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魔狼の弱点


 「ほらほら、こっちだぜワンこう!」


 俺はパンパンと手を叩きながら、魔狼の注意を震えてうずくまる貴族らしき少女からこちらに向ける。

 そのまま物陰から出ると屋台の連なる通りへゆっくりと歩を進めていく。

 

 「グルルルルル」


 俺の安い挑発に魔狼が乗った。

 ゆっくりと方向転換するとこちらに近づいて来る。

 魔狼がゆっくり離れると絶望に怯えていた貴族の少女の瞳に希望の光が灯る。

 彼女からは、さぞかし俺が格好良いヒーローに見えている事だろう。


 「そうじゃなきゃ困るけどな」


 一か八かの賭けだが分は悪くないと悪餓鬼の勘が言っていた。

 魔狼の討伐部隊が到着するまで五分弱。

 その間、あの貴族の少女を守りきれば莫大な礼金も夢ではない。それこそ、先程までコソコソ集めていた屋台の小銭なんてめじゃない程の金が手に入る。


 「このまま帰ったら野宿だからな・・・」


 口の中でそう呟くと同時に一筋、嫌な冷や汗が頬を流れた。


 俺が拾われた孤児院の院長はとにかく金にがめつかった。

 孤児院の運営費を酒や煙草に変えて散財し、俺達ガキにはろくな物を食べさせてくれない。

 それどころか年齢が二桁になると宿代として孤児院のボロボロのベッドを使うにも金を取られた。

 もし、払えなければ尻を蹴飛ばされ外に閉め出される。

 つまり町中で野宿する羽目になるのだが、スラムの夜は最悪だ。

 寝ている間にネズミに耳を噛られる程度ならラッキーで、酔っ払いに絡まれて鬱憤晴らしに死ぬほど殴られるなんて普通。

 後をつけられ寝込みを襲われたりすることもある。

 世渡りの上手い奴はそれを逆手にとり、好色家の変態相手に媚を売って安全な家に泊めて貰うらしいが、俺はそんなのは御免だ。

 そして一番最悪なのは、理由らしい理由もなくアッサリ殺されることだ。

 昨日まで元気に盗みをやってた気の良い野郎が、次の日には一糸纏わぬ姿でボロ雑巾になってドブ川から見つかるなんてスラムでは珍しくもない。

 そしてスラムの死体の片付けは俺達スラムの子供の仕事だ。

 身元不明の死体を町の共同火葬場に持ってくと多少の金になるのだが、その金を握らされる度にスラムの孤児である自分の命はこの程度の価値なのだと嫌でも実感させられた。

 そして、その度に自分は絶対にこうはなるまいと、更に悪行にせいを出すのである。


 今日、このまま何も得ずに尻尾を巻いて逃げれば、時間的にも間違いなく俺は院長に尻を蹴飛ばされ孤児院の外で野宿する羽目になる。

 そうなったら最後、俺は尻の穴を手で隠しながら変態と殺人鬼に怯えて一晩をガタガタ震えて過ごすことになる。そんなのは御免だ。

 暗闇で見えない恐怖に一晩中怯えるくらいなら、真っ昼間にデカイ狼の相手を五分する程度が何だというのだ。

 まだ、こちらの方が命が助かる確率が高いというのが泣けてくるが、一発逆転の目が有るだけましかもしれない。


 「おらおら!こっちこっち!」


 更に挑発すると魔狼は更にこちらに近づいてきた。

 もう距離は十メートルもない。

 俺は魔狼から視線を外さないようにしながら、この辺りの屋台の店には何が売っていたかを思い出していた。

 確かこっちの方にアレがあったな。


 「グルルルルルオオオオオ!」

 

 突然、大きく一声鳴いた魔狼が一足飛びで俺に飛び掛かって来た。

 まだ距離があると思って油断していたが、流石は動物の上位種たる魔物だ。

 動物ではあり得ない瞬発力と跳躍力で一気に距離を詰めてきた。


 「これでも食らってろ!」


 俺は咄嗟に香辛料屋台に広げられている、袋に入った香辛料の一つをまるごと引っ付かむと、飛び掛かってくる魔狼の顔目掛けておもいっきりぶちまけた。

 突然のことに魔狼は怯んで空中で硬直すると飛び掛かるのを中断し宙返りをうつと地面に降り立った。

 魔狼の回りには灰色の香辛料の粉塵がもうもうと舞っている。


 「グラァックシッ!グァ、グラァックシッ!」


 突如、魔狼が大きく咳き込み、連続して盛大なくしゃみをし始めた。

 目鼻からは大量の涙と鼻水があふれでている。


 「へへ、南方の貴重な胡椒をそんなに浴びれるなんてリッチな野郎だぜ!」


 俺が魔狼にぶつけたのは、海を越えた遥か南方で採れる香辛料の一つ胡椒の粉末だった。

 ピリリとする辛味と鼻に抜ける香ばしい香りは魚や肉の臭みを消してくれると大人気であり、高価な値段にも関わらず市に置けば飛ぶように売れていく。

 海から遠い山地での末端価格は金と同等という正に香辛料の中の香辛料なのだ。

 比較的交易港に近いこの街では平民でも背伸びすれば買える程度の品の為こうしてひいた状態で屋台に並べられている。


 「こいつも食らえ!」


 俺は胡椒の横に置いてあった赤い粉末を鷲掴むと、胡椒の粉塵に苦しむ魔狼の顔に目掛けて投げつけた。

 

 「グァ!?ギャワアンンン!」


 赤い粉末を顔面に食らった途端、魔狼が尋常じゃない位に苦しみ始め、その場で身体をバタバタと地面に擦り付けてのたうち回りだした。

 俺は追撃とばかり赤い粉末の袋を引っ掴むと魔狼の全身に振り掛かるようにぶちまけた。

 魔狼は全身に焼かれたような痛みが走っているのか、屋台の壁や商品に勢いよく体をぶつけて更に滅茶苦茶に暴れまわる。


 俺が投げた赤い粉末は天日干しした赤唐辛子を粉末にしたものだ。

 こちらも胡椒と同じで食材の臭みを消してくれる。

 胡椒よりも安価で辛味が強く、防虫や防腐作用も強いため調理以外の場でも重宝されている。

 目になど入ろうものなら激痛で最悪失明してしまうほど強力な辛みは、投げつけて使う魔物避けに使われる程だ。


 「さてと、この間にっと」


 俺は魔狼から更に距離を取って離れると、とある野菜を売っている屋台の前で身構えた。

 

 「ガアャルルルル!」


 一頻り暴れまわった魔狼は痛みが簡単には取れないと分かるや、毛を大きく逆立ててこちらに突進してきた。

 右目は開いておらず、僅かに開いている左目も唐辛子と胡椒の粉末にまみれて真っ赤に腫れて瞼が痙攣している。

 その奥の瞳には怒りの炎が燃え上がり、絶対に俺を噛み殺してやるという意志がひしひしと伝わってくる。

 

 「こっちだぜ!捕まえてみろよ!」


 俺が手招きして挑発をかけると魔狼は突進したまま大きく飛び上がった。

 そのまま大口を開けながら俺の喉元目掛けて食らいついてくる。

 

 しかし、目が半分つぶれて距離感が掴みにくい為か、怒りによるものか。

 その噛み付きは精細を欠いており子供の俺でもギリギリまで引き付けてからアッサリかわすことが出来た。


 「おっと!」


 ドンガラガッシャーン!


 魔狼が頭から野菜の積まれた山に突っ込んだ。

 見えない俺を探して滅茶苦茶に口に入った野菜を手当たり次第に噛み砕いている。

 その振動で回りの野菜が転がり落ちると、それに反応して噛み付きを繰り出す。そしてまた野菜の山が崩れるというループに魔狼は陥っていた。


 「そのままやってろ」


 口の中でそう呟くと俺は音を立てないようにソッとその場から移動を開始した。

 目指すのは貴族らしきの少女の元だ。

 時間は十分稼いだ。もうすぐ討伐部隊が到着する。

 ただこのまま逃げ回っていても魔物騒ぎに巻き込まれたスラムのガキとして処理されてしまう。

 少女のすぐ側にいて守っていたという実績がなければ意味がないのだ。

 


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