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人生ハードモード

 「うぎゃああ!」

 「助けてくれええ!」


 どこからか人々の叫び声が聞こえてくる。

 きっと、城壁を乗り越え魔物が町へ侵入したのだろう。

 魔物の住む森と隣接するこの町では珍しくない事だ。

 

 「どけクソガキ!」


 大柄な商人風の男が子供の俺を突き飛ばして、声のした方とは逆の方向へ大急ぎで走っていった。

 俺は突き飛ばされてついた埃を叩きながら立ち上がると口角を上げてニヤリと笑った。


 「まいどあり~」


 俺の手の中には銀や銅の貨幣の入った小さな袋が握られていた。

 さっきの男とぶつかったときに懐からコッソリ拝借したのだ。

 

 「やっぱり魔物が出ると稼げるぜ」


 そう言って俺は逃げた男とは逆に叫び声のする方へと歩き出す。

 まだまだ逃げてくる人々は大勢いて、俺にはそれが全て絶好のカモにしか見えなかった。


 ☆


 俺ことマコト=キサラギは身寄りのない孤児だ。

 赤ん坊の頃、孤児院の目の前に布一枚着けず放置されていたらしい。

 だからファミリーネームは本来無く、キサラギというのは世間から嘗められないようにと院長が適当に付けたものだ。

 何でも古い言葉で服を重ねて着ると言う意味で、布一枚すら着ていなかった俺には皮肉がきいていると思う。

 孤児院は徴税を免除されたスラム街の奥にある。当然そんな場所の治安などお察しであり孤児院の子供は例外無くスクスクと悪餓鬼に育っていくか、いつの間にか路地裏で野垂れ死ぬ。

 前者の俺は明日食う飯を確保するため様々な悪事に手を染めていた、スリに、掻っ払い、ゆすりにたかり。

 まともな仕事をしようと思ったこともあったが、孤児院の名を出すと給金が減ったのでもう二度とやらないと決めている。


 そんな俺には皆とは違う秘密がある。

 それは前世の記憶があると言うことだ。

 いや、実際はあるらしいと言うべきかもしれない。なんせ完全には思い出せないのだ。

 如月真という名であったことや死んだ母親の願いでこの世界に転生したことは覚えているが、前世がどんな世界だったのかは朧気にしか思い出せない。

 しかし、街の外に魔物が跋扈し今日明日の命が曖昧なこんな世界より平和だったのは間違いないと確信している。

 あと神様って奴の顔は嫌によく思い出せた、吟遊詩人の歌に出てくるお姫様みたいな美人だとは思うが何故か思い出すたび頭を殴られる幻痛に襲われた。

 前世の記憶があろうとなかろうと今の俺の生活には一片の価値もない。

 なので最近は転生したことを最近は全く気にしなくなっていた。

 そんなことより今日の晩飯の為の金である。

 さあ、稼ぐぞ。



 ☆



 「しくじったな」


 「グルルルルル!」


 俺の目の前には鋭い牙が並んだデカい口からヨダレをダラダラと垂らす狼の魔物がいた。


 肩までの高さが子供の俺の身長ほどもあるその魔狼は、本来なら森の中で集団で狩りをして暮らすのだが、この時期は集団の中でボス争いが起こりやすく、負けたボスは群れを追い出され一匹狼となってしまう。

 魔狼は集団で狩りをすることは得意でも単独の狩りは不得手であり、俊敏で気配に敏感な森の動物や魔物を単独で捕まえるのは難しい。

 その点、人間は密集して暮らしており足も遅く気配も鈍感だ。

 その為この時期は一匹狼になった群れの先代ボスが人を襲いに街道や街へやって来ることがあるのだ。

 この街の人々はこれを森辺のはぐれ狼とよんで酷く怖がっている。目をつけられてから逃げるのは容易ではない。

 

 「みんな一目散に逃げ出すから何でも取り放題と思ったのに・・・しくじったな」


 つい欲が出てしまった。

 魔狼が出たのが城門から近い屋台の連なる市場ということもあり、人のいなくなった市場にはたっぷり飯と金が置いてあった。

 腹が減っていたので飯を摘まみながら屋台の金を回収していたのだが、つい周りへの注意が散漫になり飯の臭いにつられた魔狼と鉢合わせになってしまったのだ。


 「グルォオオ!」


 狼が噛みつこうと飛び掛かって来た。

 とっさに手に持っていた金の入った袋を狼の口の中に放り込む。

 革製の袋に魔狼の牙が食い込み貫通すると硬貨の割れるメキメキという音がする。なかなか噛みきれない革袋にイラついたのか狼が首をブンブン振り回すと中に入っていた小銭が完全に噛み砕かれ辺りに欠けた小銭が散乱する。

 チャリンチャリンという耳慣れない金属音に狼が驚いて飛び退いた隙に俺は物陰に隠れた。

 この程度で耳鼻の良い魔狼をやり過ごせるとは思えないが衛兵か冒険者が駆けつけるまでやり過ごせなければ死ぬのはわかっていた。


 「グオオオル」


 うなり声をあげながら狼が俺を探し始める。

 幸い屋台の売り物である南方のスパイスや、香りの強い屋台料理のおかげで臭いに関しては誤魔化せているようだ。

 俺が音をたてないよう必死に息を止めていると街の向こうから蹄の音が響いてきた。

 衛兵が装備を整えて馬でこちらに向かってきているのだ。

 だが、まだ音が遠い。馬が通れる道を通ってくるとなるとあと四、五分はかかる距離だ。


 (なんとかしないと)


 俺は足元に落ちていた先程噛み砕かれ散った硬貨の破片を拾い上げると魔狼を挟んで反対の方向へ向かって山なりに投げた。

 

 チャリン


 遠くで金属の音がすると魔狼がそちらへ体を向ける。


 (いまだ!)


 俺は音をたてないようにそうっと移動を開始する。

 その時だ。


 「いやぁ!来ないでぇ!」


 先程、金属片を投げ込んだ辺りから小さな女の子の声がした。

 どうやら逃げ遅れて隠れていたのは俺だけではなかったらしい。


 (運が悪いが、俺のために死んでくれ)


 俺ではどうすることもできないし、する気もない。

 一銭にもならないことに命をかける馬鹿はいない。 

 金にならないなら見捨てるしかない、せいぜい長く食べられて俺の逃げる時間を稼いでくれと心の中で祈ると俺は姿だけでも見ようかと後ろを振り向いた。


 そこには貴族の着る上質な布のドレスに身を包んだ、見るからにか弱そうな華奢な体躯の十歳ほどの少女がいた。

 

 「ごらぁ!狼野郎!俺が相手だ!」


 気がついた時には俺は叫んでいた。


 「グルル?」


 俺に気がついて魔狼がこちらを振り向いた。

 さて、どうやってあの金蔓から気をそらそうか。


 

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