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第7話 決着

 ここからは時間との勝負だ。1秒たりとも無駄にすることはできない。目を閉じて魔力を練り上げ、呪文を唱える。この数日間で、何十回と繰り返してきた行為だ。

 

 俺の身近にありながら、まだカード化を試していないもの……それは魔術だ。


「ファイヤーボール!」


 普段使い慣れた便利な初歩的な魔法。ただし、いつもと違う事がある。それは、空中ではなく自分の手の中に収まり、通常よりも爛々と放たれる輝きが増している。


「チェンジ」


 それは、一際眩い輝きを放つと同時にカードに変換された。


【名称】 火の結晶 

【クラス】マジック

【詳細】 純度の高い火の魔力が込められた結晶。結晶に魔力を通すと数秒間発火する。

     


「よし、成功だ。しかし、魔法そのものではなく結晶化するとはな」


 火の魔法をカード化するというよりも、火の魔法の基となるものをカード化しているのかもしれない。ひとまずの成功に口元を歪ませつつ、今度はポケットから『イグニス・ストーン』を取り出す。そして、2枚のカードを握り締めつつ、奴に一矢報いるための武器を思い浮かべる。イメージが固まったと同時に静かに唱える。


「ミックス‼」


 呪文を唱えると、2枚のカードが粒子となって手元から離れ、目の前に1枚のカードが作製されていた。

 

 そこに向かって右手を伸ばし、そのカードを掴み取る。


【名称】 デアグニス・グラディウス 

【クラス】装備

【詳細】 魔術剣。剣に魔力を通すと、剣身から炎を生み出す。魔力を切るまで炎が尽きることがなく、その炎は全てを焼き尽くす。

     

 カードを手にした瞬間、目の前の木々が音を立ててなぎ倒される。その木々の後ろから、ついにスライムが姿を現した。太陽の光が反射して奴の牙が輝いている。こちらを認識すると、その牙を吊り上げ不快な笑みを浮かべていた。その笑みに怯みそうになる足を叱咤し、しっかり大地を踏みつけ、堂々と胸をはり奴を睨みつける。


「リリース」


 言葉を紡ぐと、両手に一本の剣が納まっていた。その剣は俺の背丈ほどの長さがあり、柄から剣身全てがマグマが煮えたぎったようなオレンジ色で構成されている。切先から鍔にかけて、中央に火の結晶が嵌め込まれ、それは太陽光をあびて赤い輝きを放っている。


「綺麗……」


 ごぐりとつばを飲み込み、戦闘中にもかかわらずその輝きに見とれてしまう。凄くカッコいい。しばらく我を忘れて剣に見入っていたが、誰と対峙しているのかを思い出し、慌てて視線をスライムにもどす。どうやら動いている様子もない。もしかしたら、奴はこの剣の危険性に気がついたのかもしれない。証拠に、先ほどまで浮かべていた笑みが鳴りを潜め、奴から緊張が伝わってくる。


 剣に魔力を通すと炎が生まれ、剣身全体を陽炎が包み込み、その刃を歪ませる。


「それじゃぁ決着をつけようじゃないか」


 半身で腰を落とし、剣の切先を体の後ろに隠し、いつでも反撃可能な構えを取る。緊張により汗が頬を伝う。この勝負は、先に集中力を切らしたほうが負けることになるだろう。


 どれだけ時間が過ぎただろうか。両者動くことなく膠着状態が続いている。長時間の同一体位により、全身の筋肉が疲労で震えそうになり、息が荒く、心臓の鼓動も早くなってきた。残念なことに、どうやら先に集中力が切れるのは俺になりそうだ。もしも、このまま膠着状態が続けば間違いなく俺は負ける。ここはもう腹をくくるしかない。


「あぁぁぁぁぁ」


 意を決して足を動かし、直進して奴との距離を詰める。奴まで後2メートルという所まで近づいた時、ふいに嫌な予感を感じ、とっさに斜め前に体を倒す。


 ヒュンッ!


 体を倒すと同時にナニかが頭上を掠める。俺を串刺しにしようと、奴の体の一部が槍のように伸びていた。その巨体に似合わない俊敏な動きに驚きつつも、体を回転させるとともに、それに向かって剣を振り上げる。

 

 ジュッ――――

 

 なにかが焦げるような匂いが絶ちこむが、気にせずそのまま剣を振りぬく。


「gaaaaaaaa]


 初めて奴が咆哮を上げた。ひるんだ隙をつき、残りの距離を瞬時に詰めてその巨体へ斬りかかる。下から斜め上に向かって剣の軌跡が描かれ、巨体の横を駆け抜ける。握った柄からはかすかな抵抗を感じるものの、難なく体を斬り裂くことに成功した。振り返って奴を見ると、その傷口は黒く焼き焦げており、前回のように修復される様子はない。

 絶え間なく咆哮が鳴り響き、苦痛に口元が歪んでいるのが見て取れる。こちらが一歩足を踏み出すと、巨体が少し後ろに下がるのが分かった。奴の表情に怯えが表れている。獲物と捕食者の立場が完全に逆転した瞬間だった。

 この勢いのまま、奴の懐に入り込む事ができれば倒すことができるはずだ。逃走や対策の手立てを整えられる前に再び距離をつめる。奴は逃げ切れないと悟ったのか、自身の体で無数の触手を作り、こちらに向かい乱れ打ってきた。最後の必死の抵抗なのだろう。

 勝ちが見えたためか、相手に余裕がなく繊細さに欠けていたせいかは分からないが、落ち着いて触手一つ一つに対処することができた。

 最小限の動きで避けながら、剣を一薙ぎできる距離まで一気に詰める。突進の勢いを保持したまま、剣を上段に構え下に向かって一気に振り下ろす。


「チッ」


 間一髪のところで奴は盾を作り出し、自身の前に掲げた。先ほどのように容易く斬り裂くことはできず、柄を握っている手から、まるで鉄を切りつけたような鈍痛が腕に広がる。剣が盾に弾かれそうになるが、寸での所で腕に力を込めて踏みとどまることができた。


「あぁぁぁぁぁぁぁ」

「gaaaaaaaaaaaa」


 こちらが力を込めると、奴も負けじと獣のような咆哮をあげて押し返してくる。最後の力を振り絞り、剣に更に魔力を込める。すると炎の勢いが増し、徐々に盾を斬り裂いていく。


 「はあぁぁ!」


 そのまま一気に振り下ろすと、盾の壁に隠れていた奴の姿がはっきり視認できる。その姿は、もう満身創痍であり、後一撃で止めをさすことができると確信できる。


「これで終わりだ‼」


 最後の一撃を加えるべく、剣身が奴の肌に触れ――――攻撃ごと食われた。先ほどの苦悶が嘘のような、嘲笑を含んだ笑みの浮かべている。


「なっ……」

 

 急いで剣ごと腕を引き抜きその場を離れた。先ほどの攻撃でダメージを加えた様子はなく、剣身から放たれた炎は掻き消えている。奴の体の中に取り残された炎は、まるで咀嚼されているかのように揺らめき、やがて消失した。疑問に思いつつも剣に魔力を通すと、問題なく再び炎をまとい輝き始めた。

 目の前で引き起こされた不可思議な現象に戸惑いつ視線を奴に戻し、油断なく剣を構えなおす。奴は嘲笑を浮かべたまま動こうとしない。どうするべきかと悩んでいると、奴の体が発光しだした。


「これはやばいっ」


 漠然とした危機感により、急いで距離を詰め斬りかかる。先程よりも刃の通りが鈍いように感じ――――斬りつけた傷が瞬時に塞がった。驚愕に目を張っていると、発光が収まり、奴の肌が緑色から橙色に変色していた。


「まさか、炎を吸収して自分力に変換したとでもいうのか!?」


 驚き・戸惑い・絶望などの様々な感情が思考を支配し体を動かすことができない。奴が見せたあの嘲笑は獲物を弄んで楽しんでいただけなのか。苦戦するふりをして、獲物を調子付けてから最後に絶望の底に叩き落すための布石だったのか。


 なす術がない。諦めるしかない。もう無理だ。


 ネガティブな言葉が頭を埋め尽くしている。何気なく視線を上げると、拳の形に変形した奴の一部が目の前まで迫っていた。反射的に体を捻り避けようとするも拳が腹部をかすり、数十メートル吹き飛ばされる。直撃ではなかったためなんとか生きているが、もう次はないだろう。

 吹き飛ばされた時に手から離れたのか、剣が見当たらない。また、服のポケットが奴の攻撃によって破けてしまい、そこかしこにカードが散らばっている。

 前からは嫌な笑みを浮かべながら奴が近づいてきている。このままいけば間違いなく俺は死ぬだろう。もう打つ手がない。


「うっ」


 諦めて死を受け入れようとしたとき、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。何故か分からないが、このまま何も成せず俺が死んだら誰かが悲しんでしまう、そんなような気がした。

 まだやれることがあるはずだ。あの人の笑顔を取り戻すために。あの人が誰なのかが思い出せないが、俺が死ぬことで悲しむ人がいると思うと、最後の悪あがき位してやろうという気持ちが芽生えた。


 痛みのある腹部を右手で押さえつつ足に鞭を打って立ち上がる。ふと、右手に違和感を感じ押さえた部分を見てみると、破れたポケットにカードが1枚引っかかって残っていた。


「ソル・ヌーメンか……」


 イグニス・ストーンと一緒に手に入れた鉱物かも良く分からない代物だ。これを使用してもどうなるか分からない。しかし、他に手もない。やれるだけやってみよう。

 イグニス・ストーンの時と同じ要領で火の魔法をカード化する。この時点で奴との距離まで3メートル。詳しい形を想像する時間がない。


「奴を倒せれば何でもいい!」


 そんななげやりな想像だったが奇跡的に合成に成功する。しかし、この時点で奴は大口を開けて、今まさに俺を噛み付こうとしていた。作製されたカードの詳細を見ることもせず、開放の発動キーを唱える。


「リリース‼‼」


 眼前10cmの距離まで牙が迫った時、右手に武器が握られる。剣っぽい形をしているが、剣から発生する白光のせいで、それ以外良く分からない。

 この剣が顕現した瞬間、今まさに噛み付こうとしていた奴の動きが止まった。何故だか分からないが、今が最後で最大のチャンスだ。すぐさま反撃に移ろうと、手に収まっている武器に魔力を込めようとして――――頭の中で警笛が鳴り響いた。このまま武器を握っていたら、間違いなく大変なことになる。瞬時にそのような考えに至り、この一瞬の間に反転し、先程の戦いの数十倍の速度で一目散に逃げている奴に投げつける。


 ドゴゴォォォォォォォォォ!!!!


 ごく少量の魔力を一瞬込めただけのはずのそれは、周囲の地形を変えながら光速で標的まで進み、一瞬で奴を包み込み、さらに速度を落とすことなく森の奥を突き進んでいる。


 目前にはヤバイ光景が広がっている。


「アゲイン!」


 急いでカードに戻し、森の惨状を呆然と眺める。そこには一瞬で数十キロ先まで地形ごと木々が広範囲にわたって消滅していた。

 もしも、あのまま握っていたら間違いなく俺はこの世にいなかっただろう。これは危険すぎる。封印したほうがいいかもしれない。


 なにはともあれ、無事に生き抜くことができたことに安堵し、腰が抜け地面にへたり込む。疲労感にも一気に襲われ、抗えない睡魔が俺を侵食した。

 もうだめだ、瞼が鉛のように重い。起きたら奴の死体が一部でも残っていないか見に行かないとな……。


【名称】 レークススライム  

【クラス】魔物

【詳細】 スライムの王。その巨体に似合わず音速の速さで動くことが可能。貪食・吸収・変化などの能力を持つ。何でも取り込み、核の中にある亜空間に保存することが可能。



【名称】 イラソル・ヌーメン  

【クラス】装備

【詳細】 不明。その威力は術者を巻き込むほどのものである。






お読みいただきありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたらブクマや評価をしていただけるとありがたいです。

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