プロローグ《思ってた異世界転生と違う》
「うっ、ここは?」
俺、如月真が目を覚ますとそこは雲の上だった。
見渡す限りの雲海に何故かふわふわと体が持ち上げれている。
辺り一面は黄金色の優しい光に照らされてとても幻想的だった。
自分の体を見ると服は着ているが体ごと透けて向こうの景色が見えてしまっていた。
「ここは天国?俺、死んだのか?」
俺が不安になりキョロキョロ辺りを見回していると、不意に後ろから声がかけられた。
「ほう、クズだが理解力はあるようじゃ」
俺がパッと後ろを振り返ると、足先にまで届くほどの長さの白髪のツインテールをした美少女が裸で立っていた。
裸だが低身長ながら豊満な胸の先や、一糸まとわぬ恥部は謎の線光が遮っていて全く見えない。
眉間にシワをよせ厳しそうにつり上がった目の瞳は虹色の光を反射している。
「正しくは、ワシが殺したじゃがな。如月真よ」
そう言って目の前の美少女は虚空から金色の大鎌を取り出すと俺の首に刃をあてがった。
首に伝わる金属特有の冷たく鋭い感覚に背筋が凍りつく。
「し、死神?!あつぁ!?」
一歩も動けず、凍りつく唇からそれだけを溢すと鎌の柄で小突かれた。
「言い得て妙じゃが。まぁ、死神と言う名は仕事をする上での役職のようなものよ。そうでもあるしそうではないとも言える。ワシはただの神じゃ」
「ただのではないと思うんですが?」
ゴン!
ツッコミを入れると自称ただの神である少女に鎌の柄でまた殴られた。
以外と重いその一撃に頭を抱えてしゃがみこみ悶絶する。
「全くクズの癖にワシに口答えとはな」
そう言ってグリグリと鎌の柄先を頬に押し当ててくる裸の美少女は、ますます眉間のシワを深くして蔑むように、うずくまる俺の顔を足蹴にした。
「いいか?お主のようなクズは、本来ならさっさと記憶を消して転生させてしまいたいのじゃが。ワシはお主の母に対して義理があるゆえこうして反省の機会を与えておるのじゃ」
「母さんに義理?反省?」
俺は先月に交通事故で亡くなった優しい母さんの顔を思い出していた。
「お主の母は、甘いところはあったが善人で周りに必要とされる人間じゃった。ワシとしても長く見守って行くつもりじゃったが、善人過ぎることが災いしたのう」
母さんは道路に飛び出した子供を庇い、居眠り運転のトラックに引かれてしまったのだ。
結果、奇跡的に子供は助かったが母さんはその怪我が元で数日後に亡くなってしまった。
「本来ならお主の母親が死ぬことはなかった。子供はトラックの下に体が入り込んだことで軽傷で済み。お主の母親の迅速な通報で後遺症も残さず退院を迎える。世間では居眠り運転とトラック業界の長時間労働が問題として取りざたされ是正に向けた運動が起こる。結果、世界が更に善くなる。というのがワシのプランじゃったのじゃ」
「プラン?じゃああの事故はお前が?!」
それを聞いて頭がカッと熱くなる。
立ち上がろうとするが華奢な足からは想像もつかない膂力で押さえつけられてしまった。
「落ち着け。ワシとしても不本意な結果じゃったのは認めるが、お主たち人間の命は元々ワシの手の平の上じゃ。原初の頃より生物はワシの手で転生と再誕を繰り返してきた。今回は少しそれが早まっただけのこと。お主の母も納得しておったわ」
「なっ!?母さんに会ったのか!」
「うむ、お主のように特別にここに呼び寄せてな。本来ならオートで記憶を消してどこかの世界に転生と言う流れなんじゃが今回はワシの落ち度もあったでのう。詫びとして、転生先や生前の記憶の有無を選ばせ、チートな能力を持たせる事にしたのじゃが・・・」
「うおおお!異世界チートじゃん!なにそれ羨ましい!ふんが!」
ゴンゴン!
俺が奇声を上げると先程より強めに柄が二回振り下ろされた。
顔を踏んづけられているため首で威力を殺すこともできずまともに食らう。
涙目になりながらたんこぶで腫れ上がった頭を撫でているとイライラしたような声が上からかかった。
「しかし、あろうことかお主の母親はその権利をお前のようなクズに譲ると言いおったのだ!」
「ええ!?ってことは、俺が異世界転生チート能力無双でウハウハなハーレムライフをおくっても良いってこと!?」
チャキ
俺がそこまで言うと無言で喉元に大鎌の刃が突き立てられる。
神様の目は全く笑っておらずマジだった、むしろ汚物でも見るように見下しきった冷たい目をしていた。
上がっていた血の気が一気に引いていく。
「何を勘違いしておる。お主が行くのは煉獄じゃぞ」
「へ?なにゆえ?」
宗教関連の言葉には疎い俺だが、たしか煉獄とは地獄に落ちるほど罪深くも無く、かといって天国に行けるほど善行を積んだわけでもない人間が辿り着く修行の場所だったような気がする。
「お主、自身の胸に手を当てよく考えてみよ」
「えーっと?」
さっぱり思い浮かばないので首を傾げていると神様が大鎌をゆっくりと振りかぶり始めた。
「わー!まってまって!あ、あれか?アパートの家賃を半年滞納してるとか、ゴミ出しをサボって部屋をゴミ屋敷にしてるとか?!」
「それから?」
「えっと大学行かずにパチンコしたり・・・」
「お主、いい歳して働いておったかのう?」
「それは、学生だから・・・」
「うるさいわ!如月真。三流大学に合格するもルーズな性格が災いして留年を繰り返し。更に、入学当初は独り暮らしで自立すると息巻くもバイト先に馴染めず1ヶ月とたたずクビになり早々に自立生活を諦め現在まで仕送りのみで生活を送る。趣味はパチンコやスロット。酒やタバコ等の趣向品を好み、食事は外食かコンビニ飯で自炊は一度もしておらん。掃除と洗濯は半ば投げ出しており週に一度電車で通っていた母親が代わりにしていた。学業もおろそかで卒業を間近に控えた現在でも卒論の完成見込みは全く無く、当然就職先も決まっておらず担当教諭からも匙を投げられておる」
「えっと・・・」
「なお、お主の度重なる仕送りの催促により家計は逼迫。お主を庇う母と、お主を責める父との関係はギスギス。逼迫した家計の事情で進学先を自由に選べなかった妹や弟は既にお主を兄として見ておらん」
「ぐっ・・・」
「特に弟からはよく思われておらんようじゃな?高校時代にいじめにあったストレスを弟をいじめることで発散しておったからなのか。遊び相手がいないからと嫌がる弟を無理矢理遊びに付き合わせ続けたからなのか。それとも弟が手伝いをして貯めた金で買った大切なゲーム機を無断で拝借した上壊したからなのか。既に赤の他人どころか、この世にお主の存在すら認めておらんようじゃの」
「う・・・」
「さらに・・・!」
「もういいです!もう!」
半ば魂が抜けたように力無くうなだれると神様はようやく踏んづけていた足をどかした。
「今言ったのは氷山の一角にすぎん。だがこれ以上お主を生かしておいてもお主の家族、いやお主の母親の家族は幸せになれん。むしろ、底無しの善人であった母を失ったのじゃ。お主など卒業を待たず家族から縁を切られてポイッじゃろう」
「そ、それは」
確かに最近、父さんへの仕送り催促メールに返事は無くなり。部屋のポストに分厚い求人情報の束が突っ込まれていたことはあったがただの偶然であるはずだ。
「それを見越したお主の母は、自身の代わりにお主の転生を願い出たと言うわけじゃ。『きっとあの子にこの世界が合わなかっただけなのです。お願いです神様、どうかあの子にやり直すチャンスをあげてください』とな。どこまで底抜けの善人なのかと呆れたが、そこまで言われては了承せざるおえまいて」
「母さん」
いつでも優しかった母の顔がフラッシュバックする。
死んでもなお、心配をかけていたことに申し訳なさが僅かにつのる。
「ワシも詳しくお主の経歴を調べてから返事をすれば良かったと今になって後悔しておるがどうする?転生するか?」
金の大鎌を肩に担ぎながら神様が聞いてくる。
「は?そりゃもちろん」
俺が即答すると、神様は苦虫を噛み潰したような顔をしながら今日最も深い眉間のシワを作った。
心底軽蔑しているのがチクチクと突き刺さる冷たい視線からわかる。
「お主、本当にクズじゃのう。そこは普通『お母さんと残された家族のため、長男としてコレからは真人間になれるよう生活態度を改めます。だからどうか神様、元に戻して下さい』じゃろがい!」
相当苛立っているのか担いでいる大鎌でパンパンと肩を叩きながら神様はこちらにメンチを切っている。美少女のメンチ切りがこんなに恐いとは思わなかった。
予想外の返答に俺は口をポカンと開けるしかなかった。
「え?だってこういうのって普通は元に戻れないんじゃ?」
「ああ?誰もそんなこと言っておらんじゃろう?お主を試したのじゃ。全く」
「ええ!?そりゃないよ!元に戻れるなら元に戻りたいに決まってるじゃん!生活態度も改めるし!」
慌てて取り繕うが既に遅かった。
神様の持つ金の大鎌が目映く光り出す。
高々と大上段に持ち上げられていく大鎌を見ながら必死に説得を試みるが既に聞く耳はなかった。
「ダメじゃダメじゃ!お主など元の世界に戻したら本当に残された家族が空中分解しかねんことがよう解った。お主は煉獄へ転生、いや島流しじゃ!」
「うええ?!うぎゃああ!」
ズバーーーン!
神様の手により振り下ろされた大鎌が俺の顔面を掠めて足元の雲海を穿ち大穴を開ける。
叫びをあげながら俺の半透明の体はその穴をまっ逆さまに落ちていった。
落ちるたびに、だんだん小さくなる穴から神様の声が聞こえてくる。
「よくよく、反省することじゃ!煉獄は天国の隣でもあり、地獄の隣でもある!」
俺の意識はそこで途切れた。
☆
「さて、これで良かったかの?」
クズの落ちた穴を足で適当に雲を動かして埋めた神様が後ろを振り向きつつそう言うと。周りを漂っていた雲の中から一人のエプロン姿の女性が姿を見せた。
「我が儘を聞いて頂きありがとうございます神様」
申し訳なさそうに深々とお辞儀をする女性に神様はヒラヒラと手を振る。
「気にするな、お主のような人間の願いならいくらでも聞こう。ま、クズは論外だがな」
そういうとエプロン姿の女性は申し訳なさそうに顔を伏せた。
「真はこれからどうなるのでしょう?」
「まずはあの腐った性根を叩き直さねばな。お主にやるはずだったチート能力を改編して色々とやってみようと思う。なに、絶対に悪いようにはせんから安心せい」
ニヤリと何かを企みながら笑う神様の様子を不安そうに見ながらもエプロン姿の女性は一礼してまた雲の中へと消えた。
「さて、どうしてくれようか」
ニヤニヤと笑いながらトントンと大鎌で肩を叩きつつ神様は熟考し始めるのだった。