火の子
遠いかもしれないが近いかもしれないちょっと離れた所。
そこに野原があります。動くものが見当たらない野原があります。
そんな所ですが、昔は動くものがいました。その動くものとは、その野原で1人で暮らす子供の妖精でした。
子供の妖精は心臓から指の先まで炎でつくられていました。
ヤナギのように弱々しい腕にグローブのような手。
ツタのように軟らかい脚にブーツのような足。
松の葉のように細い胴体にヘルメットのような頭。
そんな不均等な身体でしたが、心は誰よりも純粋で真っ直ぐ。そんな男の子でした。
彼はいつも野原を駆け回りました。
彼が走った後には道ができました。しゅう、と音を立てる茶色い道ができるのでした。
彼はその事を気にすることはありませんでした。
そんな彼のある日のこと。
彼は野原で小さな草を見つけました。
白くて小さな花を一輪つけた可愛らしい草です。
ですが、元気がないように見えました。
頭につけた花がたらりと垂れて地面についていました。
彼は花を立てようとしました。
彼は自分の手で優しくそっと持ち上げます。
じゅう、じゅう、じゅう、
焼ける音。彼は辞めません。
じゅう、じゅう、じゅう、
花は茶色くなっていきました。最後には体全体を茶色に染めました。
彼は草が何度助けても立ち上がらないので、ますます心配になりました。そして、彼は考えました。
草には何がいるんだろう、と。
考えて考えて、やっと思いついたのは 水をあげればいい、という事でした。
彼は迷いました。彼は火の子供。彼がもし水に当たってしまったら、どうなってしまうかはお母さんに散々教えてもらっていたので知っていました。
彼は悩みに悩んだ末、少し遠くにある湖に行く事にしました。
次の日、彼は朝早く出発しました。野原で拾った錆びたボコボコの金属バケツをグローブのような手で掴んで行きました。
お昼ごろ、彼は湖に着きました。
空を移す大きな鏡は静かに佇んでいました。
彼はひどく感動しました。何か心が洗われる感覚がしました。
彼は吸い込まれるように湖のほとりに行きます。
しゅっ、
彼の足の先が湖についてしまいました。彼は無意識に足を引っ込めました。
彼は湖の恐ろしさを初めて知りました。
彼は湖に落ちてしまわないように、気をつけてバケツを湖に下ろして水を汲みました。気をつけたのですが、それでも少しかかってしまい、その度に
しゅっ、
となって彼を心底不安にさせました。
彼はバケツを一度地面に置いて、一休みすると、そのバケツを抱え込んで元来た道を戻りました。
彼が行きにつけた跡を彼は元来た方へたどっていきます。
しゅう、しゅう、しゅう。
彼は変なあの音がするのを聞いてバケツを覗き込みました。
底に穴が開いていました。少し水が漏れて体にあたります。
彼は急ぎました。彼はこのままだと行き着く前に消えてしまうと、考えました。
しゅう、しゅう、しゅう。
たったった。
しゅっ、しゅっ、しゅっ。
とっとっとっ
彼は走って行きます。そして、彼は消えてしまう前に草の元に戻って来ました。
彼は持ってきた水を草にあげようとバケツを傾けます。しかし、水に当たって一回りもふた回りも小さくなった体ではバケツを持ち上げられません。
彼は頭の上にバケツを乗せて、水をその草にかけました。
その時、彼の心臓に水が当たってしましました。
しゅっと音がして彼はいなくなりました。
ガラン、とバケツが音を立てて落ちました。
そこに残ったのは焼け焦げた草と、金属バケツだけになりました。
彼は草が自分に触れるだけで焼けてしまい死んでしまう、という事を知りませんでした。
彼のお母さんがあえて教えなかったのです。どうする事も出来ないから。
教えたら彼がどんなに辛い思いをするか、と考えたのでしょう。
彼は純粋で真っ直ぐなのでした。