第21章 新たなる家と暖炉の炎
彼は、この目の前にある屋敷の光景にわが目を何度もこすっては、それが夢ではないことを確認したはいいが、とても信じる気にはなれず、唖然としたまま立ちつくしていた。
これは夢でなければ何なのだろう?
自分はこうして二人の娘と一緒に手をつないで、樹の群れの中にある、周りを緑の芝に囲まれた見事な住まいを眺めている。
「リディル。 シャルロット。 あれがなんだかわかるか?」
二人は声をそろえて言う。
「お屋敷です。」
「本当にか?」
「何を言っているの? お父様の買ったお屋敷よ? 私は前に住んでいたからわかるけど、もしかして初めて?」
シャルロットは何をあたりまえのことを、とばかりにアンドリューに言う。
「ええ、そうなの。 前のお家はね、燃やされてしまったの。 とても怖い人たちにね。」
彼の代わりにリディルが答えた。
本当に夢のようだ。
犯した行為の代償がこれならいつ死んでもいいとさえ思ってしまうほどである。
「だんな様、お入りに? 娘さんたちはもう先に行ってますよ?」
すっかり執事の服に着替えたヴィクトルとエミール、そしてオスカーが笑顔で答えた。
「これが俺の屋敷だ! 信じられない!」
「私、こっちがいい。」
没落貴族と言われて、屋敷の状態は最悪だとアンドリューは予想していたのだが、リディルが見事に整理されたベッドに飛び移るのを見て、彼は内心ほっとした。
貴族は庶民と金銭感覚が違う。
それに家柄や威信を大事にするから、普通に暮らすぶんには十分すぎるくらいの銀食器や寝室、さらには必要ない絵画もあった。
部屋が整っているのも、彼らの人生が家とともにあることを意味しているのだろう。
没落してもなお、その高貴な身分意識というか、一種の人間の誇り高い尊厳を守っていこうとする心に、彼は敬意の念を抱いた。
「リディルはあわてん坊だな。」
「だってこんなふかふかなベッド、初めてなんだもの。 お父様も横になるとすぐに分かるわ。」
彼女は彼の服のすそを引っ張ると、自分の寝ているそばまで連れてきた。
そして彼を抱き枕のようにして抱え込んで、気持ち良さそうに目を閉じる。
「リディルばかりずるいわ。」
シャルロットも彼の背中に寄ってきて、反対方向から手をのばし、彼の心臓のリズムに酔うように息づかいを合わせていく。
「ねえ、お父様。」
「ん? 何だいシャルロット?」
「なんでもない…」
そう言って彼女はいつまでも彼にくっついて離れずにいるのだ。
今の生活に満足したというわけではないが、シャルロットにとっては昔の生活に戻ることができたという事実が、最大の喜びだった。
親は違えど、時は過ぎ、親は違えど子は育つ。
今こうして彼にくっついているシャルロットにそう言ったら、たとえ大事なことでも深く傷つくに違いない。
彼女は前の親についてどう思っているのか、まだ分からないからだ。
今はそっとしておこう。
「見てごらん。 二人とも。 世界は広い。」
「ええ。」
「うん…」
気のない返事をする二人。
どういう意味かよく分かっていないようだ。
「窓の外を見てごらんなさい。 ほら、あそこにとまっているだろう?」
屋敷のすぐそばには樹が立っていて、彼の指さした方向には灰色の羽毛を広げてがーガーと、愛くるしい姿の割にはしわがれた声で鳴く鳥が樹の枝にいた。
「かわいいけど、変な声…」
「そうだね。 今自分たちが見てきたこと。 今まで自分たちが生きて感じたこと。 今は無理でも、いずれ分かる日が来る。 そうさ二人とも、頭の良い子たちなんだから。」
二人は顔を見合わせるとくすくすと小さく笑って元気にベッドを飛び出した。
「ああ、走っちゃ危ないぞ?」
「平気よ。 だってここは私たちの家だもの。 誰も襲ってこないから平気よお父様。」
シャルロットとリディルはその後、屋敷の中をぐるぐると走りまわって冒険した。
だが、それに飽きると、午後になったばかりだというのに、疲れて静かに眠ってしまった。
穏やかな日差しがふりそそぎ、風にゆられる紅葉の優しい時間に包まれながら。
「お父様、待って…」
二人とも夢を見ているようだ。
そのため、ときに寝返りを打つたびに、掛け布団の外へ露出する肩が見えた。
細くて真っ白に近い、小さなすらっと伸びる二の腕。
窓から入ってくるそよ風が、しばしば彼女たちの髪をふわりと持ち上げる。
もしそばに画家がいたら、この二人のニンフたちを好んで描いたことだろう。
「旦那様。」
「どうした?」
「ジェルマンという男が、シャンドレーに戻ってきているそうです!」
「…」
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