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⑬一つ先に


「貝殻の耳飾りなんて、今までつけていたっけ? お土産物?」

「これはね、レイさんが作ったやつ。可愛いでしょ」


 グレイセル先生は何でも作れるんだね、と笑ったのは、施設へ手伝いに来ているセシルである。マリラとセシル、それから商会のお嬢様のカトレア。三人は調理上の裏で夕食用の芋の泥をひたすら落とし、芽を取って皮を剥く作業に没頭していた。


 今日、子供達は音楽が発育に効果的との事で、専門の先生を呼んで特別授業が行われている。さっきまではアビゲイル達、数人の幼い子供が芋洗いの工程を覗いて応援してくれていたが、職員に呼ばれて出て行ったきりだ。子供達の楽しそうな歌声が、調理場にも聞こえていた。


 セシルが曲に合わせるように包丁を動かし、ここも案外賑やかではある。こんな風にしてレイに連れて来てもらって以来、マリラも時間が空いている時は顔を出すようにしている。


 

 カトレアは生まれて初めて包丁を手にしたそうで、斬新な持ち方を披露してセシルに刃物を取り上げられた。その後はマリラと一緒に、たわしでひたすら擦っている。


「グレイセル先生は弱点がないの?」

「目が悪いかな。敢えて挙げるなら」


 マリラの短い返答で、二人は納得したらしい。レイがレンズの厚い眼鏡を手放せないのは周知の事実だった。マリラはそれ以外に何か、弱点らしい弱点は思い当たらなかった。その上あの眼鏡さえあれば、生活するのにほとんど不便はないらしい。


 ねえ、と次に話を振ったのはカトレアである。


「マリラさんにちょっとお聞きしたいのだけれど。……恋人がいるって、どんな気持ち?」


 セシルがどうして私には話を振らないのかと質問者を茶化し、しばらく二人は押し問答していた。ちらりと窺うと、カトレアにマリラをからかう意図は一切ないようで、表情はどこか思い詰めているようにも見える。

 家を継ぐ必要があって、と彼女はぽつぽつと語り出した。


「結婚相手を探してはいるんだけど、私は気が小さいってよくわかっているから不安で仕方がなくて。頼りがいのある人が来てくれたらいいなって思うけれど、でもちゃんと手綱を取るようにとか、とにかく外野から注文が多くて困っている」

「パパが決めるんじゃないの? お金持ちなんだから」


 最終的にはそう、とカトレアも否定はしない。


「カトレアさんなら大丈夫だと思うけどな。可愛い妹もいらっしゃるし」

「マリラさんは仕事は順調なの? 何だか今日は元気がないみたいだけど?」

 

 え、とマリラが言葉に詰まると、二人共本当に心配そうな視線を送って来ていたので驚いた。


「……じゃあ、正直に話しても大丈夫なのかしら」

「言ってよ、マリラさん。私に遠慮しないで」


 カトレアは雇い主でもあるのだけれど、さあさあと二人に促され、マリラは重い口を開いた。 


「たとえ話で悪いけど、私が芋をこうして十個洗うとして。他のお嬢さん達はね、……多くて五個とか六個なんですよ」 

 

 本音を言ってしまえば、よくこんな速度で今まで怒られずにいたものだ、と思わなくもない。マリラは酒場で働いていた頃の感覚をなかなか拭いきれずにいた。作業が遅い事は叱責の対象で、客から直接もらえる接客料を減額される可能性もあったので、当時は死活問題だった。

 

 新しい職場では、マリラ一人だけ他の女の子達の何とも言えない視線を浴びているのは確かだ。自分には品がない、という言葉が頻繁に頭に浮かんで来るのだった。


「……そんなトロくさいお嬢様を集めて、商会は利益が出るの?」

「その人達は私が集めたんじゃなくて、叔母さんが勝手に就職話を受けて来る。世話好きなのは良いとして、最近は私のお見合いを熱心に勧めて来るから……」 


 セシルがマリラの話を受けて、商会のお嬢様に尋ねた。カトレアは沈痛な面持ちで芋を洗い続けている。

 その義叔母という女性は商会に頻繁に顔を出しては、お気に入りの職員と歓談して手土産を置いて去って行く。噂では、跡継ぎのカトレアが大人しい気性なのを良い事に、商会を乗っ取る野望があるとかないとか言われている。


「それと、何回断っても食事に誘う人がいるのは本当に意味がわからない。どうして私ばっかり」

「それはレイ先生と付き合っているからじゃ?」


 話しかけやすいと思われているのでは、とセシルの推測である。レイ以外と親しくした事実はないが、外から見るとそう思われてしまうのだろうか。


「私の家だと、こっちで女の子に声を掛けるような隣国人には気を付けろって、口を酸っぱくして言われたっけ」

「……そんなに悪い人ばっかりじゃないよ、セシル。私の家は色々付き合いがあるからわかるけど、育ちが良い人が大多数。グレイセル先生なんてその代表」

「だから、こっちで女の子を引っかけようとしている層に限った話だってば。マリラの恋人が良い人なのは、ここに顔出していればわかるから」


 マリラは二人の意見を黙って聞いていた。レイは隣国人だがこちらでも問題ないどころか先生と呼ばれている程だ。優しいしおまけに魔法じみた力まで、どうやら本当にあるらしい。


 それに比べて自分は、と考え込んでいるうちに、カトレアがセシルに何か助言を求めるところまで話が進んでいた。マリラもそこに一緒になって、泥だらけの手で詰め寄って意見を求めた。


「……じゃあ、先にカトレア。要するにパパには試され、叔母さんとやらには舐められているわけだ」


 真っ向からの指摘に、カトレアはう、と言葉に詰まっている。 


「私の家の隣に住んでいる男の子がいて。小さい頃は気が弱くて、いじめられているのを助けてやったりして、今でもお姉ちゃんって呼んでくれるんだけど。でもある日急にいじめられなくなったの。どうしてかわかる?」


 二人は大人しく、セシルの弟分らしき存在の話を聞いた。彼女はどこにいても姉のような存在として慕われる立ち位置に自然と落ち着くのだろう。


「単純な話。成長期で急に体格が良くなって声が低くなって、パッと見たらすごく強そうなのよ。でも中身は全然変わってなくて、未だにお姉ちゃんって呼ぶけど」

「……要するに、筋肉つけろって事?」

「あら、三人娘が良いところに」


 マリラへのアドバイスが始まる前に、割って入って来た老婦人はカトレアの祖母であり、この施設の責任者である。お疲れ様です、とマリラとセシルは手を止めて挨拶をした。


 芋洗いの次はこれを引き受けて欲しいの、と掲げたチラシは、教会の慈善活動の人材募集のお知らせである。日程は後日だけど、と付け足した。


「……手紙の、代筆」

「若い女の子でやってくれる人が少ないから、喜ばれると思って。どうかしら」


 手紙の代筆は昔は先生をやっていたとか、お役所に勤めていたなど、立派な経歴の男性が主に引き受けてくれているらしい。しかしマリラと同じ年頃の女の子達は立派な先生方を相手取ると遠慮してしまうそうで、何か適任な人物はないかと教会側から打診されたそうだ。

 

「でも私、そんな人に教えられるような頭じゃないですよ。他の二人はともかく」

「私は、……私で良ければ引き受けたいです」

「まあ、嬉しい。カトレアはどうする?」

 

 セシルは遠慮する素振りを見せたが、マリラは逆に引き受ける意向を伝えた。カトレアは決めあぐねているらしい。 


「……じゃあまずセシルさんが話を聞いてあげて、その後でカトレアとマリラさんに書いてもらうとか、役割分担をしてやったらどう? セシルさんはここの子達にも、話すのが楽しいって慕われているのよ、ご存じなかったかしら?」


 そんな風に褒められるとは予想していなかったらしく、セシルは目を瞠り、しばらく無言でいた。セシル、と呼んでみると我に返ったようで、三人は顔を見合わせた。








「……というわけで、お手紙の代筆する人になってみようと思って」


 夕食を街の露店で食べながら、マリラはレイに施設で打診された話を相談した。あの場にいた三人で結局、責任者の助言通り、役割を分担して引き受ける意向を伝えたので、ほとんど事後報告である。  


「それで、ほら。お手紙を閉じる時に蝋燭を垂らして封をするでしょう? お洒落だから使いたいの。子供達もスタンプ押したいって言っているし。あの道具一式は雑貨屋さんで買えるのかな?」


 マリラはレイが、主に仕事先や海の向こうからたくさん手紙を受け取っているのを、密かに羨ましく横目に見ていた。彼が嬉しそうに中身を読む手紙はまず、蝋燭でできた封を取り除く事から始まるのである。


「……封蝋の事? あれって結構面倒くさいと思うけど。封筒に入れるにしても、糊付けしておけば済む話なんじゃないのかな。どうしてもやりたいのなら止めないけどね」


 レイが言うには、封蝋は本来、貴族等の裕福な階級の人間が、赤の他人による不正な手紙の開封を防ぐための方法である。そもそも今の主流はハガキで、といつものように色々と話をしてくれるのを聞きながら、


「……じゃあ、レイはやっぱりそういう階級の人なのね」


 彼は食べる手を止めて、目を瞬いた。彼宛の郵便物を商会経由で受け取り、レイに渡すのはマリラである。彼には仕事関係らしきやり取りの他に、海の向こうからもお便りがやって来ていた。


 蝋燭を溶かしてスタンプを押す一連の流れ、レイはその楽しそうな作業を煩わしいと思う程度には、手に馴染んだ作業なのだろう。実際、彼の方は糊付けするだけでマリラによろしくお願いします、と手渡してしまう。


 彼に教えてもらってた知識と職場に常備されている辞書や地図の類で、その封蝋が特定の貴族の紋章である事は調べられた。海の向こうの隣国では南に位置する子爵家の物だ。相当古い時代から存在している、名家として数えられる貴族のようだ。

 

「友達のクロードは確かに子爵だけど。とにかく良い奴だよ」


 レイはマリラが思っていたよりあっさりと認めた。口の中の物を咀嚼しながら、何やら思案しているらしい。マリラが何か言うよりも先に、ちょっと待っていて、と何か良い方法を考えてくれるらしかった。



 数日経って、彼はマリラを座らせた前に道具を並べて、説明をはじめた。


「これが試作品三号。蝋を溶かすのも火を用意するのも面倒だと思って」

「これは、……絵の具?」

「そうそう、容器は参考にしたんだよ」


 要らない新聞の上に、彼は丸く蓋を取って中身を絞り出した。手で煽って風を当てて、三十秒くらい、と言ってから、どこからか自分の使っている封蝋用のスタンプを持って来て、ぺたんと押し付けた。


「今の作業を、封をする時にやれば完成。子供がいる場所で火を使うのもちょっと心配だったから」

「うん、ありがとう」


 絵の具みたいな容器に入ったレイの発明品は結構本数があって、マリラは持ち運びに便利そうな鞄を探して来た。これで、代筆業の当日に持って行くための準備は終了である。

 じゃあこれで、と話が一件落着しかけたのを、マリラは意を決して引き止めた。


「レイさんに聞いてみたい事と、それから相談したい事があるんだけれど、いい?」


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