ガルガガン=フォン=ワイヴァーン
「で?坊主、どうやってあの魔狼を倒したんだ?」
ここは、屋台の市場から少し離れた町の噴水広場。
屋台市場からも近く、普段は多くの人々で賑わう憩い場のこの場所も、まだ魔獣が侵入した非常事態宣言が解かれていないため人っ子一人いない。
衛兵達は八百屋の屋台で泡を吹いて倒れていた魔狼にあっさり止めを刺した後、拍子抜けしつつも壊れた屋台の修復と死体の処理に向かった。
衛兵長と髭の大男、そして俺とソフィアはその邪魔にならないよう、事の顛末を責任者である大人二人に報告するためこの場に来たというわけである。
俺としてはダッシュで逃げたかったのだが、髭の大男にまたもや襟首を摘み上げられここまで連行されたのだ。
俺は今、広場の二人掛けのベンチにソフィアと並んで座っており、その前には腰の剣に手をかけ仁王立ちしている衛兵長と、相変わらず半裸の髭の大男が樽のように太い腕を組んでこちらをじっと見つめていた。
隣のソフィアは何故かうっとりした上気した顔で俺にくっついており、俺にもたれ掛かった体と一緒にその腕を絡めているため逃げることができない。
もっとも、ソフィアが離れていたとしても目の前の武に精通した大人二人に監視されていては逃げ切る事など端から出来ないだろうが。
苦々しく思いつつも逃げることを諦めた俺は、洗いざらい事の顛末を話した。
全て素直に話したのは、衛兵長の疑いの目が嘘を見逃すまいと光っていたのもそうだが。
なにより目の前の髭面の大男の吸い込まれそうなほど深く青い瞳を見ると、既に全ての虚偽を見透かされているような気がしてならなかったからだ。
もちろん身の安全は図りたかったので、小銭を屋台から集めていたことは伏せた。
金銭の窃盗は例え子供でも腕を切られる罰が待っている。
しかし、何もなくスラムの住民である俺が市場に居るのも変なので、屋台に残されていた料理を隠れて食べていたと伝えた。
俺のその言葉に呆れた衛兵長は危険だの意地汚いだのと正論をくどくど言ってきたが、タイミング良く俺の腹がぐうぐう鳴るとガリガリの俺の細腕をチラリと見て頭を横に振ると、見逃してくれた。
元々魔狼により滅茶苦茶になっていた可能性の高い食品ということと、少女の命を救ったこととで無銭飲食のおとがめは無しになった。結構、情に流されやすいタイプなのかもしれない。
俺の話が挑発して近づいて来た魔狼へ香辛料をぶつけた話になると髭面の大男は興味津々と顔を近づけて肩を掴んできた。
「ほう!胡椒で出鼻を挫き、赤唐辛子の粉で目鼻に激痛か!うはっはっはっ!面白いことを考える坊主よ!」
笑いながら髭面の大男が鍋つかみのように大きな手で俺の肩をバンバン叩いてくる。
見た目通りのパワーなので肩が外れそうだ、滅茶苦茶痛い。
その様子を見ていた衛兵長が自分に気を引く為にコホンと咳払いをひとつしてから疑問を口にする。
「しかし、それでは魔狼は香辛料の痛みで暴れまわるだけ、泡を吹いていた理由にはならんでしょう?」
衛兵長の言葉に髭の大男が大きく頷く。
「うむうむ。確かに衛兵長の言う通りよ。で?坊主、まだ何かしたな?」
髭の大男がニヤニヤと悪餓鬼の悪戯を暴き出すのを楽しむように質問をしてくる。
隠してもわかっているぞと言わんばかりの髭の大男の笑みに俺は思わず身体を仰け反らせた。
やはり、大男の深く青い瞳は全てを見透かしているようにこちらを覗き込んでおり、正直に答えないと大変な目にあう気がする。
「た、玉葱を食わせたんだ」
「んお?玉葱とな!あの八百屋にあったアレか?」
「そうだ。です。犬もだけど、狼も玉葱は体に毒だろ?だから食わせてやったんだ」
俺のその返答に衛兵長が渋い顔をする。
「確かに犬には玉葱が毒になると聞く、犬の原種である狼にも毒になるという理屈はわかるが。自分に毒になるものをわざわざ泡を吹くまで食べ続けるとは思えん」
衛兵長のもっともな質問に髭面の大男が更に大きく頷いて賛同する。
「うむうむ!衛兵長の言うことも一理ある!坊主よ、いかにしてそこまで食わせたのだ?」
良い笑顔で答えを待つ髭面の大男の無言の圧に萎縮しつつも、俺はその質問に俺なりの推測を踏まえて答えた。
「魔狼は胡椒で鼻、赤唐辛子で舌と目をやられた。だからぶつけた後は動くもの目掛けて我武者羅に噛みついて来るようになったんだ。だから、それならついでに玉葱も食べさせられたらラッキーぐらいのつもりでギリギリで避けて玉葱の山に突っ込ませた。暴れる度に転がる玉葱に食らいついてたけど、多分その時にはもう玉葱を玉葱と認識出来ていなかったんだと思う。ただ、焼けた口にみずみずしい物が入ってきたとしか思わなくて・・・」
「焼けた喉を潤すため、転がる玉葱を自ら食べ続け泡吹いて倒れたと!?」
髭面の大男に言葉尻を大声でかっさらわれた驚きで俺の体が跳ねる。
「う、うん。いや、はい。たぶん」
正直自信はない。魔物である魔狼に玉葱が普通に効くとは思わなかったし香辛料で十分効果があったからそのせいで暴れまくって疲れて泡吹いていただけかもしれない。
俺が自信なさげにそう言い終えると髭男はまたも豪快に大笑いをし始めた。
「うはっはっはっ!装備を整えた兵士でも討伐に苦労する魔狼を屋台の香辛料と珍しくもない野菜だけで倒すとは!いやはや、天晴れ天晴れ!」
一頻り笑うと大男は俺に鍋つかみの様な大きな手を差し伸べて来た。
「我はガルガガン=フォン=ワイヴァーン!第13代ワイヴァーン公爵にして本家当主である!改めて貴殿の名を聞こう!」
俺は驚いてしまった。まさか公爵家本家の当主だったとは。
ということはソフィアは本家ご令嬢!?マジかよ!?
せめて分家であってくれと思ってたのに!
「ま、マコト=キサラギ」
俺は驚きすぎてそれだけしか言葉が出てこなかった。
一人でいたからてっきり、どこかの気位だけ高い貧乏貴族の令嬢だと思って助けたのに何でこうなった。
あの王国軍の中核を担うワイヴァーン家、しかもその本家の令嬢だと?
更に目の前の髭面で半裸の大男はそのワイヴァーン家の御当主様?
現状が把握しきれず思考が追い付かない。固く握った大きな手もガチガチの岩を掴んでいるようだという簡素な感想しか浮かんでこない。
平常時ならこれが噂に名高いワイヴァーン家歴戦の勇士の手かとしみじみ思ったかもしれないが。
ブンブンと力強く振られる振動で更に考えがまとまらくなっていく。
「うむ!して、マコトよ!お主がスラムの孤児というのは間違いないな!?」
「あぁあ、はぁい、そぉう、でぇす」
俺はその質問に腕を振られる振動を利用して頷きながら答えた。
それに満足したのか、髭男の大男ことガルガガンはいきなり爆弾発言を投下した。
「うむ!ならば早速、我と戦場へ向かおうぞ!」
「へ?・・・ええええええ!?」
こうして俺のこの町での生活は終わった。
孤児院には後に多額の寄付金が贈られたそうだが、当の俺はそれがどう使われたのか知らない。
☆
チキチキチキチキ
『マコト=キサラギが善行を積みました』
『マコト=キサラギが勲章を獲得しました』
『勲章〈小さな勇気〉』
『勲章〈狼殺し(小)〉』
『経験値を獲得しました』
『ギフト〈成長速度遅延〉により経験値が半減』
『レベルが1から2に上がりました』
『初めて善行を積んだので神様に報告します』
チキチキチキチキ