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備忘録  作者: 新椥 標
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備忘録

 マンション建設反対の幟が立ち始めたのは去年の暮れだったか、今年の始めだったか。

 家々の庭先を飾る三原色の旗が、寒空の下の閑静な住宅街には異彩を放っていたことは半年経とうとする今になってもまざまざと思い出すことができる。

 世の中は想像以上に危うい。

 実家を離れて暮らし始めてから、そういうことをよく思うようになっていた。マンションの回覧板が伝える窃盗や交通事故の知らせ、講義で知る歴史の失敗例。今まで知らないままで過ごしてきたこと、それも例えば洗濯機の使い方であったり流し台の掃除の仕方であったり、そういう細かなことを知ることで、今まで自分がどれほど手を抜いて生きてきていたのかを思い知らされる。鮮やかな色の幟も十分にそういう役目を果たしていた。

 誰だって完璧ではない。

 自分のことを守ることができるのは、自分しかいない。

 誰かに守ってもらえる期間は、2、3年前には終わっていたのだと気付いた。初めての選挙に行けなかった日にはもう、借りた部屋の準備期間が終わって親が隣県の実家に帰った日にはもう、賑やかで鮮やかな大学の部活勧誘イベントに及び腰になっていた頃にはもう、そういう誰かに寄りかかったままなあなあと日々を過ごしていくことはできたものではなかったということに。

 雪解けとも言える。

 閉ざされていた世界は、雪が溶けて水へ変わるようにして、すでにそこにはなかったのだ。無防備に晒された喉笛が、今までよくも無事だったものだと、むしろ感心したくなる。


 若葉も生い茂り、日中の暑さと夜半の寒さに差を感じるような季節になっていた。気付けば大学生活は折り返しを過ぎていた。

 穏やかな風と乾いた日差しの照りつける正午前、マンション建設に抵抗する幟のその数も虚しく、建設予定地は以前囲まれていたフェンスを取り払われ。安全第一の文字と低い足場を組まれ始めていた。

 人の生は、経済の安定に成り立つ。そういうことを実感した。日照権だとか、小学生の通学路だとかが問題になっていたハズだ。

 そういうものなんだろうな。


 他人事に感じていたはずなのにこの現実が悲しく、部活に行っても調子のでないままその日の練習は終わり、部活仲間らを駅まで見送って下宿仲間とも別れた。

 その辺りで、車に轢かれた。

 しかも轢き逃げされた。


 そういうものなんだろう。

 何をするでもなく去っていったドライバーは、不思議と憎くはなかった。2ヶ月ほど部活ができなくなったことには辛さよりも引け目を感じた。

 橙の地に白く綴られた安全第一の文字が、ただただ憎かった。



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