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「ニャッ!」
中央広場を通り過ぎ、静けさを求めて公園へとやってきた。
そんなあたしたちに背後から突然かけられたのは、可愛らしい鳴き声(?)だった。
「ふぇっ?」
振り返るとそこには、ひとりの女の子が立っていた。
なんだか豹柄で露出度の高いビキニみたいな衣装を着て、頭には猫耳がついている女の子……。
「あら、あの猫耳カチューシャ、レアアイテムですわ。豹柄ビキニも、性能の高いパラメータが付加されたレアものみたいですわね」
ポツリとつぶやくミズっち。あたしとリンちゃんに説明してくれたのだろう。
豹柄ビキニはともかく、猫耳は可愛くていいかも。
ぼ~っと猫耳カチューシャを眺めていると、女の子はあたしのほうを向いて話しかけてきた。
「にゃはは! このカチューシャ、気に入ったのかニャ?」
「え……? あっ、うん、そうです。可愛いですね~」
「うにゃ! 見る目があるねぇ、キミ! でも、なかなか手に入らないんニャ! やっとゲットできてね~、嬉しくて嬉しくて!」
「あはっ、そうなんですか~。よかったですね~!」
「にゃはは! ありがとニャ~!」
本当に嬉しそうな顔をして、あたしの両手を握って喜んでいる猫みたいな女の子。
あたしにはレアアイテムとか言われてもピンとこないのだけど、あんなに可愛いカチューシャだったら、きっとみんな欲しがるよね。
この女の子がここまで喜んでるのも、よくわかる気がするなぁ。
ぎゅっと手を握られたまま、あたしはほのぼのとした気持ちでその女の子を見つめ返していた。
「キミって、サリーっていうんニャね。サリーなのにメイジじゃないなんて、新鮮だニャ~!」
「ふえ? どうして?」
あたしの名前……というかキャラクターの名前は見つめればわかるシステムになっているわけだけど、どういうわけか彼女は、そんなことを言ってきた。
あたしには、なにがなんだかよくわからなかった。
サリーだとメイジじゃなくちゃいけないの?
あたしは疑問符を浮かべて首をかしげる。
そんなあたしと猫耳の女の子のあいだに、唐突にミズっちが割り込んできた。
「ご用件はそれだけかしら? 少々急いでおりますので、他になにもないのでしたら、わたくしたちはこれで失礼させていただきますわね」
ミズっちは強い口調でそう言い放つと、あたしの手をつかんで引っ張り、そのまま駆け出した。
猫耳の女の子から離れたあたしとミズっち。そのあとをリンちゃんが追いかけてくる。
いきなりのことに、女の子は呆然と立ち尽くしているみたいだったけど。
なぜだかすごい勢いで強く引っ張るミズっちの力に、非力なあたしが抗うすべなんてあるはずもなかった。
☆☆☆☆☆
「ちょちょちょちょ、ちょっとミズっち、どうしたのぉ~? そんなに強く引っ張ったら、痛いってばぁ~」
しばらく引っ張られ続けると、あたしたちは公園の一番奥にまで到達していた。
周り誰もいないことを確認してから、ミズっちはようやく立ち止まる。
すぐにリンちゃんも追いついてきた。
「サリー、あなたはもっと気をつけなくてはいけませんわ」
「え……? なに? なんのこと?」
「先ほどのあの子、おそらく男性ですわよ」
「ええっ?」
あたしは目をパチクリさせながら、ミズっちを見つめ返す。
「でもさ、ビキニ着てたよ? 胸も大っきかったし……」
「それはキャラクター。わたくしが言っているのは、中身のほうですわ」
「な……中身?」
「キャラクターの性別とプレイヤーの性別は、同じとは限らないということですわ」
ミズっちが説明を続けてくれる。
確かにキャラクターを作るとき、性別を選択した記憶があった。
つまり、あたしが男性のキャラクターでこのゲームを遊ぶこともできるってわけだ。
「ふむ……。そうね、そういうことも、あるかもしれないよね。でも、あたしべつに、男性のキャラクターでこのゲームをしようとかって思わないけどなぁ……」
「うふふふ、自分の分身というイメージで考えるのでしたら、そうですわね。ですが、ロールプレイングゲームというものはもともと、役割を演じるゲームという意味なのです。ですから、自分とは全然違ったキャラクターを演じる、ということを楽しむ人たちもいるのですわ」
「ふぇ? ん~、でもそれなら、演劇とかでもいいような……」
さらに説明を続けてくれるミズっちだったけど、あたしには上手く理解できない。
「ゲームなら実際にはできない演技もできるってわけさ。男性が女性を演じるなんて、普通なら気持ち悪いだけだろ? でも、この世界でなら違和感なくできるんだ。声も最初の設定でイメージしたとおりになるしな」
「うふふふ。現実の世界でも、可愛い男の子でしたら、女の子役をやっても違和感のない人がいるものだとは思いますけれど」
ミズっちだけじゃなくリンちゃんまで説明側に回ってくれたけど、それでもやっぱり疑問は消えなかった。
「う~ん……。なんとなく今までの話はわかったような気がするけど、ただ、どうしてそれで、気をつけなくちゃいけないのぉ~?」
「……ここまで言ってもわからないサリーの純粋さに惚れ惚れしますわ」
「あはははは、ま、とにかくさ。いろんな人がいるから、気をつけなってことだよ!」
「…………うん」
まだよくわかってはいなかったものの、ふたりが心配して言ってくれていることだけは伝わってきたので、あたしは素直に頷いておいた。
「もっとも、先ほどの子が、実はちょこっと微妙な趣味の女の子だという可能性も否定はできないのですけれど。実際の性別や年齢を他のプレイヤーが知ることはできないのですから。もし本人がそう言ったとしても、それ自体がウソかもしれませんし」
「ふ~ん? そういうものなんだねぇ~。だけど、どうして男性が女性を演じたりするのかなぁ~? あたしにはよくわかんないや」
「あはははは。どうなんだろうな。単純に女の子が好きだからとか、そんな理由なんじゃないか?」
結局あたしにはよく理解できないまま、話は終わることになる。
それは、もうそろそろ寝ないと、明日の学校がつらい時間になってしまったからだ。
ゲームをやっていると、時間ってすぐに過ぎちゃうのね……。
一日八時間以上の睡眠を取るあたしとしては、こっちのほうがよっぽど気をつけなきゃいけない問題のように思えた。