スカーレットライン
モデルの鉄道:ユングフラウ鉄道 (スイス)
辺りは一面、快晴の青空だった。
地面にはたくさんの緑が溢れている。若草色の草原地帯が一面に広がっており、整列して真っ直ぐに立つ深緑の針葉樹の集団がアクセントを加えている。
その緑色に、赤い線が引かれていく。
赤い線の先頭からは白い煙が噴き上げている。
浮かび上がった白い線は、赤い線から離れていくうちに、青い空に溶けていった。
大自然の静けさに終わりを告げるように、ジンセンフ達を乗せた真紅の汽車が、汽笛を響かせながら駆け抜けていた。
「次にこんなことしたら、駅で憲兵に突き出しますからね!」
「本当にすいません!2人とも田舎の出身で汽車が初めてで。乗り方のルールも知らなかったんです。」
必死に謝るリフレーンを見て、溜飲の下がった車掌さんは運賃だけ回収し、先頭車両まで戻って行った。
「リフレーンは言い訳が上手いなぁ。別に汽車が初めてってわけじゃないだろ?」
「そう言わないと場が収まらなかったでしょ?まったく、なんで巻き込まれたアタシの方が必死に謝んなきゃいけないのよ!」
「ごめんな。それにしても、2時間も乗ってなきゃいけないのかぁ、退屈だなぁ」
「さっきまで食後のダッシュさせたばっかりだって言うのに、よくそんなこと言えるわね!」
「なんだよ、リフレーンだって乗り気だったじゃん。」
「誰も『今すぐ』なんて言ってない!出発は明日でも良かったでしょ!?あとアンチョビのピザだって食べたかったのに!」
「まだ食べる気だったのかよ?」
「言ったでしょ、ピーターはワープっていう強力な移動魔法を使う分、召喚するとすごく消費魔力もお腹も減るの!」
「そうなんだ。まぁ、せっかくのイイ景色なんだし、眺めながらのんびり行こうぜ!」
「『のんびり』とか、どの口が言ってんのよ。アンタの性格大体わかってきたけど、これから先、気が思いやられるわぁ。」
リフレーンはそうボヤキながら当てつけで大げさに頭を手で抱えたが、既にジンセンフは窓の外に夢中だった。
ふっとため息を吐いて、気持ちを切り替える。窓の外に目を移すと、彼女もまた、汽車の外に意識を奪われていた。
縁取られた窓枠の中は、上は真っ青な空、下は若草色の牧草地帯で埋めつくされている。一見、この静止した絵画のような景色も、よく見ると上空の雲や手前の草の生え方で少しずつ風景を描き直しており、なかなかの速度で移動していることを思い出させる。時折、深緑の絵の具で一本一本繊細に描かれた針葉樹が通過したり、トンネルに入ると絵画は真っ黒に塗りつぶされる。
何度目かのトンネルを抜けた時に、思い出したようにリフレーンが尋ねた。
「アタシもチーズの味に釣られて賛成はしたけどさ、ノリで行き先決めて良かったの?魔物発生の謎を解くとか言ってたけど。」
「今んとこ何の手がかりもないし、とりあえず新しい街に行くしかないじゃん。」
「こういう時って、せめて大きい街に行ったほうがいいんじゃないの?」
「噂が分かるかどうかなんて、どこの街でも分かるか分かんないかの50%でしょ。」
「まぁ、それもそうね。もう汽車の中だし、とりあえず行ってみるしかないわね。」
窓から見えるのどかな雰囲気に流されたのか、普段なら突っかかるようなジンセンフの謎理論も、スルーしたリフレーンであった。
駅から降りると、目の前には背丈ほどの柵が左右に見渡す限り続いており、その向こう側には何十頭もの牛が草を食べている光景が見えて来た。
「牧場ってアレじゃない?」
「たぶんそうだね。よし、あそこまで競そ、、、。冗談です、ゆっくり歩いて向かいましょう」
牧場に着くと、すでに数十人の客が並んでいた。列の前の方からは威勢のいい声が聞こえており、あっという間に列は捌けてジンセンフ達の番が来た。
「いらっしゃいませ!次のお客さまどうぞ!」
「すいませーん、牛乳ください」
「ご注文ありがとうございます。お2つでよろしかったですか?」
商品を受け取って店を出た2人は、どちらからともなく、早速ガラスビンのフタを開け出した。
「あーこんな自然の中飲む牛乳はうめぇなぁ〜」
「たしかにね、ただ街で食べたチーズの味とは違うのよねぇ。
「そりゃチーズと牛乳じゃ、味も違うでしょ。」
「いや、そう言うことじゃなくて、なんかあのチーズを食べた時のインパクトが無いのよねぇ〜。なんか深みがないというか、、、」
リフレーンは再び店に戻り、お客がいなくなって片付けを始めた販売員に話しかけた。
「店員さん、この牧場の名前ってなんていうの?」
「ウチはエフィシェント牧場ですよ。」
「うーん、なんかピザ屋で聞いた牧場の名前と違う気がする。この辺にある、他の牧場の名前教えてもらえますか?」
「ウチ以外ですと、ラグザリー牧場やパーシステン牧場が有名ですね。」
「それもなんか違う気がする。」
「他にもあることはありますが、、、」
「覚えてなくてごめんなさい。もう!アイツに急かされなければちゃんと聴いたのに、、。あの、たしか『まな板』みたいな響きの牧場ってないですか?」
「『マナイタ』?ああ、もしかしてホスピタ牧場ですか?」
「それだ!ホスピタ牧場までの生き方を教えてください!」
「あー、あそこは結構遠いし、そこまでして行くほど大した牧場じゃないですよ?」
「大丈夫です。アタシ達けっこう体力に自信あるんで!」
「ここを右に曲がった先にある丘をさらに3つ超えた先にありますよ。まぁ、あそこは家族経営のショボい牧場ですがね。」
「ありがとうございます! あ、ココの牛乳もそれなりに美味しかったです、ごちそうさまでした!」
そう言い残してリフレーンは店を出た。
「話終わった?」
呑気にアクビしながら聞いてきたジンセンフには返事もせず、リフレーンはバイオリンを杖に変える。
《ふるさと兎》!
目の前には2メートルほどの巨大な白いウサギが現れた。
「おっ、これが例のワープうさぎ?」
ジンセンフの質問には応えず、リフレーンは巨大ウサギに跨った。
「乗って!」
「え?ああ分かった」
ジンセンフが言われるまま、リフレーンの後ろにちょこんと座った。
「ちゃんとアタシの腰に手を回して!」
「いいいのか?」
「いいから!」
「分かった。」
「跳んで!」
リフレーンがそう言うと、兎はグッと屈んだ。
直後に大きく跳ねたかと思うと、次の瞬間には2人と1匹の姿が無くなっていた。
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