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第24章 過去に薪をくべる行為

 私を知る者が一人いる。


 その者は私のことなどまるで考えずに自由奔放に世渡りする。


 シャルロットの心の中の時計は、あの社交界以来、止まったままになっていた。


 あの時のあのしぐさ、顔の輪郭、髪の毛、成熟した声色。


 全て覚えている。


 「シャルロット? どうしたんだ、元気がないな。」


 「なんでも、ないわ…」


 ベッドの上でアンドリューに話しかけられても、彼女はすっかりしおれた花弁のように、ひざに額をつけてうずくまっている。


 「何か怖い夢でも見たのか? 話してごらん。 きっと楽になる。」


 一体何が起こったというのだろう?


 彼はシャルロットを刺激しないように、なるべく優しく話かけた。


 「怖いの…」


 「怖い? 一体何が? 夢が怖いのかい?」


 「いいえ、でもいまさら…」


 彼女はなおも否定し続けて悩みを打ち明けられずにいる。


 「大丈夫。 なんでもいい。 素直に言ってくれ。」


 その言葉が効いたのか、シャルロットはゆっくりと口を開けた。


 「わ、私。 ごめんなさい。 私、あのとき社交界にいた警官の娘なの。」


 警察の長と言えばもう一人しかいない。


 アンドリューはしばらく開いた口がふさがらないと言った具合に、無表情でシャルロットを見つめた。


 「お、お父様?」


 「ん? まあ、なんだ。 いいじゃないか。 それは前の父親だろう? 会ってしまったからって気にすることはない。」


 しかし彼女はまだ何か言いたいことがあるようだ。


 「あの人が怖いの。 でも私ったら変な子なのよ? 怖い人なのに、会いたいなんて変な子…」


 そういうことだったのか。


 リディルと違って、彼女は前の父親のことをあきらめきれてはいないのだ。


 よりによって相手はあの長官だ。


 あんなくせのある人間のところにいるくらいなら、いっそ死んだほうがましだと考えるのが普通だ。


 だがシャルロットは…


 「シャルロットはお父さん想いの良い子なんだ。 少しも変な子じゃない。」


 「でも、お父様も、もう一人のお父様で、すごく優しくて、良い人で、私には決められないよ。 どうしたらいいの、お父様?」


 「おいで、シャルロット。」


 彼は泣き崩れる彼女を、膝の上にのせて抱える


 「会ってみるかい?」


 「いいの? 私はお父様の子になったのに、また別のお父様のところへ行ってもいいの?」


 「シャルロットが望むならね。 どこの人のところにいるのが幸せかなんて、俺に決める権利はないよ。 帰りたいんだろう?」


 「で、でも。 お父様は? お父様は私と一緒にいたくないの?」


 本当ならずっと一緒にいたい。


 あんな男に渡したくはない。


 「シャルロット、分かるだろう?」


 「っ!」


 アンドリューに抱かれて、その行為が何を意味するのか分からなかった彼女だが、自分を締め付けるくらいに伝わってくる彼の抱擁がいつもと違って、寝巻のレースのリボンに触れるくらいで、まったくもって体に触れていないことに気付いた。


 「俺は、お前を愛していないとは言わない。」


 「やだ。 もっと強くしてよお父様。」


 「いいやダメだ。 お前は帰りたいはずだ。 別れるのはつらい。 けど、本当の父親に会えないのはもっとつらい。」


 「でも、私、お父さんに、もう二度と帰らないって喧嘩して。 だってお父さんは怒るとものすごく恐いの。 私もう耐えられないわ。」


 そのままシャルロットは涙を見せないように後ろを向く。


 父には会いたいが、恐くていまさら会いに行けない。


 これから待つ不安の中に自分の心を投げ入れたくはない。


 いっそ忘れてしまいたい。


 しかし、自分にうそはつけないし、父をそれでもまだ愛している。


 彼の想像を絶するような葛藤の中で彼女は自分に答えを求めているが、一方で自分は答えることを拒み続ける。


 「父に優しくしてくれというのは嫌か? なあ、シャルロット。 俺はいつでもお前を見てる。 別れたからっておしまいじゃない。 つらくなったら戻ってきてもいいんだ。 いつでもお話しよう。」






 トントンとドアをノックする音がする。


 アンドリューの家に負けないくらい立派な屋敷。


 「お、お父様。」


 シャルロットは結局アンドリューに説得されて、フランソワの屋敷にやってきたのだ。


 あの恐ろしい男の家に。


 「お父様? 入れてください。 私です。 シャルロットです!」


 しかし返事はない。


 「シャルロット。 あきらめるな。 もう一度。」


 アンドリューはそばの茂みに隠れて彼女を見守っている。


 それで彼女は勇気をだして、もう一度大きな声で言う。


 「お父様! 入れてください! お願い入れて。」


 「うるさいぞ。 誰だ?」


 ドアを開ける鍵の音がする。


 シャルロットはごくりと唾をのみ、心の準備をした。


 なるべく叱られても耐えなければ、認めてもらえまい。


 「ん? 誰かと思ったが。」


 フランソワは外に出るとシャルロットをぎろりとにらみつける。


 「お父様…」


 「家出ごっこは楽しかったか? だが私はこんな小娘の顔など知らん。 その服、その手入れされた髪。 どれも私の知る娘ではない。」


 「…」


 シャルロットはこれくらいのことは予想していた。


 だからどんなことを言われても耐えるつもりでいた。


 しかし、耐えろと自分に言い聞かせるほどジワジワと涙が出てくる。


 それでも顔をあげて言った。


 「私がいけなかったの! だからお屋敷に入れてください! お願いです!」


 「ふふっ…」


 その笑い声に、シャルロットは許してもらえたのかと、小さな希望の光を胸のうちにともしてゆっくりと前を見る。


 「ふざけるなぁ!」


 希望はついえた。


 「お前は自分から屋敷を出て行ったんだぞ? それを今さらおめおめと戻ってきて、赦してくださいだと? 図々しい! お前にとって世の中はそれほどお気楽に見えたのか! 私の前から消えろ!」


 消えろ…


 シャルロットの耳に、その音が幾層にも重なって伝わる。


 「待ってお父様! 私を置いていかないで! 見捨てないで!」


 「うるさい! 貴様のような女など必要ない! 帰れ!」


 「待って! 待ってよ! いやあ…」


 彼女は貴族の誇りも捨てて、泣いて彼にしがみついている。


 「もうやめろ! やめるんだシャルロット!」


 アンドリューはついに我慢できなくなって茂みから這い出した。


 しかし、彼女のもとへと近づこうとした時、ピストルが向けられる。


 「なんだ貴様!」


 うかつに飛びだして来たのが間違いだった。


 フランソワにとっての怪しい人物はじりじりと距離を詰められ、手を挙げながら後ずさりする。


 「こ、この子を保護していたんだ!」


 「そうか、それは良かった。 これからはこいつを頼んだぞ?」


 フランソワはあくまでシャルロットを受け入れる気はないようだ。


 「そんな、嫌よ! お父様!」


 だが彼女があまりにもしつこいと感じたのか、フランソワは芝生の上にその小さな体を突き飛ばした。


 「おい、お前!」


 「なんだ? 文句があるのか? お前みたいなコソ泥も情があったのか。」


 アンドリューの中で、その瞬間何かが壊れた。


 夢中になって彼に飛びかかる。


 それも、フランソワが銃を突きつけているにも関わらず、近くにあったレンガで彼の頭を砕こうとする。


 「仕方がない。 お前の無愛想でくだらない死に付き合ってやる!」


 フランソワはそう言って冷静な顔つきで引き金に手をかける。


 カチッ。


 不発だ。


 「うおおおおおおおっ!」


 アンドリューがいきり立ち、シャルロットがやめてと手を伸ばす。


 なぜだろう?


 フランソワは顔色一つ変えない。


 有効な手段があるわけでもないのに…


 死を恐れていないのか、それとも彼には情がないのか?


 しかし彼が笑っている姿をアンドリューはこれまで何度も見てきた。


 「すまない、クロード…」


 それとも自分の生き方を、決して曲げることのなかったものを罪として感じていたのだろうか?


 彼は倒れた。


 一体クロードとは誰のことだろう?


 「ああ、あ! いやあああああーっ! お父様のバカ! 大嫌い! 大嫌いよ!」


 アンドリューを残し、彼女は立ち去る。


 それ以来、シャルロットはアンドリューと口をきかなくなった。


 


 

 次回は最終話です。11月16日に更新する予定です。

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