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「こんな感じでいいかしらね」
和風ちゃんがテキパキとパソコンに電源やらケーブルやらをつないでいく。
あたしにはチンプンカンプンだったけど、和風ちゃんがポチッと電源ボタンを押すと「うい~ん」とか音がしてパソコンが起動したようで、液晶モニターになにやら映像が出てきた。
やがて画面は切り替わり、全体が爽やかな水色になる。
続けて画面の左上のほうに、いくつかの小さな絵みたいなのが出てきた。
画面の下のほうには、なんか細長い四角があって、その上にもいくつかの小さな絵が描かれている。
マウスとかいう変な形の物体を右手につかんだ和風ちゃんは、素早くそれを動かす。
そうすると、その動きに合わせて画面上の矢印が動き出して……。
「うわ~、これがパソコンかぁ~。なんだかすごいなぁ~。あたしなんかに使えるのかなぁ……」
思わずつぶやきがこぼれる。
そんなつぶやきを聞き咎めた音美ちゃんがツッコミを入れてきた。
「理紗……。まったく見たことないものを見てるような顔してるけど、中学のときにもパソコンの授業はあったじゃん……」
「えっ? そ……そうだっけ……?」
あ~、言われてみれば、そんな授業があったような気も~……。
「で……でもあたし、いっつも和風ちゃんに手伝ってもらってたから、よく覚えてなくても仕方がない……よね……?」
「仕方がないわけあるか! つーか、高校にだってパソコンの授業はあるんだ! 基本的な使い方くらい、覚えてなきゃダメだろ!」
「はう~、音美ちゃん、顔怖い~……」
「そんなこと言うのは、この口か! うりうり!」
あたしの口に両手の人差し指を突っ込み、横に引っ張る音美ちゃん。
「ひゃふ~、やめふぇよぉ~!」
涙目になったあたしが必死に抵抗を試みるも、体育会系の音美ちゃんに敵うはずもなく。
「ひっひっひ! 理紗ってほんと、いじりがいがあるな~!」
「ふえ~ん」
音美ちゃんの意地悪な笑い声とあたしの情けない涙声が、部屋の中にこだまする。
そんなあたしたちのじゃれ合う声を耳にして微かに笑みを浮かべながら、和風ちゃんはパソコンと向き合い、マウスを操作し続けていた。
☆☆☆☆☆
音美ちゃんと和風ちゃんは今、あたしの部屋に来ている。
和風ちゃんが持ってきてくれたパソコンをつないで、インターネットを使えるようにするためだ。
放課後、一旦自宅へと戻った和風ちゃんは、わざわざ家の人に車を出してもらって、パソコンをあたしの家まで持ってきてくれた。
なにからなにまでやってもらっちゃって、本当に頭が上がらない。
そして音美ちゃんのほうも、一度自分の家に戻ってから、わざわざあたしの家に駆けつけてくれた。
音美ちゃんも自分のパソコンを持っているから、和風ちゃんだけじゃわからないことがあったらきっと助言してくれるはずだ。
……音美ちゃんの場合、面白半分で来ただけっていう可能性のほうが高そうな気もするけど。
「うふふふ。全然覚えていないなんて、理紗らしいですわね。ですが、今どきインターネットくらい使えないと、社会に出るにも困るらしいですわよ? 覚えておいて損はないと思いますわ」
そう言いながらも、和風ちゃんの指は素早くマウスのボタンをカチカチと押していた。
クリック、とかいうんだっけ?
なにやら設定とかをやってくれているらしい。
あたしの住むマンションは、どうやら光回線が通っているみたいで、接続してちょちょいっと設定してやればインターネットが使えるようになるのだそうな。
いろいろと説明されても、あたしにはなにがなにやらサッパリだったのだけど。
……う~ん、やっぱり和風ちゃんってば、すごいなぁ。
住んでいる張本人のあたしを含めた家族全員がまったくわからなかったっていうのに、ちょっと資料に目を通しただけで全部やってくれるなんて。
「はい、終了ですわ。あとはドリーミンオンラインをインストールすればすぐに始められますわよ。……あっ、最初にゲームを起動するときにはバージョンアップがあって結構長い時間待たされてしまいますから、すぐに、ってわけにはいきませんわね」
あたしが感心しながら和風ちゃんの後ろ姿を眺めているうちに、状況はどんどんと先に進んでいるみたいだった。
パソコンのドライブにディスクを入れて、すでにインストールとやらが始まっているようだ。
モニターには可愛らしい絵の上にドリーミンオンラインという文字が大きく表示され、さらにインストールの進み具合のメーターとパーセンテージが出ていた。
「結構時間かかるんだね~」
「うふふふ、そうですわね。ただ、さっきも言いましたが、最初にゲームを起動したときの待ち時間も長いですから、覚悟しておいてくださいね」
ぼーっとモニターを眺めるあたしに、和風ちゃんは微笑みを送ってくれる。
「あたいも家に戻って、インストールしないとだな」
「そうですわね。こちらは大丈夫ですから、先に帰っていただいて構わないですわよ? というより、ここにいても邪魔なだけですし」
「あはははは。相変わらず、歯に衣着せぬ物言いだな! ま、いいや。んじゃ、家に戻ってこっちも準備しとくゼ!」
「ええ、そうしてくださいませ。わたくしもインストールと理紗のキャラクター作成まで終わったら家に帰りますわ」
ぼーっとインストールのメーターが進んでいくのを眺めていたあたしを差し置いて、ふたりの会話が展開されていた。
音美ちゃんが帰るということになったみたいだったから、あたしはモニターから目を離し、玄関まで送っていくことにする。
「ごめんね、なんのお構いもできなくて」
「いやいや、いいってば。ほんとはキャラクター作成で理紗が四苦八苦して悶絶する姿を見たかったんだけどな! あたいも準備しとかないと、一緒にスタートできないし!」
「キャラクター作成で四苦八苦はわかるけど……悶絶って……そんなことしないよぉ~。……たぶん」
「いやいや、きっと悩むと思うゼ! なにせ、ずっと使うことになるんだからな! とか言ってプレッシャーをかけてみる」
「ちょ……ちょっとぉ! もう、音美ちゃんの意地悪~!」
「あはははは! それじゃ、またあとでな!」
「うん、またね~!」
こうして音美ちゃんは帰っていった。
部屋に戻ったあたしを待っていたのは、ドリーミンオンラインのキャラクター作成。
体型や髪型、目・鼻・口などのパーツ、肌の色、服装、アクセサリー、などなどなどなど……。
かなり細かく設定できるキャラクター作成に、あたしはめちゃくちゃ迷いまくり、音美ちゃんの言っていたとおり四苦八苦して悶絶することになった。
そんなこんなで、ばっちり一時間以上かけたのち、この先ずっと自分の分身として使うことになるキャラクター、「サリー」が誕生した。
「うふふふ、理紗だからサリー、ね。単純であなたらしいですわ。そのままリサとかにしなかっただけマシかしらね」
なんて和風ちゃんからツッコミを入れられてしまったけど。