね。すいません、ラクレッタさん!本当に申し訳ありませんでした!!お嬢様とは優勝するという契約だったので、あなた方の演技には敵わないと思ってつい魔が差してしまい、、、」
「いや、そんな。頭を上げてください。たしかにビックリしたけど、でも、ちゃんとジンくんがフォローしてくれて結果的にすごくイイ演技になったから。優勝できたの、チェダースさんのおかげかも知れませんね。」
「あんたねー、どこまでお人好しなのよ!、、、もう完全に私の負けね、じゃあね。」
そう言って、土下座中のチェダースのケツを蹴り飛ばした後、グォーディアは駅に向かって歩き出した。
「バイバイ、グォーディアちゃん!今度は大会じゃなくて一緒に踊ろうねー!!」
ラクレッタが両手で大きく手を振ってそう声をかけた。後ろ姿のまま、彼女は右手で小さく手を振った。
「あの子だってプライドが高いだけで、根はそんなに悪くなのかもね。」
「そうよ、グォーディアちゃんはいい子なの。私が1番知ってるもん。きっと大会に勝つことに夢中になって、ちょっとイジワル言っちゃっただけだから。」
「口は悪過ぎだけど、ほんとにそうなのかもね。とりあえず牧場帰ってご両親に報告しないとね。」
「うん!」
「ただいま!私たち優勝したよ!!!」
「おかえりなさ〜い。 っえ、うそ!?ほんとに!?」
ラクレッタの母親らしく、負けず劣らずの大きなリアクションを取ったツェルマさんだった。
しかし、すでにリビングのテーブルには豪華な料理が並んでいた。
「もしかして私たちが優勝するってわかってたの?」
「まさか!そんなに甘い大会だとは思ってなかったわよ。ただ、娘の晴れ舞台だから気合い入れて作っちゃっただけ。一生懸命がんばったご褒美に、おいしいご飯を食べさせようと思ってね。」
「お母さん、、、」
ラクレッタが泣き止むまで、しばらくご馳走はお預けになった。さすがにジンセンフも父も、文句を言わず待っていた。
ひととおりダンス大会の思い出話を報告した後、ゴルナグラがつぶやいた。
「先月は魔物も来なくなるし、今月は娘が優勝するし、いやぁ最近はいいことずくめだな!」
「ゴルナグラさん、それってどういうことですか?」
唐突に引っかかる話題が出たので、リフレーンはすかさず聞き返す。
「まぁ天才の君たち2人からすれば、今回はたいしたことない旅の思い出かもしれない。だが、私たち家族にとっては自慢の娘が活躍するなんてこんなに嬉しい日はないよ。」
「いや、今日の話じゃなくてですね。先月の魔物の件をちょっと聞きたくて」
「あぁそっちか。実は今年の春から、急にちょくちょく牧場で魔物が発生するようになってね。時々、夜のうちに牛が襲われてたんだ。ウチの牧場も、街と同じように結界を張っていたから、こんなこと生まれて初めてだったよ。」
「それがどうやって治まったんですか?」
「そんな時さ、エライ美人さんが家の牧場を訪ねてきてね。いや〜目が切れ長で、スタイルも良くてさぁ、声もいいんだよ。」
「ちょっとアナタ、デレデレすぎじゃない!?」
ご機嫌な赤ら顔のゴルナグラさんの顔は、奥さんの冷ややかな声で少し青ざめる。
「いやいやそんな事はないよ!いや、その美人がすごくママの若い頃に似てるなぁって思い出しちゃってさぁ。まぁママには劣るけどね、ハハハハ!!」
「そういうことなの。じゃあしょうがないわね。」
「そりゃ、ママに敵う女性なんてこの世にいないさ!」
「もうパパったら!」
意外とちょろいママさんなのであった。ラチがあかないと思ったリフレーンは話を切り出した。
「その美人さんが、何かしたんですか?」
「あーそうだった。君達も知ってると思うが、結界は特別な《クリスタル》を置くとそこから《結界のスピリット》が発生するだろう?彼女が言うには、『牧場の東北の結界が弱まってたから、その方角をよく磨いた方がいいですよ』とだけ言われたんだ。」
「初対面の人に、クリスタルの場所を案内したんですか!?」
「いやいやまさか!もちろんクリスタルの場所なんか、我が家の大事な秘密だから教えてないよ!でも気にはなってたから、次の日に結界のクリスタルを確認してみると、これがビックリでね。言われた通り、クリスタルの東北の部分が少し汚れていたんだよ!慌てて一生懸命に拭いておいたんだ。そしたら、磨いた日以降ぴたっと魔物が来なくなったんだよね」
次の日の早朝、牧場の親子3人に見送られながらジンセンフとリフレーンは駅に向かった。
「ほら、50%の確率に当たっただろ?」
「そんな謎理論、たまたまよ!こんな辺境な地に謎の美人が旅の途中で立ち寄るんなら、絶対大きな街の方が情報があるはずよ!」
その後2人は大きめの街を狙って訪れた。リフレーンは行く先々で必死に聞き込みしたが、その美人も、魔物が現れた話も、全く聞かなかった。