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第16章 貴族にとっての屈辱

 朝目が覚めると、外から陽が差し込み、それは人類にとって希望の燃ゆる光となるのだ。


 だがリディルにとっては全く逆であり、絶望の日々の新たなる幕開けだった。


 「いつまで寝てるんだよ!」


 初めのころは、よく夫人にこう言われたものだが、今となってはリディルのほうが早起きで、ナタリーを起こすようになっていた。


 「リディル! リディルどこだい?客人を迎えな!」


 「は、はい! ただいま…」


 ナタリーの大きな声に驚いて、彼女はパタパタと走っていき、玄関の扉を開けた。


 「あ…」


 扉を半分開きかけたとき、彼女の体に悪寒が走った。


 扉の隙間から見えたのは、白い皮の軍足、腕には軍の校章。


 そして見上げた先には警察の帽子。


 「いや!」


 彼女は叫び声をあげて勢いよく戸を閉めようとしたが、夫人によって止められた。


 「あんた、何やってるのさ! バカな子だね! 客との接し方も分からないのかい!」


 夫人は彼女を叱りつけると強引に扉を開いた。


 「何の用だい?」


 「ここは孤児院だろう? 身寄りのない子供を預けに来た。」


 リディルをさらったときとは違う兵士が現れたが、それでも彼女の恐怖がおさまることはなかった。


 「あんた、分かってるんだろうね? ほいほいと子供を送ってくるけど、国からの寄付もないと、ここはつぶれるんだよ。 そんなことをあんたに言ったところでしょうがないことは分かってるけどさ。」


 「では、私はこれで。」


 「ああ、とっとと失せな。 朝から騒々しいね。」


 夫人は兵士がいなくなると、リディルにだるそうな視線を向けて、残った子供と話をするように首で合図して二階へと消えていった。






 「こ、こんにちは。 じゃなくて、おはようございます…」


 彼女はナタリーに教えられた通りに、丁寧に挨拶した。


 しかしむこうからの返事はなく、むしろ笑い声がくすくすと聞こえてきた。


 「なあに? その挨拶、なんだかごっこ遊びみたい。」


 「ご、ごめんなさい…」


 「どうしてあやまるの? 変な子。」


 子供はさらに笑った。


 その態度にリディルは少し頭にきたが、騒ぎを起こすとナタリーの雷が落ちると分かっていたから、すこしでも愛想よくふるまおうと努力した。


 「私、リディル。 あなたは?」


 「シャルロットよ。 呼ぶ時はシャルって呼んでね。」


 金髪で青い眼のゲルマン系。


 リディルと同い年で、少し彼女よりも背の高い、いたずら好きな少女であった。


 良家の娘で貴族の出身だが、妻と夫が離縁したため一人になり、ここに来たのだという。


 リディルは友人ができたことに、これまでにない喜びを感じていたが、内面では平静を装いつつシャルロットに接しながらも、彼女の運命に強く同情した。


 貴族で一人っ子であるがゆえにいたずら好き。


 この孤児院でこれほど不幸な彼女はいないだろう。


 自尊心が高い貴族にとってはナタリーに踏みつけられる毎日はつらく、いたずら好きの性格は、夫人のかんしゃくを招きやすいことは明白だった。


 「ここではナタリーさんに逆らったらいけないの。」


 「逆らうとどうなるの?」


 「大きな手でたたかれるの。 すごく痛いのよ。」


 「孤児院って、私たちを守ってくれるところじゃないの? それってなんだか変だわ。」


 「そうなの?」


 「そうなのって、あなたそんなことも知らないの?」


 シャルロットはあきれた声で言う。


 「大丈夫よ。 身分の低いおばさんができるのは、ただわめいて泣くことだけなんだから。」


 「おやおや、新入りの子ときたら、ここに来たとたん、とんでもないことを言うもんだね。」


 いつの間にか夫人が降りてきて言った。


 「リディル!」


 「は、はい!」


 怒られる。


 しっかり夫人の接し方について言わなかった私のせい。


 彼女はそう思った。


 「そこで見てな。 確かにあんたが悪いけどね、こういうのは新入りに直接分からせたほうがいい。 とくに貴族のお嬢様にはね。」






 数分後、シャルロットの叫び声が、孤児院中に響いた。


 「あたしはね、貴族っていうのが大嫌いなんだよ! 偉そうにしやがって!」


 そう言って彼女の頭をわしづかみにして、ぐいぐいと前後に揺らす。


 金の長髪はすごい握力で、背中で一本に束ねてあった三つ編みもくしゃくしゃにされてゆく。


 「痛っ! 何するの? やめなさい!」


 「やめなさいだって? 生意気な口を聞いてんじゃないよ!」


 リディルに言われたばかりだというのに、シャルロットは孤児院に来て早々、夫人にはり倒され、恐ろしい経験をした。


 「やめて! シャルをたたかないで!」


 「あんたは黙って見てればいいんだよ!」


 相変わらずの迫力のある声に、リディルは圧倒されて押し黙ってしまった。


 「あたしからはっきり言っておくけどね、ここじゃあたしが全てなんだ! 逆らうんじゃないよ!」


 ナタリーは目を大きく見開いて、今にも殺人を犯すような勢いでシャルロットに忠告する。


 「い、いや。 そんなの納得できないわ…」


 シャルロットは涙声になって、それでも夫人に反論する。


 「だったらあんたが納得できるように努力すればいいだけの話だよ! あたしに何か文句言うんじゃないって言ったばかりだろう! 人の忠告を何秒で忘れるのさ! 頭の悪い子だね!」


 「頭は悪くなんかないもん!」


 しかしその言葉は夫人の神経を逆なでした。


 「そういうのが頭が悪いって言うんだよ!」


 その後何回にもわたってシャルロットは頬をたたかれ、どつかれた。


 普通の人間なら、もう懲りて大人しくしているのだろうが、貴族のプライドを泥にまみれて生きてきた庶民に汚されたシャルロットは、夫人の大事にする物をうばってやろうと、リディルになだめられながらも考えていた。


 「リディル、あなた悔しくないの?」


 「えっ?」


 彼女は夫人をどうすれば怒らせないように行動できるか、ということだけを考えていたから、シャルロットの言葉と勇敢さに驚いた。


 「こんなの嫌よ。 仕返ししてやらなくちゃ気がすまないわ。」


 「仕返し、できるの? でもやったらまたたたかれるのよ?」


 体力では圧倒的にナタリーのほうが勝っている。


 だからと言ってほかの手段を選んだところで無事ですむはずもない。


 「う…」


 結局、夫人への仕返しは無理と分かったシャルロットは、悲しさと悔しさ、やりきれない思いを抑えきれずにリディルにすがって泣き始めた。


 「あ、泣かないでシャル。 泣くとまた怒られるわ。」


 「何よ。 ここじゃ泣くことも許されないの? めちゃくちゃよ。こ こは何から何までおかしいのよ。」


 リディルはそれでも、泣くと夫人に怒られる、シャルロットがひどい目に遭うからと、説得し続けた。




 

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