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ソフィア=フォン=ワイヴァーン

 「大丈夫ですか。お嬢さん?」


 やがて貴族の少女の元へと辿り着くと、俺は慣れないキメ顔と作り笑いを浮かべて、いかにも恭しい態度でかしずき膝折って片手を少女に差しのべた。

 我ながらキザで全く似合わない事をしている。

 まるで知らぬうちに配役を決められていた学芸会の演劇でも嫌々やっている気分だ。

 ん?学芸会ってなんだっけ?思い出せない。


 そんな事を頭の中で考えていると、貴族の少女はポッと頬を赤らめながら俺の手を優しく取った。

 

 「あ、ありがとうですわ。えっと?」


 「俺はマコト=キサラギ。しがない町人です」


 あえて孤児とは言わない。

 それを言うなら大勢の前でなければ意味がないからだ。

 貴族というのはとても体面を気にするため、平民に恩が出来たと知ると内々で処理して無かったことにしてしまう場合があるのだ。スラムの住人ならなおのことである。

 だが、無関係の大勢の前で俺がスラムの孤児だと発表すれば、それを揉み消すのは容易ではなくなる。

 人の口を完全に塞ぐのは容易ではなく。そこから出る噂というのは完全に消すのがとても難しいからだ。

 そして噂を消せないと知った貴族は無かったことにするのを諦め、逆に自らの器の大きさを示すために褒美を出し、それで口をつぐむように遠回しに言ってくるのである。


 貴族の少女は恭しくお辞儀をしながらスカートをつまみ上げてこちらに礼をとると小さな口を開く。


 「マコト様、助けて頂いてありがとうございますわ。私はワイヴァーン家の長女。ソフィア=フォン=ワイヴァーンと申します」


 「ン゛ッ!?」


 ソフィアの名乗りに思わずむせて咳き込みそうになる。

 わ、ワイヴァーン家だと!?

 俺は恐る恐るソフィアに質問をした。


 「ンンッ!し、失礼ですがワイヴァーン家というと、歴戦の猛将を数多く排出し、現在も第一線で国防の要を担うあのワイヴァーン公爵家様でしょうか?」


 「ええ!ご存じですの?」


 ソフィアの真っ直ぐな返事に背筋に冷たいものがゆっくりと伝う。

 直に火に焼かれたように喉が一気に乾いていく。

 滝のように流れる額の汗を必死に誤魔化しつつ俺はソフィアに平静を装った。


 「ハッハッハ、この国でワイヴァーン家を知らないものはおりません!歴代の戦記を紐解けば必ずそこにワイヴァーン家あり!と吟われた勇士の家系ではありませんか!」


 「まあ、嬉しいですわ。そこまで言ってくださるなんて」


 ソフィアが頬を手で包み赤みがかった顔で嬉しそうに身をよじる。

 一方、俺は勘と呼ばれる危険信号が心の中で点滅しだしたのを感じとると同時にワイヴァーン公爵家について思い出していた。


 ワイヴァーン公爵家。

 この国の国防の要である国防軍の中で、最大の軍事派閥を形成する大貴族。

 国の歴史を紐解けば国が起きた頃から、戦場には常にその家名を冠した者達が駆け抜け続け、ドラゴンの火炎ブレスのように統率された苛烈な攻めで常勝無敗。今現在に至るまで数々の武勇伝を築き上げて来たワイヴァーン家は、今もなおそれを更新し吟遊詩人達の懐を暖め続けているバッキバキの武闘派貴族である。

 当然、武闘派ゆえ脳筋で粗野だという噂話も多く。機嫌を損ねて突然首を跳ねられた哀れな商人の男の話や、酒に溺れて味方の陣地に突撃を仕掛けたなどの荒っぽい逸話も多い。


 何より、恐ろしく有名で信憑性の高い噂話が一つあった。


 ある時、庭で転んだワイヴァーン家の令嬢を、庭師の男性が手を取り助け起こしたことがあったそうだ。

 しかし、そこを運悪く長い遠征から帰ってきたばかりの当主に見られてしまい恋仲だと勘違いされてしまった。

 弁明の機会も与えられず、可哀想な庭師は相棒の高枝切りバサミだけを供に戦場の最前線に送られ呆気なく命を散らせることになったのだ。

 当の令嬢はもちろん悲しむ事など無く、屋敷の庭師が変わったことにも全く気が付かなかったそうな・・・。


 所謂、笑い話の類いだが男所帯に身を置く軍人であるがゆえに女性関係には厳格で、特に身内の女性に色目を使ったり手を出されると烈火の如く怒りだすと言われている。


 いくら命を助けたと言っても、手を取りあって見つめあってる所など見られたら一発でアウトである。

 上手いこと言って早く離れなければ。


 その時だ。


 「ウオオオオオ!ソフィアーーーー無事かーーー!!!!」


 軍馬達の地鳴りのような蹄の音すらかき消す、咆哮のような大声が町中に響き渡った。

 これは不味いと俺の悪餓鬼の勘が大音量で警鐘を鳴らす。

 俺は滝汗を流しながら声のした方を見る。

 軍馬達の巻き上げる土煙の先頭に一際大きな軍馬に股がった大男がいる。

 立派な髭を蓄えたその男は大きなハルバードを持っているが上半身が裸であり足鎧すら纏っていなかった。


 「まあ、父上!来てくださったのですね!」


 「父上ッ!?」


 俺は目の前のか弱く華奢な少女の姿を見る。

 サラサラのウェーブがかった金髪で、キラキラした宝石のような大きな目は深い青色に輝いている。

 顔つきも整っており数年後にはさぞや美人になるだろうと思われた。


 一方で、こちらに突撃してくる半裸で髭の大男は、髪と目の色こそ同じだが肩幅は成人男性の二倍はあり体の厚みは優に三倍、厳つい顔には大小無数の傷が、体には鋼の削り取ったような分厚い筋肉が纏わり着いている。

 

 (どうみても親子じゃねえだろ!?てか種族から違わねえかあの大男!?)


 話に聞く、狂暴な北の巨人族だと言われても俺は納得できる。


 「うおおおお!ソフィアあああっ!!!!」


 髭の大男はこちらに突撃したまま軍馬の鞍を足場に飛び上がった。

 戦場でも走り抜けられるよう強く鍛え上げられている筈の軍馬が大男の膂力に耐えきれなかったのがよろめいて盛大に倒れた。


 髭の大男の巨大な体が、大空からボディプレスの体勢でこちらに突っ込んできた。


 「ソフィアあおおおおおおお!!」

 「うぎゃあああああああああ!?」


 俺はとっさにその場から飛び退き緊急回避した。


 ドガーーーン!!!


 直後、髭の大男の軍馬上からのフライングボディプレスが俺が先程まで立っていた場所に炸裂した。

 雷が落ちたような激しい炸裂音が辺りに響き渡る。

 モウモウと立ち込める土煙が晴れると、俺が先程までいた石畳の地面には髭男の着地の衝撃からか小さなクレーターが出来ている。

 おいおい、マジかよ・・・。


 「おお!ソフィアよ!無事だったか!?怪我は無いかい?」


 「もう、父上ったら。そんなにお髭を擦り付けたら痛いですわ」


 そのクレーターの中心では涙目で抱き合う不似合いな父娘の姿があった。

 オイオイと大粒の涙を流して泣きながら少女を抱きすくめる髭の大男と、その大男の涙をハンカチで拭う健気な少女。

 正直、パッと見では人型の魔物が幼気な少女を襲ってるようにしか見えない。


 「公爵様ー!独断先行はお控えくださいー!」


 後ろからこの町の衛兵隊の面々が駆けつけてくる。

 その装備は一応一揃え揃っているが、鎧の留め具が留まりきっていなかったり、兜を被っていないものがいたりなど非常に急いで来たことが伺える。

 

 「おお、衛兵長!遅かったな!この通り我が娘ソフィアは無事だったぞ!」


 髭の大男が嬉しそうに報告すると、衛兵長と呼ばれた中年の衛兵は軍式の敬礼を取った後、緊張しながら声を発した。


 「はっ!それはなにより!しかし恐れながら!まだ、町に侵入した魔狼の駆除が完了しておりません!」


 「む?おお、そうであったな!忘れておった!」


 そう言って頭をかく髭の大男の言葉に衛兵長の顔が少し強張った。

 町の治安を守る彼の立場からすれば町に侵入した魔物は最悪の驚異であり。

 娘の為とは言えそれをアッサリ忘れられては思うところもあるのだろう。立場上、貴族であろう髭男に表立って言えはしないだろうが。


 「衛兵長!この先の八百屋の屋台で何故か魔狼が泡を吹いて倒れています!」


 軍馬に乗ったまま屋台市場を捜査していた衛兵の一人が慌てた様子で戻って来た。

 その報告に衛兵長は一瞬ぽかんと呆気にとられた様子だったが、直ぐに気を持ち直し、抱き合う父娘に一礼すると直ぐに現場確認に向かった。

 父娘もゆっくりとその後に続く。


 「ほ、本当だ。これはいったい?」


 衛兵長の目の前にはビクビクと体を痙攣させながら口から泡を吹いて倒れる魔狼の姿があった。

 何故か体からは香辛料の臭いがしている。


 「何があったんだ?」


 衛兵達が不思議そうに各々首を傾げていると後ろから凛とした幼い声が掛かった。


 「それは全てマコト様がなさったのです!」


 ソフィアが父親に抱えられながら魔狼の方へと近づいてきた。

 

 「マコト様?」


 衛兵長が聞きなれない名前に首を傾げる。


 「おう!多分コイツだ!逃げようとしたので先に取っ捕まえておいた!」


 ぶん!という音と供に髭の大男に片手で襟首を捕まれ拘束されていたマコトが宙返りしながら前に放り出される。

 マコトは強かに臀部を石畳で強打した。


 「いてぇ!」


 「こやつが・・・マコト様ですか?スラムのガキにしか見えませんが?」


 衛兵長が首を傾げていると髭の大男は豪快に笑った。


 「うはっはっはっ!恐らくそうであろうよ!だが、ここまでの道すがら我が娘が言うには。そこな魔狼に我が娘が襲われた時、この小僧が囮になり我が娘を助けたそうだ!いやはや立派な若人ではないか!」


 「はあ、しかし何故そのようなガキ・・・いえ、子供に魔狼が倒せたのでしょう?失礼ながら、嘘をついているのでは?」


 衛兵長がそう言った途端、一人の大男を中心に周りの空気が激震した。


 「ほう、我が娘を愚弄するか」


 それはまるで大噴火直前の火山だった。

 髭の大男の体の中に、グツグツと煮えたぎるマグマが沸き上がり今にも全身から吹き出しそうになっている。そんな様子を幻視するほどの圧倒的プレッシャー。

 百戦錬磨の武人の本気の怒気をあてられた衛兵長は顔面蒼白で膝から崩れ落ち、あらゆる液体を体から垂れ流しながら必死に弁明を始めた。


 「めめめ、滅相もございません!ただ、ただ子供が魔狼を倒すなど浅学な私めには想像がつかないのでございます!」


 アワアワと血が出るほど額を地面に打ち付けて慈悲を乞う衛兵長。

 救いの手は意外な所から差し伸べられた。


 「お父様、私も何故この魔物が倒れているのかは詳しくわかりません。ただ、マコト様が戦っていたのは事実。何故こうなったのかマコト様に聞いてみてはいかがかしら?」


 それは衛兵長には天使の福音、俺にとっては悪魔の囁きだった。

 こっちに振るんじゃねえええええ!


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