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六年ほど前、ほとんど無名だったパソコン用のゲームメーカー、株式会社アンチテーゼによって発売されたのが、ドリーミンオンラインの前身である、『ファンタジアーツ』という、ファンタジー系のオンラインRPGだった。
アーティスティックな世界観をイメージしているせいか、逆流する滝や七色に輝く海など、実際にはないような地形が至るところに存在しているものの、基本的なゲーム内容自体だけ見れば、ごくごくありふれたオンラインRPGだったのだけど。
そのゲームにはひとつ、他には類を見ない圧倒的な特徴があった。
それが、『ブレインインパルス』と名づけられた技術だった。
なにやら物々しいヘッドセットをかぶってプレイするというスタイルから、最初こそ敬遠されがちだったものの、特殊なヘッドセットによって脳に直接刺激を与え、今までにないリアリティを感じさせてくれると、いつしか一部で爆発的に盛り上がっていった。
もっとも、ゲームとしては少々高価で、さらに月額利用料も高かったため、一般の客層にまでは普及しなかった。
そういった背景が、悪い状況へと流れてしまう原因になったと言えるのかもしれない。
ファンタジアーツでは、株式会社アンチテーゼが特許を取っているブレインインパルス技術によって、とてもゲームとは思えないリアリティを得ることができた。
あたかもプレイヤー本人がファンタジー世界に入り込んだかのように、風や匂いや振動や、ありとあらゆる五感の刺激を体験することができた。
……でもそれは、リアルすぎたのだ。
そのため、多くの問題が起きてしまった。
オンラインゲームというのは、人と人とのコミュニケーションも大切な世界。
多くの人は現実世界と変わらないように会話をし、そのリアルなファンタジー世界での生活を楽しんでいた。
だけど中には、所詮ゲームの世界だからと暴挙に出る人も少なからずいたのだ。
ひたすら破壊活動を繰り返す、といった程度ならまだ可愛げもあっただろう。
ただ、当然ながらそれで留まるはずもなく。
相手は所詮ゲームの中の人だと考え、殺人を繰り返したり、女性を襲ったり……。
そんな卑劣な行動を繰り返すプレイヤーが増えていったのだという。
もちろん、ゲーム内で殺されたとしてもすぐに復活できるし、いくらリアルに再現されているとはいっても、エッチなんかまでできるわけではなかった。
それでも、五感すべてをリアルに感じられるシステムであるがゆえ、殺されたら痛みを伴うし、触られたらその感触を受け取ってしまう。
開発会社側でも予測はしていたため、ある程度の規制は設けていたらしいのだけど。
なによりもリアリティを追求する方向で開発され、世間に衝撃を与えるのが一番の目的だったこともあり、完全な排除まではできなかった。
その結果、ファンタジアーツは問題視され、徐々に衰退していく。
そして最終的には、サービス開始から一年足らずで全サーバー閉鎖という事態に追い込まれてしまった。
それだけだったら、開発費の回収すらできず、会社も倒産、という形で収束しておしまいとなるところだけど。
ファンタジアーツで使われたブレインインパルスの技術は様々な分野から注目され、投資を申し出る企業も少なくなかった。
そういった流れを受け、ファンタジアーツのシステムを大幅に見直し、ブレインインパルス技術を使ったオンラインRPGの第二弾、『ドリーミンオンライン』が満を持して登場したのが今から三年くらい前。
脳を直接刺激してリアリティを得るシステムはそのままに、安全性や倫理性といった面を充分に考慮して改善されたドリーミンオンラインは、一般への普及を目指すため、赤字覚悟の低価格で販売された。
可能であれば無料ダウンロード形式にしたかったみたいだけど、専用のヘッドセットが必要なため、そういうわけにもいかなかったらしい。
それから、月額利用料もファンタジアーツの数分の一にした上、連続使用月数に応じて割引するサービスまで設けた。
こちらも基本利用料は無料にして、アイテムなど追加要素で課金してもらうという案があったらしいけど、当時の日本ではまだあまり普及していなかったため断念したとのこと。
ともあれ、前作のファンタジアーツがいろいろな意味で話題になっていたことも功を奏したのか、発売後から順調にユーザー数を増やし、今や日本ではかなりメジャーなオンラインゲームのひとつとなっている。
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……以上が、和風ちゃんから事細かに解説してもらった話を、あたしなりに頭の中でまとめてみたもの。
あたし自身は当然ながら、そんなゲームの存在なんて、まったく全然きっぱりはっきりまるっとこれっぽっちも知りはしなかったのだけど。
「わたくしのお兄様が、それはそれはハマっておりますのよ。もう毎日楽しそうにドリーミンオンラインのよさとやらを語ってくれますの。少々ウザいと思わなくもなかったのですが、それでも話を聞いているうちに、試してみたくなってしまいましたの」
お兄様の思うツボですわよね、と、ため息まじりの和風ちゃん。
でも、それを今あたしたちに話している、ということはつまり……。
「あたいらも一緒にやらないかって、誘ってるってことか?」
音美ちゃんがあたしの思いをそのままに代弁してくれた。
それに対する和風ちゃんの答えは、
「ええ、そうですわ。ぜひとも、三人で一緒にやってみましょう!」
という笑顔を伴った肯定だった。
「で……でもさ、その、怖くないの~?」
あたしにはいまいち正確に理解できていないとは思うものの、さっき和風ちゃんが話してくれた内容を自分なりに考えてみると、オンラインゲームってちょっと怖そう、というのが正直な感想だった。
それ以前に、自分が今までに触れたことのない世界だから二の足を踏んでいる、というのもあるのだけど。
「大丈夫ですわ。先ほどもお話しましたように、前作の失敗を踏まえて、安全面への配慮は徹底しているようですから」
「で……でもでも、あたし、その、パソコン持ってないし……!」
和風ちゃんが納得させようと繰り出した言葉に、あたしは素早く、さらなる否定を重ねる。
やっぱり、どうしても怖いという思いが拭いきれなかったのだ。
だけど、
「あら、そうでしたわね。でしたら、わたくしが進呈致しますわ。わたくし、パソコンを三台ほど持っておりますから」
にっこりと微笑んで、和風ちゃんはそう返してきた。
それを聞いたあたしの頭に浮かんだのは、
(……パソコン三台って……やっぱり和風ちゃん、お金持ちじゃん!)
という、ちょっとした妬みの念だった。