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序章 金装飾の仮面

 フランスのとある港街シャンドレーでは、その夜おぞましい出来事が起こっていた。


 貴族の館の中で、メイドのかん高い叫び声が聞こえる。


 ガラスや花瓶の割れる音。


 ドアの木枠がミシミシと分解され、次々ともぎ取られ、壊れてゆく。


 床には赤いカーペットに、倒れた拍子に垂れたしょく台の白いロウと、泥にまみれた足跡。


 殺人という惨劇の最中を思わせるような乱れた景観が、そこにはいたるところに散らかっていた。


 部屋の中で、男のうめき声が聞こえる。


 白い色地の中央に盾のレリーフが施してあるドアは蹴破られ、中には四人の黒い足首まである長いマントに、顔をヴェネチアの晩餐会でするような仮面で覆った集団が一人の貴族の男を取り囲んでいた。


 「なんだ、お前たちは!」


 貴族は男たちに向かってピアノにしがみつきながら、必死に威勢を張っている。


 ひざは震え、じりじりと歩み寄る男たちに、貴族はなんとか彼らを追い返そうとピアノの上にあった木の楽譜を投げつけたり、近づくなと叫ぶが、男たちは帰らずに一瞬のすきをついてサーベルを抜き、彼ののど元に突き立てる。


 「お前たちは誰なんだ!」


 恐怖にさらされた貴族の心は揺れ、息はすっかりあがって、額からは汗がにじみでていた。


 「誰だか知りたいか?」


 四人のうち一人だけはほかの三人の気味の悪い赤の仮面とは別の、金装飾の仮面をつけていた。


 その男が貴族に向かって、突如そんなことを言い出したのだ。


 貴族はかつらがずれないように、ただ首を上下に動かした。


 「そうか。 なら教えてやろう。 だが、その前にお前に言っておくことがある。 行動で示してやるからよく見てろよ。」


 貴族は、見ていなければ殺されてしまうに違いないと思ったのだろう。


 自分の地位も忘れて、男を神でも崇めるような畏怖の目で見つめた。


 しかしそれが貴族にとっては不幸だということを、赤い仮面の三人は知っていた。


 「やれ!」


 金装飾の仮面の男が合図するとともに、残りの三人は突然貴族に向かって、すさまじい勢いで暴行を加えた。


 男は野太い哀れな悲鳴をあげて腕で頭を押さえ、悶え苦しむ。


 「や、やめろ、やめてくれ!」


 貴族の声もむなしく、男たちは彼を殴り続けた。


 しばらくすると、貴族の鼻からは血が垂れてきて、顔には黒ずみができた。


 「よし。 もういいだろう。 あとは俺がやる。」


 貴族が口を閉じる行為もつらそうに、あごをヒクヒクと動かすまでになったとき、ようやく金の仮面の男が出てきて止めに入った。


 彼は貴族に近づいていくと、ずれかかっていたかつらをはぎ取り、かれの髪をつかんで言った。


 「あの子をどこへやった?」


 男の目は仮面越しからでも、これでもかというぐらい見開かれ、今にも眼球が飛び出してしまいそうに貴族を圧倒した。


 「お前がやったのは分かっているんだ。 どこだ?」


 「…。」


 二度の問いかけにもかかわらず、貴族は沈黙を続けた。


 それどころか二人の顔の距離が最も近づいたときを狙って、男の仮面につばをかけたのだ。


 男は仮面をとった。


 貴族は男の顔を見てやろうという気でいっぱいだったから、彼の本心には気づくことができなかった。


 貴族はさぞ、恐怖と怒りにうち震えていただろう。


そのせいで、冷静に物事を判断できずにいた。


 だが、男の顔を見るなり、何か言いたげに指で彼の顔を指して、開いたままの口を必死に閉じようとした。


 「殺してやる!」


 金の仮面を投げ捨て、男が叫んだ。


 次の瞬間、男は貴族をうつぶせにして、床のカーペットに彼の頭を擦り付けると、全身の力を腕に込めて、彼の顔をものすごい速さで引きずった。


 「いやあああああああああっ!」


 カーペットが砂の流れる音を立てて、時折、人間の鼻の骨が折れるような気味の悪い音が、貴族の断末魔の叫び声とともに、部屋中を支配した。


 「あああああーっ! あ、あああっ! 熱いっ! やめろ、顔がぁっ! 私の顔があああっ!」


 「もう一度だけ聞く。 あの子はどこだ?」


 貴族の唇は、ところどころ皮がむけており、激痛で彼はもはや声も出すこともできずに、ただひとさし指で部屋のピアノのほうを指すと力尽きて息絶えた。






 それから夜が明けた翌日のこと、シャンドレーの警察長官を務めるフランソワがメイドの知らせを受け、兵隊を連れて駆け付けた時にはすべてが終わっていた。


 貴族の死体はすでに棺桶に収められていて、カーペットにしみ込んだ、鉄くささがかすかに残る血の跡が事の惨憺たる様を描いていた。


 「なんとひどい。 強盗にしてはひどすぎる。」


 フランソワは自分の手でカーペットを触ってみて、ひどく顔を歪ませた。


 すでに血は乾いてはいたが、彼は兵士の軍服に自分の指を衝動的になすりつけ、べっとりとしたいやな赤い液体をふき取った。


 「強盗の顔は見たか?」


 彼はメイドに詰め寄って言った。


 「いいえ、見ておりません。」


 「そうか…」


 しかし、すぐ後になってメイドは付け加えた。


 「見えなかったのです。」


 「何? どういう意味だ?」


 「その…全員が仮面をつけていたもので。 その後は、気絶して何も…」


 彼女は決まりが悪そうに、目のやり場に困りながらそう言った。


 「仮面に、強盗。 面白い!」


 フランソワは笑っていた。


 彼らがこの誉れ高い自分を挑発したと見たのであろうか?


 いずれにせよ、幾多の犯罪を自力で解決してきた彼が、昨夜の強盗団に好奇な念を抱いたのは確かだった。


 彼はこのとき復讐に燃えていた。


 フランソワが駆け付けた時に、もう現場は後の祭りになっていたことが、彼の異常な自尊心を逆なでし、それにより、部下の前で大恥をかいたことが一層彼のはらわたを煮えたぎらせた。


 フランソワは、怒りと、傲慢すぎるほどの正義感を秘め、ピアノの上に置いた手を握りしめると兵士たちに合図した。


 「行くぞ!」


 まだ若さの残る顔だちと金髪の男の後ろに兵士たちが続いた。


 「僕見たんだ。 昨日の夜に仮面をつけた怪しい人たちが、馬小屋から馬に乗って出てきたところをね。 かっこよかったよ。 騎士みたいだったんだ。」


 ふと、貴族の屋敷から出てきたフランソワは振り返った。


 近くの路上で、二人の少年がそんなことを話していた。


 


 


 

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