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第13章 羊たちは狼の死肉をむさぼる

 シャンドレーの騎士団~知と血の断罪~はこのたび1000アクセスを突破いたしました。読者の皆様に深くお礼を申し上げます。ありがとうございます。私自身、今後も手を抜くことなく執筆を続けて参ります。次話にご期待いただけたら幸いです。

 ジャラジャラという音とともに、馬車についていた檻から錠前が外される。


 「出ろ。」


 アンドリューは強引に警官に引っ張りだされ、牢獄へと連れていかれる。


 なんとうっかりしていたことか。


 あいにくオスカーたちは丘の洞窟で番をしていたから、少なくとも明日の朝にならなければ、自分とリディルが捕まった事が分からないだろう。


 「ここへ入れ。」


 鉄のカビ臭さとほのかにたちこめる尿の悪臭は、たちまちアンドリューの鼻をねじ曲げようとした。


 そればかりでなく、床に敷かれているのは擦り切れてボロボロのわらだった。


 「あんた、新入りだな? どこから来た?」


 牢に入れられてすぐに彼は、壁の向こうにいる男の声を聞いた。


 かなりしわがれていたために、彼は声の主が老年に近いことを悟った。


 「俺か? ここの生まれだ。 あんたは?」


 「実は、俺は地獄から来たんだ。」


 冗談を言って笑っている老人に、アンドリューはこんな余裕がどこからでてくるのかと思った。


 すでにこの腐敗した環境に慣れてしまったのだろうか?


 「あんた、大丈夫か?」


 「ああ、ピンピンしてるよ。 頭のほうだけな。」


 「なら、体のほうは?」


 アンドリューは老人にたずねた。


 「もう随分と痛めつけられたね。 悪事を働きたくなる性分でな、そのたびにおっかないひげを生やした親玉警官がやってきて俺を踏んだり蹴ったりするんだよ。」


 親玉と言えば…


 自分の家に入ってきた、家を燃やしたあの男だ。


 しだいに彼の体から怒りがわきあがってくる。


 「いつ出られる?」


 「さあね。 もう長いことここにいるが、入れられた奴は俺の目の前で皆血を吐いて死んでったよ。 あんたが今ここに来るまで、俺はもう嫌な思いをしなくて済むと思っていたのに残念だよ。」


 こんなところに落ち着いていられない。


 アンドリューは老人の言葉を聞いて焦り始めた。


 どうにかして出る方法、逃げる方法を考えなくては…


 「焦ったって無駄だ。 ここのことは俺が一番よく知ってる。 あの長官ににらまれたらおしまいだ。 あんたも気をつけるこったな。」


 「まてよ。 あんたはしょっちゅう悪事を働いているんだろう? だったらなんで生きてるんだ? あんただけ体が丈夫にできてるのか?」


 老人は笑いながら言った。


 「そんなわけあるか。 俺が生きているのはあいつのやり方のせいさ。 さんざん人を苦しませたあげく、死ぬのを待っているんだ。 自分にとって気に入らない存在が、絶望しながら力なく倒れていくのをな。」


 どうやらとんでもないところに来てしまったことは確かだった。


 しかし彼は脱出をあきらめるつもりも、リディルを手放したままでいるつもりもなかった。


 全身を使って、牢の鉄柵に体当たりを始めたのだ。


 ドシンというものすごい音が、牢全体に鳴り響く。


 「おい、うるさいぞ。 何をやってる?」


 音に気付いた兵士がアンドリューのいる牢までやってきて言い放ったが、彼が柵を壊そうとするのを見て急に顔色を変えた。


 「やめろ! 無駄だやめろ!」


 だが彼は体当たりをやめない。


 それも仮面をつけたまま、何度も抵抗を続ける。


 「よすんだ。 そんなことをしても柵は壊れないぞ。」


 「そうだやめろ。 自分が傷つくだけだ。 あんた、あの長官に目の敵にされたいのか?」


 老人も静止させようとするが、彼は全く耳をかそうとはしない。


 「どうした! なにがあった?」


 音はほかの兵士にも届いたのだろうか、次々と見張り役たちが集まってくる。


 「おい、長官に報告だ。」


 一人の兵士が仲間にそう告げるのを聞いた老人は、ああもうおしまいだと両手で頭を抱え込んだ。






 「私はてっきりお前かと思ったぞ。 違うんだな?」


 「ええ、私は今回ばかりは無関係です。 ああ、でもそそのかして彼に体当たりさせたとお考えでしたら、喜んで罰を受けますが…」


 やってきたフランソワを見るなり、老人は怯えた口調で腰を低めて言った。


 よほど恐ろしい男なのだろうが、家を燃やされた経験をしたせいか、アンドリューはフランソワを今はなんとも思っていなかった。


 「いいや、私は言ったぞ。 お前を殺しはしない。 まだその時ではないからだ。 分かるな?」


 老人はその言葉を聞いたとたんに涙目になって彼の足にすがった。


 「どうかお願いします。 最後にあの牢の中で息絶えるのは嫌なんですよ。 どうか私に罰を与えて元気なうちに殺してください。」


 「離せ! このドブネズミめが!」


 彼は老人をうっとうしそうに足でけると牢に押し込んで鍵をかけさせた。


 「どうか! お願いです! 私に罰を! 私に罰を、わたくしめに罰をお与えください!」


 鍵をかけたはいいが、今度は老人のほうが柵に体当たりを始めたため、フランソワは一度彼を外に出して部下に言った。


 「仕方ない。 うるさいこいつを連れていけ。 いいか、死なない程度にやるんだ。」


 「分かりました。」


 兵士たちは彼の言葉に従い、一礼すると二人ががりで老人を引っ張っていく。


 「うわあああ! いやだ! 殺してくれ! 頼む! 私に死の儀式を!」


 暴れる老人に笑うフランソワ。


 「相手を満足させないのがお前のモットーか? 嫌な奴だな。」


 「その通りだ。 だが安心しろ。 お前には生死を問わない苦しみを与えてやる!」






 ムチで打たれるアンドリューは痛みを感じながらも、決して声をあげなかった。


 皮膚にむごい傷跡が増えていくたびにフランソワの感情を感じとっていた。


 「そうだ! 罪を自覚しろ。 お前が悪なんだ。 我々の前にひれ伏せ!」


 怒りの暴走はもはやだれにも止められない。


 俺は正義なんて形だけのものに、悪人を戒めさせる物事とは無関係に痛めつけられているんだ!


 彼は心の中で痛みに耐え、そう叫んでいた。


 悪は罰しなければ!


 このときのフランソワの目…


 人間のはずなのに、目だけが狼だ。


 いや、羊の仮面をかぶった狼たちが、アンドリューをなじっていた。


 善の意識、悪の意識は吹き飛び、秩序もかき消された。


 群れる者の勝利と血の宴が、大平原のかなたにまでこだまし、完全なる自然の掟がここに完成した。



 


 

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