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「サリー、よかったですわね!」
「これでもう、しつこくされることもないゼ!」
ミズっちとリンちゃんが、あたしに駆け寄って微笑みかけてくれる。
でも……。
「よかった……のかな……? エンゼさん、大丈夫かな? あたしなんかのせいで、もうこのゲームを楽しめなくなっちゃったんじゃ……」
あたしは胸に詰まっていた思いを吐き出すようにつぶやいた。
それを聞いたふたりは、一瞬にして呆れ顔に変わる。
「まったく、サリーは……」
「少しは変わったかと思いましたのに、相も変わらず、お人よしですわ……」
「う……、でも……」
まだ反論を返そうとするあたしを、ミズっちがぎゅっと抱きしめる。
「ふぇ……?」
あたしの顔はミズっちのふくよかな胸に押しつけられ、言葉を返すことができなくなってしまう。
「そんなところも、サリーのよさなのですわね。それもすべて含めて、わたくしたちはあなたが大好きなのですわ」
「ふ、ふえぇ……」
そんなことを言われたあたしは真っ赤になって、嬉しくて温かくて言葉が出せなかった。
……もともとミズっちの胸のせいで、まともに声を出せないような状態だったわけだけど。
「そうだぞ! だからこそ、あたいらも守りたくなっちまうんだろうな!」
リンちゃんも、つい数時間前までのような冷たさなんて微塵も感じさせない、普段どおりの明るい声でそう言ってくれた。
「……ふふふ、そうですね。つき合いの短いわたしでも、同じように感じていたくらいですから」
控えめな声で、クズキリさんまでもが、そんなふうに言ってくれる。
と、ミズっちがあたしの耳もとで、こうささやいた。
「実はね、クズキリさんって、うちのお兄様だったんです」
「ふえっ?」
「もともと別のサーバーで遊んでいたのですけれど、新しくキャラクターを作って最初からやり直していたらしいんですのよ。そのほうが新鮮だからって。セカンドキャラというわけですわね」
あたしはミズっちの胸から顔を離すと、思わずクズキリさんをじっと見つめてしまった。
にこっ。
微笑んでくれるミズっちは、確かに何度か会ったことのある和風ちゃんのお兄さん――葵さんと同じ雰囲気を漂わせていた。
「クズキリさんは戦争イベントの頃から、なんだかおかしい様子に気づいていたそうです。ですからずっと、離れて見ていたらしいですわ。サリーがドリーミン世界に来なくなって、なにがあったのかもわかっていたクズキリさんは、GMさんに報告しました」
「ほ……報告しちゃったんだ……」
この期に及んでも、なるべく穏便に解決するべきだという考えは消えていなかったあたし。
無意識のうちに言葉がこぼれ落ちる。
「ええ。……サリーの気持ちもわかりますけれど、もしそうしなかったら、あんなふうに謝ってはこなかったでしょう。サリーが戻ってきた途端に、またストーカー行為を繰り返すことになったかもしれません。ですからそれは、エンゼリッヒさんを守る行為でもあったわけですわ」
「…………」
あたしは言葉を返すことができなかった。
ただ少し、ホッとしていた。
ミズっちも、エンゼさんを敵視して問答無用で排除しようとしていたわけじゃなかったんだ、ってことに。
「……安心してください。あの人もいわば初犯だったわけですから。GM側からの対応も、厳重注意ということで済んだみたいですよ」
にこっ。
笑顔を浮かべ、クズキリさんは優しく諭すように、そう伝えてくれた。
それを見たあたしの感想は、
(これが葵さんだなんて、なんだかすっごい違和感~!)
というものだった。
あはっ、和風ちゃんたちに知られたらきっとまた、理紗の感覚はやっぱりずれてるとか言われちゃう。
だけど、音美ちゃんもじーっとクズキリさんに視線を向けているみたいだし、あたしと同じように違和感はあるんだろうな~。
☆☆☆☆☆
「あのエンゼリッヒさんって人、なんだか子供っぽい感じもありましたから、もしかしたら小学生くらいの子だったのかもしれませんわね」
ふと、ミズっちがあたしの耳もとに唇を寄せて、今度はそんなことをささやいた。
「え……?」
「もっとも、調べるすべはないのですけれど」
聞き返すあたしに、ミズっちはそう言ってウィンクを送る。
そして、
「ですが、そう思ったほうが、気が楽ではありませんか? 二十歳過ぎでフリーターをやっているキモオタ男だとか思うよりは。どうせわからないのですから」
と続けた。
確かにそうかもしれないけど、だったらそんな、キモオタ男? などという可能性をここで言わなくてもよかったんじゃ……。
だってあたしは、そんなことなんて全然考えてもいなかったのだから。
「も……もう、他人事だと思って~!」
あたしが頬を膨らませて文句の声を上げると、
「うふふふ、だって実際、他人事ですもの」
なんて、しれっと答えるし。
「う~~~!」
あたしは不満いっぱいで頬を膨らませたまま、ポカポカとミズっちを叩く。
「うふふふ」
叩かれながらも、ミズっちは楽しそうに笑っている。
そんなあたしたちのじゃれ合いを、周りの人たちは笑顔で眺めていた。
……笑顔というよりは、呆れ顔だったかもしれないけど。