表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

現実世界

 なぜ某がこのような異世界に来てしまったのか、思い出さなければなりません。

 

 某の名前は早乙女流星さおとめりゅうせい。俗に言うキラキラネームを持つ四十五歳の普通の男であります。


 週五日の完全夜勤のシフトで、コンビニエンスストアのレジのアルバイトの仕事をして生計を立てております。


 夜の九時から始まり、朝方の五時になったら一日の仕事は終わります。現在の時刻は九時五十三分。つい先ほど仕事が始まったばかりであります。


 「ちょっとすみません」と顔立ちの整った綺麗な女性客が某のレジの前に立ちました。歳は二十代前半ぐらいでしょうか。女性は優しげな笑顔を作って某の顔を見つめています。何やらささやかな運命の出会いを感じます。


 すると今度は女性の顔が一変、「さっき買った肉まんに髪の毛が着いてたんですけど」と怒りをあらわにしながら某の前に食べ掛けの肉まんを差し出してきました。


 確かに髪の毛が包装紙と肉まんの間に挟まっておりました。某のものかどうかは分かりません。


 「申し訳ありません! すぐに新しいのと交換いたします……」と某は慌てて女性に頭を下げた後、肉まんの包装紙をレジ台の下の引き出しから取り出そうとしました。


 すると女性は「いえ、もう結構です」とキッパリ断ってきました。そしてすぐさま店の入り口に急ぎ足で歩き始めました。


 それからその女性は店を出る瞬間に、「キショいんだよ。きったねえおっさんがよ……」と吐き捨ててそのまま去って行きました。


 その瞬間、某は心にポッカリと大きな穴を開けられてしまいました。そして思考が停止してしまい、そのまま呆然となってしまいました。


 「おいレジ、ぼうっとしてんなよ!」と今度は他の男性客に怒鳴られてしまいました。某は急いでレジに立ちました。


 すると運が悪かったのでしょうか、煙草の箱が陳列してある棚に某は肩をぶつけてしまい、雪崩の如くその陳列されているいくつもの煙草の箱が崩れ落ちてしまいました。


 「何やってんだよ……」とお客のため息が聞こえてくる中、某は必死に床に落ちている煙草の箱を拾い始めました。


 「さっさと拾えよグズが……」と今度は店長が現れ、今から拾おうとしている煙草の箱をいくつか力任せに蹴飛ばしました。それを目の当たりにして、某は一瞬目眩がしてしまいました。


 「失礼いたしました。二番目にお並びの方どうぞ」と店長は何事も無かったかのように、慣れた手付きでレジに並ぶお客を次々とさばき始めました。


 某は何とも情けない気持ちを胸いっぱいに秘めながら、その後はずっと落ちている沢山の煙草の箱をゆっくりと拾い集めたのでありました。


              ❇︎❇︎


 明け方の五時、やっと仕事が終わり、某は愛する妻が待つ愛の巣へと帰宅いたしました。


 自宅は築三十五年、家賃五万八千円の風呂なし共同トイレ付き六畳一間のこじんまりした部屋でございます。


 部屋に入ると当然に照明はついておりません。某は片付けがあまり得意ではないので、部屋は散らかしっぱなしの状態であります。そして常時敷きっぱなしの布団の上だけが某の生活スペースになります。


 今日の仕事は精神的に参ってしまったこともあり、いつも以上に疲れてしまいました。今晩も引き続きシフトに入っているので仕事です。疲れを癒すために早く寝なければなりません。


 しかし某には一日に一度しなげればならないこと、言わばルーティンが一つございます。


 まずはスマートフォンでゲームアプリを立ち上げます。アイドル育成ゲームアプリ「アイドル・マイスター」のログインでございます。そして一番に顔を見せてくれるのが、涼風すずかぜなぎさ殿でございます。


 紹介いたします。彼女こそが某が生涯の愛を誓いました我が伴侶、愛する妻にございます。


 「プロデューサー! 今日も会えて嬉しいよ!」とちょっぴりボーイッシュな彼女が、帰宅した某を今日も明るく出迎えてくれました。

 

 「なぎさ殿、某にはあなたしかおりません。某はあなたを愛しておりますぞ。どぅふふふふふふ……」とつい某も照れるあまり笑みが溢れてしまいました。いやはや、お恥ずかしい。


 妻のなぎさ殿とこうして接している時だけが、某にとって唯一の至福の時と言えましょう。


 部屋にいる時、なぎさ殿は四六時中優しい笑顔で某を見守ってくれています。その彼女の愛に応えるために、某は部屋の壁に貼ってあるなぎさ殿のポスターの口元にそっと優しく接吻をするのであります。そんな時、なぎさ殿はいつも優しい笑顔でいてくれています。


 「どぅふふふふふふ……」


 あ、いやはや、これまた失礼いたしました。


 来週の休日に妻と二人で、近くの公園にピクニックに出掛けようと計画しているところであります。色々な景色の前でいつものように二人並んで、スマートフォンで自撮りしようと思います。


 さあ、今晩も仕事なので早く寝なければなりません。


 その前に腹を満たさなければなりません。カップラーメンと三リットルのペットボトルのコーラ。これが毎日の某の食事になります。かれこれ二十五年ぐらいメニューは変わっておりません。


 食事を済ませると、容器類はそのままにトイレを済ませに行きます。就寝中にもよおしてしまって、トイレに行くのはとても面倒に思いますので。


 用を済ませて共同トイレの手洗い場で手を洗います。


 その時ふと、目の前の鏡に某の顔が映っているのをいつも見てしまいます。


 髪の毛は二十代前半に抜け始めまして、今となっては額から頭頂部にかけては、まばらにしか生えておりません。


 三十歳を過ぎた頃から太り始め、今では体重は百キロを超えております。そしてここ五年ぐらいは、メタボリックの体系にずっと悩まされているのであります。

 

 鏡を見ても気持ちが落ち込んでしまうだけなので、もうやめにしましょう。今日はこのまま布団に入って寝ることにします。そして今晩もまたコンビニエンスストアでレジのアルバイトの仕事であります。


 よし、全ての用事は済ませました。そろそろ寝ることにいたしましょう。就寝。


 「うっ……」


 突然息が苦しくなり、胸に激痛が走りました。


 「うううっ……」


 (胸が苦しい……。息が……できない……)


 某は布団の上で仰向けになりながら、必死に天井に手を伸ばしました。すると壁に貼ってあるポスターのなぎさ殿と視線が合ってしまったではありませんか。


 なぎさ殿は相変わらず某に笑顔を向けてくれています。


 (なぎさ殿……)


 某は必死になぎさ殿の笑顔に手を伸ばしました。しかし現実は残酷なもので全く手が届きません。


 (某はこのまま死んでしまうのか……)


 突然、某の心の中で死への恐怖が芽生えました。


 (嫌だ! ここで死んでしまったら、もう二度となぎさ殿と会えなくなってしまう……)


 某は必死に抗い無理にでも起き上がろうとしました。


 するとますます胸は苦しくなり、余計に息苦しさも増してしまいました。


 (なぎさ殿……なぎさ殿……。ああ、無念……)


抵抗も虚しく、某はそのまま深い闇へと落ちて行ってしまったのであります。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ