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第九話

どうするか、と、ガイキは軍の積荷を確認していた。



「避けては通れませんね。


大型商隊として横断しましょう」



ハイローの言葉に溜息が出る。



「食糧は金ではなく、食品との交換制にしろ。


減らせない。


保存食は売るな」



ガイキはそう言うと、リリィロへと目を向けた。


後は任せる。と告げると荷馬車から離れ、前方を見詰める。


広く敷かれた田舎村が、砂の霞の向こうに見えた。


ガイキの隣に並んだハイローは、腕を組みながら唸る。



「ここ数年で出来たようですね、この村」


「ああ…まぁ、まだ国からの迎撃隊はここまで届かないだろう。


長居せずに出れば、この村を戦いに巻き込むことはない…」



ガイキは息を吐き、軍隊の後方を見た。


そこには、仲良くでもなったのか、ベーディの好奇心が勝っているのか、並んで会話を交わすベーディとシャロノが立っている。


ガイキは、全くとまた息を吐き、声を上げた。



「ベーディ、それに…シャロノ。


来てくれ」



二影(ふたり)の視線がガイキへと向いた。


ベーディは直ぐにこちらに駆け寄ろうとして、慌てずに歩くシャロノを振り返って待っている。


そんな幼い彼を見ていると、ガイキはなんだか不安だった。


〝懐っこい〟彼の事が、心配になってしまったのだ。











「こんな小さな村まで、お前達の顔は割れているのか?」



シャロノの言葉に、地図にペンを走らせるガイキは一瞥の後に首を横に振った。



「王都のものでも俺達の顔なんて普通は知らない。


だが、兵士は別だ。


この村に兵士は居なさそうだが、退役兵士までは分からん。


俺とベーディは()の国の第一標的だし、ハイローも長くこの軍に従事している。


こうやって隠密に村や街に入る時は俺達は馬車に潜むことにしているんだ。


あと…シャロノ。


お前を見て吸血貴と分かるヤツは今や少ないが、古老の中では特徴を知るものも居る。


(あやかし)…しかも吸血貴となれば目立ち過ぎる」



明日の朝、この村を出るまでは馬車から顔も出すな。と告げるガイキにシャロノは頷いた。


ベーディは整列している銃を一つ一つ整備確認していて、ハイローは馬車の出入り口に座って警戒を続けている。


シャロノは手に載せたハクシを撫で、壁越しの外へと視線を向けた。


商品を勧めたり、村のものと談笑する声が聞こえる。



「この村は、()の国の村なのか?」


「いや…()の国旗が門になかった。


恐らくは〝流れ〟の民が寄り合って出来た村だ」


「流れ…?」



シャロノは答えたガイキの言葉に更に疑問を重ねた。


どうやらガイキは、地図にこの村を書き足しているらしい。


ガイキは、ここは不毛の地だからな。と呟くように唱え、気付いてシャロノへと目を向けると、



「お前、二十年くらい寝ていたんだろう?」



シャロノは短い言葉で肯定した。


ガイキはまた地図を眺め、それから風の音に耳を澄ませた。


馬車の膜に砂が当たる音がする。


もはや、耳慣れてしまった。



「…ここが何域か知っているか?」



シャロノは細やかに首を傾けた。


こちらを真っ直ぐに見詰めるガイキに、美しい色の唇が動く。



「こんな荒野、〝ベチッディルク域〟以外ないだろう。


こんな場所にまで(ひとのえ)が住処を広げていることには驚いたが…」


「…ハンケルスだ」


「?」



ガイキは卓上の地図を、シャロノの方へと向きを改めた。


作りの良い地図に、文字や図が狭そうに加筆されている。



「ハンケルス域だ。


ここは、〝ハンケルス域スメイ〟。


俺達初めて出会った場所は、〝ハンケルス域カケッリ〟に当たる」



ベーディは、いつも過多に抱える好奇心で顔を上げた。


どうしてそんな話をしているのかとガイキを見てからシャロノへと視線を移すと。


無表情か微笑みかしか知らない彼女の顔が、驚愕に染まり抜き、彼女の手が口を覆っていた。


そして、驚きにか少し震えた声で、



「そんな…っ、」



その一言で息を呑み込み、少し冷静へと近付いた震えのない声で続けた。



「ここが…ハンケルス域だと…?


〝庭園〟と呼ばれた地域だぞ…!」


「…ああ、〝国の庭園ハンケルス〟だ。


かつて…三血族の王国が交わる中心地であり、土地の肥えた地域〝だった〟場所だ」



シャロノは考えるように目を伏せる。


ベーディはそんなにも余裕のない表情をするシャロノを瞠目していた。


彼女の目には、焦りのような揺らぎが滞っている。


ガイキに似ていつも冷静な彼女の感情の起伏が意外だっし、何より、ここがそんな豊かな地だったとはベーディは知らなかった。


彼が知るハンケルス域は、砂と強風に覆われた不毛の地だ。



「十年…たった十年でどうしてあの緑が荒野に変わる…!?


(まみかた)が魔術で作り変える訳もないだろう…!」



シャロノはそう、迫るようにガイキへと視線を貫いた。


口を覆う彼女の指に、力が籠もっている。



「土の魔術で覆われた訳ではない。


これは、(ひとのえ)が技術によって作り出した〝兵器〟の力だ」



そこで、シャロノは綺麗な眉間にシワを寄せた。


美しい彼女にシワが刻まれると、何だか勿体ない気持ちにさせられる。



「〝兵器〟…は、確か…。


〝銃〟とか、〝剣〟とか…あとはなんと言ったか……〝槍〟、か?


とにかく、(ひとのえ)用の殺傷道具のこと…だな?」



シャロノの不慣れな単語に、ガイキが頷ていた。


ベーディは、丸くした目を瞬かせる。


彼女が、〝兵器〟という言葉を知らない事が驚きだった。


そして彼女の口振りから察するに、〝兵器〟を扱うのは(ひとのえ)だけという事も知らなかったが。


ガイキのかつて語った、妖魔は諍いを好まないという言葉を思い出した。



「あんな鉄や木の塊がどうやって森を不毛の地へと変える…!


干天の〝のろい〟を技術で作り出しでもしたのか?」


「雨を降らせなかったんじゃない。


もっと短期間で大地を枯らした」



そして、ガイキは言った。



「〝毒〟だ」


「…毒?」



ガイキの言葉に、変わらずに怪訝な顔をするシャロノがその色を深めた。



「どうして草木が毒なんかで死滅するんだ。


ハンケルス域には毒性の花も多いだろう」


「〝人工の毒〟だ」



シャロノは口を開き一度噤むと、ゆっくりと慎重な口調でガイキの言葉を復唱する。



「〝じんこう〟…?」



ベーディはただただシャロノを、このやり取りの間あんぐりと見ていた。


〝人工〟なんて単語は知らないと雰囲気を出す彼女にガイキを見て、それから思わずハイローへとも視線を向ける。


ハイローは外を警戒していたが、彼もこの問答を気にしているらしい。



「〝(ひとのえ)(たくみ)にて作り出したもの〟のことを言う…近年出来た造語だ」


「………、」



シャロノは、息を吐いた。



「〝また〟造語か…。


(ひとのえ)はものを作り過ぎる…」



そう呟き、それを区切ってからシャロノはまたガイキを見た。


彼の手元の地図を見る余裕をやっと持ち、シャロノは問いを続ける。



「…それで?


その〝人工の毒〟とやらで草木を枯らしたのか?


なんの為に?」



ガイキはシャロノの瞳を見詰めた。


彼女はこの辺りが豊かだった頃をその目で見た事があるのだろう。



先程の彼女の焦りはまるで、故郷を滅ぼされた少女のようだった。



だが、彼女は(あやかし)だ。


彼等はそこが生まれ育った土地だろうと、地域に対しての〝愛着〟のような感情は抱かない。


だから、彼女の知った土地であろうとここが朽ちたからといってショックを受けるとは思えなかった。


それとも、(ひとのえ)の傲慢さに驚愕しただけだろうかと。


ガイキは、また彼女の疑問に答えた。


愚かな答えだ。



「〝失敗〟したからだ」



シャロノはただ黙って、顔を顰めていた。



「あの兵器はただの〝殺傷武器〟だったはずだった。


だが…その兵器に積んだ火薬や外壁が熱や紫外線で変異し、それが大地に落ちると直ぐに〝土〟を枯らした。


〝水を保有できない砂〟へと大地が変化したんだ」



シャロノは黙り、そして静かに口を開いた。



「…分からなかったのか?


お前達が作った〝もの〟だろう?」



ガイキは頷く。


そして、少し瞳を伏せて、



(ひとのえ)は技術によって新しいものを作り、利便的な生活を確保してきた。


〝戦い〟ですら、利便性を求めている。


この二十年の戦争で…技術力の高い()の国は様々な兵器を作成して俺達を撃滅しようとした。


俺達もまた、彼らの兵器を奪って戦いもした。


この荒野は〝その結果〟だ。


その兵器の毒に気付き、使用を止めて三年で毒素は消えた。


が、枯れた大地は戻らなかった」



ガイキは真っ直ぐに目の前の彼女を見詰め返す。



(ひとのえ)は浅慮だ。


命が短く脆い我々は、いつも焦って結果を急ぐ」



シャロノは地図へと目を落とした。


見慣れない地形のそこに、見慣れた名称が並んでいる。


脳裏に、あの家が思い浮かんだ。



「…ハンケルス域ケティに、街があっただろう。


たくさん…街が。


あれも消えたのか?」



シャロノの言葉に、ガイキの指が地図を指す。


そこには、印が付けられていた。


とても厳重に。



「ハンケルス域ケティの全域は、()の国の城と城下街になっている」


「…!」


「ここまで来れば大地もまだ生きている。


…毒されたのは、ハンケルス域の南だけだ。


〝幸い〟な…」



シャロノは笑った。


力なく笑い、呆れたような視線で、



「〝幸い〟か…。


本当に(ひとのえ)は…神の御心に背くことが得意だな」



息が溢れた。


そしてシャロノは呟く。



「言えたことではないか…」



その囁きはベーディには聞こえなかったが、出入り口を警戒していたハイローがそこを薄く開けた。


馬車の外に居たスイヒが、小声でハイローに言葉を伝える。


ハイローも小声で彼女に何かを伝え、入口を閉めてガイキへと顔を向けると、



「ガイキさん。


…この村に、セイエ(静笑)が居るそうです」



シャロノは、ガイキへと目を向けた。


彼は少し腰を浮かせていて、そして。



ベーディを瞳だけで一瞥した。



その動きにシャロノもベーディを見ると、幼い彼は酷く驚いた顔で整備途中の銃を抱えている。


まるで、先程のシャロノのように焦りの色の瞳を揺らしていた。

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