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あたしがキャラクターを作り終えると、和風ちゃんも自分の家に帰っていった。
和風ちゃんはすでに、ゲームのインストールもキャラクター作成も終わっているらしい。
液晶モニターには今、「バージョンアップ中」の文字と進み具合を示すメーターに加え、「あと15分」の文字が表示されている。
速い回線だからこの程度だけど、回線の種類によっては何倍もかかるとか、和風ちゃんは言ってたなぁ。
それにしても、ゲームを始める前にこんなに待たされると、それだけでテンションが下がってしまう。
あたしは冷蔵庫から取り出してきたプリンを食べ、どうにかテンションの急降下を抑えつつ、ただただぼーっと待つことしかできなかった。
「あっ、このプリン、美味しい!」
……すでにあたしの興味はプリンのほうへと傾いていたわけだけど。
ふと視線をモニターから逸らすと、和風ちゃんが置いていったドリーミンオンラインの大きな箱が目に入った。
和風ちゃんは、三人で一緒に遊ぶため、ドリーミンオンラインを三人分購入してくれていた。
なにからなにまで準備してもらって、和風ちゃんにはほんとに頭が上がらない。しかも、お金はいらないとまで言ってくれたし。
やっぱりお金持ちのお嬢様じゃん。
なんて妬みは、この際、空の彼方にポイしておくべきだろう。
ゲームのパッケージとしてはちょっと大きすぎる箱の中には、学校でも見せてもらったヘッドセットが入っている。
そのせいで、こんなサイズとなっているのだ。
箱の外側には、モニターにも表示されていた可愛らしい絵が描かれている。
ヘッドセットに描かれているのもこのポップな絵だし、女の子でも抵抗なく始められるように配慮しているということだろうか。
あたしはおもむろに、箱の中からヘッドセットと説明書を取り出してみた。
「うわぁ、やっぱり大きいなぁ、このヘッドセット」
可愛い絵がプリントされているデザインとはいえ……いや、だからこそか、これをかぶっているところを家族に見られたら、かなり恥ずかしいかもしれない。
ちなみに、「ゲームをスタートする前にお布団を用意しておいたほうがいいですわ」と和風ちゃんから言われていた。
どうやらこのヘッドセットをかぶってゲームを開始すると、脳に刺激が与えられて、一種の催眠状態に陥るらしい。
その状態になると、頭で考えたとおりにゲーム内のキャラクターを動かし、喋らせることができる。
つまり、実際に自分で体を動かして喋っているのと同じ感覚で、ゲーム内のキャラクターを操作可能なのだという。
技術の進歩ってすごいなぁ~……。
と、そんなことをぼーっと考えつつ、(分厚いから全然頭には入らなかったけど)説明書に軽く目を通していると、いつの間にやらバージョンアップは終わっていた。
マウスを操作して、「ゲームスタート」のボタンをクリックする。
「ぽちっ」
無意識に声が出てしまったけど、それはご愛嬌ってことで。
ゲームを開始すると、動物の名前が出てきて選択する画面になるから、そこでは「ハムスター」を選ぶように言われていた。
それがサーバーの名前になっていて、違うのを選ぶと会えないとかなんとか。
サーバーと言われても、あたしにはピンとこなかったのだけど。
他にも、トラやライオンといった強そうなものから、ウサギやネコといった可愛い系まで、画面にはたくさんの名前が並んでいる。
ハムスターを選ぶことにしたのは、一番新しいサーバーで初心者でも安心だから、という理由があるらしい。
いまいちよくはわからないけど、初心者のあたしとしては、とりあえず和風ちゃんの言うとおりにしておかないと。
というか、和風ちゃんたちに会えなかったら、なにをしていいのかもわからないし。
ゲームの中でひとり寂しく泣いている、なんて状況になったら、さすがに悲しすぎるもんね。
「ぽちっ」
再び声に出しつつ、マウスで「ハムスター」を選択すると、画面が切り替わり、所属する国を選ぶ画面になった。
ドリーミンオンラインには八つの国が存在しているという。
土の国ノルムック、水の国ルディーネ、火の国サラマンド、風の国シルフィーユ、木の国ドライアルド、氷の国フェンリス、光の国ウィスピリオ、闇の国シェイディアの八つの名前が、画面に表示されていた。
ここでも和風ちゃんから言われていたとおりの国、「シルフィーユ」を素直に選択する。
そうやって進めていくと、今度は「専用ヘッドセットをかぶってください」の文字が表示された。
あたしはヘッドセットをかぶり、布団に横になる。
……ほんとはベッドがほしいけど、いくら頼んでも買ってもらえないんだよね……。
ま……まぁ、あったらあったで部屋も狭くなっちゃうし、べつにいいもん。
………………。
…………。
……。
余計なことを考えているうちに、あたしはいつしか睡眠状態へと入っていた。
気がつくと、そこは公園のような場所だった。
そよ風が通り過ぎると、あたしの髪をなびかせ、木の葉がサラサラと音を鳴らす。
周りには数人の人が、ぼーっと立っている。おそらくあたしと同じように、初めてゲームを開始した人なのだろう。
きょろきょろきょろ。
あたしは首を大きく振ったり体の向きを変えたりしながら、周囲をひたすら確認する。
ベンチがあって噴水があって芝生があって木々が生えている。
そんな木々の向こうには、ビルの姿なんかは見えない。
代わりに、なにやら大きなお城っぽい建物が目に映る。
……というか、どう考えてもあれはお城だよね。
その他に見える高い建物は、なんだか大きな時計がついている塔くらいだった。
青々とした空は深く澄んでいて、空気も綺麗なことが、視覚からだけでもしっかりと感じられる。
ここがゲームの中の世界なのね。
ぼへ~っと大口を開けて辺りの風景を眺めながら、あたしは立ち尽くしていた。
「なにぼけーっと大口開けてんだか! っていうか、ヨダレ垂らすなよ、汚いなあ、もう!」
「うふふふ、でも、サリーらしくていいですわ」
突然ふたりの女の子が現れて、そう話しかけてきた。
見た目は当然ながら、実際のふたりとは違うのだけど……その口調からすぐにわかった。
このふたり、音美ちゃんと和風ちゃんだ!
「わ~、音美ちゃん、和風ちゃん! 会えてよか……むぐぐっ!?」
いきなり音美ちゃんに口を塞がれた。……あっ、もちろん手で、だよ?
「うふふふ、サリー。ここではキャラクターの名前で呼び合いますのよ。実際の自分のこと……名前だけではなく、どこに住んでいるのかですとか、年齢や性別なども、話してしまうのは危険ですわ」
いつものニコニコ笑顔で和風ちゃんが説明してくれる。
「そうだゼ! ま、最初だから慎重になっておこう、ってのもあるんだけどな」
「ええ。本当に親しくなったら、場合によってはお互いに実際の世界でも交流する、というケースも多いですからね。ですが、しばらくは慎重に行動するべきですわ」
「……うん、わかった」
あたしは素直に頷く。
なんといっても、あたしはこの世界では初心者なのだ。ふたりに従うしかない。
……現実の世界でもふたりには逆らえなかったりするわけだけど。
それ以前に、考えたみたら、あたしだけではなくふたりだってこのゲームの初心者だと思うのだけど……。
ともかくあたしは、親友ふたりの姿をまじまじと眺めてみた。
すると、ふたりの頭上に、なにやら文字らしきものが浮かび上がってくる。
「そこら辺に文字が見えるだろ? それが名前だ。あたいはリン」
あたしの視線に気づいた音美ちゃん……じゃなくってリンちゃんがそう言った。
「で、わたくしが、ミズヨウカンですわ」
同じように和風ちゃん……違った、ミズヨウカンちゃん? が名乗る。
…………。
「ミズヨウカンって……名前なんだ……」
「ええ。瑞々しそうでいい名前でしょう? ミズっちとお呼びくださいませ」
ニコニコとそう答えるミズっち。
その隣では、リンちゃんが苦笑を浮かべながら肩をすくめていた。