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「それでは、とりあえず戦ってみましょうか」
「ほえ?」
不意に和風ちゃん……じゃなくって、ミズっちに言われ、あたしは思わずすっとんきょうな声を返してしまった。
「あはははは! 腰に下げた剣は飾りか?」
リンちゃんからもツッコミが入る。
言われてみれば確かに、三人とも腰の辺りに剣を差していた。
「けけけけ、剣~~? これって……銃刀法違反じゃあ……?」
「うふふふ、ここはゲームの世界ですわよ? まぁ、一応ちょこっとだけ説明しておきますわね」
普段から面倒見のいい和風ちゃんは、ゲームの世界でもやっぱり面倒見がいいみたいだ。
……って、性格まで変わるわけじゃないから、当たり前か。
「まぁ、中には豹変してしまうような人もいるみたいですけれど。それはともかく……」
なんだか気になる発言を残しながらも、ミズっちはドリーミンオンラインの戦闘システムについて説明し始めた。
作成されたばかりのキャラクターは、レベル0からスタートする。
このゲームには職業があって、キャラクターはその職業のどれかになる必要があるらしいのだけど。
ただ、このレベル0のときだけは、職のない状態なのだという。
「うふふふ、いわばフリーターですわね」
「え~? リストラはいや~!」
「サリー、フリーター=リストラって連想はやめとけ。人によっては逆上するかもしれない。てゆーか、フリーターってアルバイトしてるんだから、無職ともイコールじゃないんじゃないか?」
「うふふふ、細かいことを気にしてはいけませんわ」
若干脱線したりしつつも、ミズっちの説明は続く。
ドリーミンオンラインの職業には、三種類の系統がある。
戦士系、魔法使い系、司祭系の三つだ。
レベル1になると、それぞれの系統の職業、ファイター、メイジ、ヒーラーからひとつを選択する必要がある。
ファイターは武器を使った物理的な戦闘を得意とし、メイジは攻撃系の魔法が使え、ヒーラーは回復や補助系の魔法が使える。
大雑把にいうと、そんな分類になっているようだ。
その前の状態であるレベル0のキャラクターは、一番弱いものだけにはなるけど、すべての種類の武器防具が使えて、攻撃魔法も回復魔法も使える。
だからそのあいだに基本操作に慣れ、自分に一番合っているのが三種類のどの系統の職業なのかを見極めるのだという。
一度職業を決めても、あとから転職することができるみたいだけど、その場合にはお金とアイテムが必要なのだとか。
ちなみにレベル10になったら、さらに上位職というのが選択できるらしい。
それぞれの系統ごとに三種類ずつの上位職があって、ファイターならソルジャー・レンジャー・ナイト、メイジなら、ソーサラー・ウィザード・ウォーロック、ヒーラーならプリースト・クレリック・シャーマンから選ぶことになる。
さらに高いレベルになるともっと上位の職業が選べたり、一定の条件を満たすと出現する隠された職業なんかもあったりするとのこと。
そういった上位の職業は、まだレベル0のあたしたちには必要のない知識だからと、詳しい話は省略されたけど。
「職業選びは、バランスも大切ですからね……。それではまず、サリーから見てみましょうか」
というわけで、あたしに適する職業はなにかを見極める戦闘タイムがスタートした。
☆☆☆☆☆
「ふ、ふえぇ……!」
「うわっ、やっぱすごいヘッピリ腰! 最悪だな!」
震える手で剣を構え、足もぷるぷる震えているあたしを見たリンちゃんは、容赦ない言葉の刃を向けてくる。
サリーは精神に10ポイントのダメージ! ……って感じ。
そりゃあ、自分でもひどいのはわかってるけど。最悪とまで言わなくったって……。
現実世界で運動が苦手だと、ゲームの中でもこんななのね……。
なんだか悲しくなってくる。
「うふふふ、キャラクター作成で運動系のパラメータが低めだったのもありますけれど。ですが、操作するときには実際に体を動かすのと同じように頭の中で思い浮かべる必要がありますからね、ドリーミンオンラインは。本人の運動能力や感覚というのも、結構重要になってくるものなのですわ」
「サリーはうんちだもんな!」
「うんち言うなぁ~!」
……もちろん運動音痴の略だけど、そんな言われ方はイヤぁ~!
ちなみにあたしの目の前には、なにやら小さくて可愛い動物みたいなのが、ぴょこぴょこと飛び跳ねている。
ドリーミンオンラインのマスコットにもなっている、この世界で一番弱い、羊みたいな見た目のドリーっていう魔物だった。
魔物、なんて呼ぶのが申し訳なくなるくらい、愛くるしい姿をしている。
とはいえ、戦闘になったら襲いかかってくるのだから、死にたくなければ退治するしかない。
うう……。だけど、剣で斬ったりしたら、かわいそうだなぁ~……。
魔物を倒さないとレベルも上がっていかないし、ゲームの世界だからと割りきって考えるしかない。
頭ではわかっていても、体はなかなかついていかないもので……。
狙いを定めて剣を構えるものの、剣先は情けないほどにぷるぷると揺れていた。
「う~ん、そうですわね……。剣はやめて、攻撃魔法を使ってみてはどうかしら」
さすがに見かねたのか、震える手でドリーに剣を向けていたあたしに、ミズっちがそう助言してくれた。
なるほど……魔法、ね。
ミズっちの言葉に従い、あたしはすぐさま剣をサヤに納めると、ファイアーの魔法を使ってみた。
魔法には呪文の詠唱が必要なのだけど、意外にもこちらはスラスラと頭の中に浮かんでくる。
わっ! あたしって、実は頭いいのかも!?
嬉しさでいっぱいになっていたあたしの気持ちを冷ますように、無情にも解説を加えるミズっちの声が響いてくる。
「魔法に関するパラメータが高めですから、たとえ小学校低学年のプレイヤーでも簡単に魔法を使えるはずですわ」
…………。
いいもん、べつに。
ともかく呪文の詠唱を終えたあたしは、指先から小さな火の玉をドリーに向けて飛ばし……。
ひゅるひゅるひゅる、スカッ!
あたしの放った火の玉は、ものの見事に見当違いの場所へと飛んでいき、消えてしまった。
「あはははは! サリーはうんちに加えてノーコンだったな!」
「うふふふ、ついでに方向音痴もね」
「方向音痴は関係なぁ~い!」
あたしの叫び声が、空しく辺りにこだまする。
と、突然ドリーがぴょんと飛び跳ねると、一直線に襲いかかってきた。
ターゲットは……リンちゃん!
「あっ……!」
身動きするいとまもなく、ドリーの体当たり攻撃はリンちゃんを直撃する。
「痛っ!」
頭から突っ込んでくるドリーの体当たり。
可愛い外見をしてはいるものの、ドリーの頭にはくるくると巻かれた形状の角がある。
その角の先端が、リンちゃんの腕を傷つけたのだろう。
「あ……、きゃっ! リンちゃん、血! 血! 血が出てるっ!」
リンちゃんの腕からは、ドクドクと血が流れ出していた。
「ふえぇ~、痛そうだよぉ~、大丈夫!?」
「いや、まぁ、ちょっとチクっとする程度だけどな」
あとから聞いた話だと、ゲームの世界では大げさなビジュアルで表現されることが多々あるのだという。
それに、リアルな感覚を売りにしているドリーミンオンラインではあっても、痛みに関しては、苦痛にならない程度しか感じないよう調整されているらしい。
でも、このときのあたしが、そんなことまで知っているはずもなかった。
ただただリンちゃんが心配で、必死に彼女の腕を持って、傷口の周りをさすってあげる。
すると、なんだか自然に、呪文が口から飛び出していた。
「うふふふ、回復魔法ですわね」
ミズっちの声が響く中、あたしの手のひらは徐々に光を帯び、温かくなっていった。
それに呼応して、リンちゃんの腕から流れていた血は止まり、傷口もみるみるうちに塞がっていく。
「ん……。サリーありがとう。すっかりよくなったみたいだ」
「うふふふ、やっぱりサリーは、ヒーラーが性に合っていそうですわね」
「ま、最初からわかってたけどな!」
ふたりはそう言って笑っていた。
「ふ……ふえぇ……?」
あたしは状況があまりよく呑み込めず、涙目できょとんとしてしまっていたのだけど。
☆☆☆☆☆
そんなこんなで、しばらくドリーを相手に戦闘を続けたあたしたち。
レベル1になり、リンちゃんはファイター、ミズっちはメイジ、あたしはヒーラーになった。
どうやら無事、就職することができたようだ。
「就職浪人にならなくてよかったぁ~!」
「いやいや、このゲームで就職できないことなんて、ありえないから」
「うふふふ、天然さ大爆発ですわね」
「天然って言うなぁ~!」
こうして、これから長いあいだ続くことになる、あたしたちのドリーミンオンライン生活はスタートしたのだった。




