第1話 スペルビア王国
出発から30分、軽くジョギングをしながら森の中を進んでいた。ジョギングといっても、今の俺の身体能力ならばオリンピック選手よりもはるかに早い。ダークラビットリングのおかげで魔物の位置もばっちり把握できているため遭遇することなくサクサク進んでいく。
本来ならば、森の真ん中から方向も分からない場所を目指すのは困難だろう。だが、幸いにも火山が大きすぎるため、時折木々より高い塔を作り周囲を見渡すだけで火山の位置の確認は容易であった。そのため、地図と照らし合わせることで、街がある場所の見当をつけることが出来た。
夜になれば野宿をしつつ……といっても一軒家を立てて寝泊まりしているので野宿と言っていいのかは怪しい所ではあるが、ともかく数日かけてようやく森を抜けることが出来た。本によると平原には魔物が少ないらしいから、わざわざ迂回する必要などもない。今日からは楽に街を目指す事ができるだろう。
さらに進むこと数日、俺はようやく人工物と思われる木の柵で囲まれた農村にたどり着いた。いくら魔除月があるからといって、木でできた柵で大丈夫なのだろうか?イノシシやクマっぽい生き物などの、魔物ではない大型獣に襲われるだけでも結構な被害をもたらしそうだが。それはさておき――――。
「やっとここまで来たぞ!」
俺は高鳴る鼓動を抑えながら、人力車を取り出す。
【名称】 人力車
【クラス】乗り物
【詳細】 ペダルを回転させることで進む人力の乗り物。クッション性に優れ、ちょっとした振動なら吸収するため乗り心地はそこそこ良い。
次にアイテム袋から肉や野菜などの食料と調味料を乗せる。これで偽装はばっちりだ。後は父親と2人旅をしていたが、魔物に襲われて亡くなったことにしよう。すまない空想の父さんよ。着ている服に泥を付け、全力で息が切れるまで腿上げをする。これで、いかにも命からがら逃げてきた風を装えるだろう。
よううやく息が切れてきた頃に操縦席に跨り、ペダルをこいで人力車を進め、はぁはぁと息を切らしながら第1村人であろう門の前で見張りをしている初老の男性に近づいた。
「はぁはぁ、こ、こんにちは」
「ん、子ども……か? 坊主、お前どこからやってきたんだ?」
「はぁはぁはぁ、イ、インウィディア王国から貿易のためにこの国にに来た商人のソウサクといいます」
「あ、これはとてもご丁寧にワシはタークだ――――って坊主、商人って一人でか??」
「はぁはぁはぁはぁ、は、はい……本当は商人のと、父さんと冒険者を雇って一緒に来ていたのですけど、ま、魔物にお、襲われて――――」
ここで涙を流すことを忘れないようにする。
「命からがら逃げてきたってことか……。すまん、もういい、もういいぞ坊主。余計なことを聞いて悪かったな」
「い、いえ、国を移動する商人には死は付きものって父さんから口を酸っぱくして教えられていますので……」
「そうか、しっかりした親父だったんだな。みての通りたいしたもてなしはできないけど、よかったらこの農村でゆっくりしながら今後のことを考えるといいぞ」
「タークさん……あ、ありがとうございます」
「気にするな。この村には若者なんていないから、皆きっと歓迎してくれるさ」
俺は頭を下げたまま、何とかファーストミッションはクリアすることができたと、安堵の息をはいていた。めちゃくちゃな設定だったが、信じてもらえてよかった。本の中に、国同士は不干渉だが、末端の商人が貿易したり、冒険者が行ったり来たりするのは黙認されていると書かれていたのだ。本さまさまだな。
タークさんにつれられて門の中に足を踏み入れると、決して豊かとは言い難い畑を耕している老人たちの姿が目に入ってきた。どうして老人ばかりいるのだろう?
「おーい、皆、ちょっと集まってくれ」
タークさんが大声で呼びかけると、数人が何事かと首をひねりながらこちらに歩いてきた。
「タークよ、そこの坊主はどうしたんだ?」
集まったうちの老人の1人がタークさんに尋ねてきた。
「こいつはソウサクといって、インウィディア王国の商人の子どもなんだけど、貿易に来る途中で父親を亡くしたそうなんだ。そこで、しばらくの間この村で面倒見てやれないかと思ってな」
「そうなのか、それは大変だっただろう」
「何もないところだけどゆっくりしてってくれ」
「坊主、泣きたい時は無理せずないてもいいんだぞ?」
タークさんの話を聞いた後、老人達が目に涙をためながら俺の境遇を同情してくれた。今更嘘でしたとはいいずらいため、このまま押し通そう。
「始めまして、ソウサクといいます。こんな滞在中はどこの誰かも分からないやつに親身になっていただきありがとうございます。できるだけ皆様のお手伝いをさせていただきますのでよろしくお願いします」
「ははは、気にするな」
「おう、そうだな。というか坊主にはまだ畑仕事は難しいだろうよ」
「そうだぞ、子どもはまだ元気に遊びまわってたらいいさ」
「皆さん……ありがとうございます」
このようにして、俺は第一農村の一員として迎え入れられた。
「それにしても、この村では若者を全然見かけませんね」
俺は先ほどから気になっていたことをタークさんに尋ねた。
「あー、そうだな……。坊主、奴隷って知ってるか?」
「奴隷ですか? それは、悪いことをした人が罰としてなるやつですか?」
「あぁ、大体間違っちゃいねぇが、ここでは少し違う。この国には、下級平民・中級平民・上級平民・貴族・王族と5つの分類があるんだが、悪いことをしていなくても、下級平民はみんな奴隷にされる。特に
若い男は労働力として、若い女は――――まぁあれだ、色々用途があるんだろうよ。しかも、どんなことをしても文句もいえないし、最悪殺されることだってある。王族や貴族の連中は、中級・上級平民の中からも妾という理由でならで奴隷にできる。結婚していようがいまいが、やつらには関係ない」
開いた口がふさがらなかった。タークさんは、年齢を考慮してか女の奴隷のところをワザとぼかして話していたが、大方聞いていて気分のいい話ではないだろう。
奴隷――――この国は腐っている。奴隷などが存在する限り平和な世の中が訪れるわけがない。
「ちなみに、この村にいるやつらは皆元奴隷だ。奴隷でも60歳を超えたら、働く能力も低下するということでようやく開放される。開放されるといっても名称がなくなるだけで、この村のような端っこの村に飛ばされ、生活を強いられる。しかも、ここでの収入の8割は税として収めなくてはならず、実質上は奴隷と全然代わらないのさ」
「タークさん……」
「おっと、悪かったな。暗い話しをしちまって」
「いえいえ、そんな、こちらこそ不躾な質問をして申し訳ありませんでした」
「ハハハ、気にするな。というか無理に敬語を使おうとしなくてもいいぞ? ま、それがこの村に年寄りしかいない理由さ」
タークさんの話を聞いて、憤りを覚えた。何か悪いことをしたわけでもないのに奴隷だって? ふざけるな。そんな人を人でもない扱いするようなやつは消えてしまえばいいのに……と、ここまで考え――――その考えを取り下げた。
それでは解決することができないということを、前世で俺は確かに経験していたはずだからだ。
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