第6話 カウントダウン
「――――――――」
誰かが俺に話しかけている。顔の輪郭がぼんやりとしており、誰だか判断がつかない。体のラインから、かろうじて女性であることが分かる。
「――――――――」
何となく表情が少し悲しそうな気がする。思わず、俺は声をかけようとするも、なぜだか口が開かない。そんなに悲しい表情をしないでくれ。悲しい顔はもう見たくないんだ。
「――――します。」
最後にそういうと、彼女は粒子状になって消失した。何を伝えたかったのだろうか。以前も同じ話を聞いたことがあるような気がするが、何故かその内容が思い出せなかった。
「はっ!」
目を覚ますと、あの小屋の中にいた。全ての骨が折れているのではと錯覚する位全身が痛い。
悲鳴を上げる体に鞭を打ち、無理やり体を起き上がらせ、未だに働かない頭を回転させて、現状の把握に努める。着ている服はボロボロで、全身の至るところに浅い傷が刻まれている。
周りを見渡すと、小屋の一角には大穴が空いていた。
「――――ッ!?」
現状を把握すると共につい先程までの光景を鮮明に思い出し、理解した。スライムから逃げようとしたところ、奴から攻撃をくらい、ここまで飛ばされたようだ。
「くそっ、ここまで人を飛ばすとかどれだけ化け物なんだ!」
まさか、ここまでスライムが強いなんて予想できるわけがない。幸いにも、この小屋まで飛ばしてくれたお陰で、しばらくの間は安全だろう。
「いや、本当に安全なのか……?」
この小屋が魔除月で作られたという保証はどこにもない。今まで、魔物に出会わなかったのも偶々だったかもしれない。仮に、魔除月で作られていたとしても、あのスライムにも効くのだろうか? 安心しきっているところを襲われて、殺されるかもしれない。一度考え出したら、疑念が留まることなく溢れてくる。
その時、小屋の外、正確にはこの小屋を一望できる、あの洞窟から視線を感じた。恐る恐る目を向けると、微かに口角を吊り上げ、こちらを見下すような視線を向けるスライムが存在していた。
「ちっ、何で嫌な予想ばかり当たるんだ……」
俺がスライムに視線を向けると同時に、奴は動き出した。
やばい、とにかくやばい。現在、奴に有効打を与える手段が無い。それに、後どれだけHPは残っているのだろうか。すかさず、手元に落ちていた水晶に手を伸ばし確認する。
【HP】1/100
「おいおい、マジかよ」
一度の攻撃で99ものダメージを食らったのか。それだけ奴の方が強いということだろう。全回復しても2度攻撃を食らうだけで死んでしまう。
「いや、まてよ?」
あることに気がつき、ポケットの中に右手を突っ込む。
「やっぱりか……」
その手の中には、粉々になったお守りが納められていた。
【名称】 魂代のお守り
【クラス】その他
【詳細】 希少な人魂草で作られたお守り。一度だけ、自分の死を肩代わりしてくれる。
洞窟に行く道中、魂の形をした植物を偶然見つけていた。詳細に、お守りにすると良いとかかれていたため、偶々アーティファクトでお守りに作り変え所持していたのだ。これが粉々になっていたということは……。
「奴の攻撃を一度でも食らったらアウト……か」
天国への階段を、全速力で駆け上がっている気分だ。いや、俺の場合は地獄だろうか。ともかく少しでも生存率を挙げるために、頭を回転させる。ふと、再度ステータスを見ると、俺のスキルがver.3になっていることに気がついた。
固有スキル
『Creative card【ver.3】』
能力詳細
【ver.3】
・「ミックス」と唱えると、カード2種を合成する事ができる。(消費MP100)
・「リリース」と唱えた時、装備品に限り自動で装着することができる。
・「アゲイン」と唱えると、もとに戻したものを再びカード化することが出来る。装備品に限り、距離に関係なくカード化出来る。
※合成可能枚数は、累積で2枚までです。
☆一定の条件を満たすことにより、【ver.4】を解放。
2枚のカードを合成か。しかし、今の手持ちのカードでは、2枚を合成したところでさほど有効な攻撃を与えられると思えない。
「なにか、なにか手はないのか」
せっかく再び手に入れた人生だ。何もやらずに後悔だけはしたくない。
今ある手持ちのカードでは不足している。新たなカードを探すにしても時間があまりない。しかも、この周辺は一通り調べつくしてあるため、新たに何かあるとは思えない。
解決の糸口が見えない状況に、次第に思考が負のループに陥りかけてしまいそうになる。その時、森の木々を掻き分けるような物音が耳に届き、意識が現実に引き戻された。
ガサリ……ガサリ、ガサリ……
その物音が、徐々に大きく聞こえ、何者かが迫っていると教えてくれる。物音は、こちらに向かっていることを隠すこともなく、だんだん近づいてくる。
状況からして、スライム、いや――――死神の足音だろう。
抗うことが許されない、圧倒的な死がすぐそこまで迫っていた。あまり意味は無いかもしてないが、アースシールドで足止めしつつ、逆転の手を考えるしかない。
「そういえば!」
そこまで考えて、今まで手に入れたカードをもう一度思い返した。そして、身近にありながらカード化を試していないもの……。
そこまで考え付いた俺は、口元が楽しげに歪むのを抑えられなかった。危機的状況には変わりないのに、久しく感じることのなかった、魂が揺さぶられる感覚に浸る。
「これが成功すれば……!」
これが成功すれば、奴に一矢報いることができるかもしれない。いや、必ず成功させて一泡吹かせてやる。非常に綱渡りの作戦だが、先ほどまでの絶望は無い。後はできることをやるまでだ。奴にやられっぱなしってのも癪だからね。
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