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葵さんに諭され、あたしは教室へと戻った。
音美ちゃんと和風ちゃんが、待ってくれているかも。
そう思っていたのだけど……。
赤みがかった西日の差し込む教室には、もう誰も残ってはいなかった。
ふたりのカバンもない。
すでに帰ったあとだったのだ。
……待っててくれなかったんだ……。
一瞬にして気持ちが落ち込む。
……いけないいけない。ここで沈んでても仕方がないわ。
今はもう、さっきまでのあたしとは違うんだ!
あたしは急ぎ足で家に帰ると、自分の部屋へと駆け込む。
制服すら脱がず、あたしはパソコンの電源を入れヘッドセットを装着すると、ドリーミンオンラインの世界に入った。
久しぶりに感じる、ドリーミン世界の風。
現実世界の風よりも少しだけ温かく、全身を包み込んでくれるかような、懐かしさすら感じる風を受けながら、あたしは確認してみた。
ドリーミン世界では、フレンド登録している人がどこにいるか、すぐわかるようになっている。
リンちゃんとミズっちは、同じ場所にいた。
セルシオさんも、どうやら同じ場所にいるようだ。
あたしは三人のいる場所――中央広場へと向けて駆け出していた。
☆☆☆☆☆
「リンちゃん、ミズっち!」
わずかにためらう気持ちもあったけど、あたしは意を決して明るい声でふたりの名前を呼ぶ。
『サリー!』
ふたりは声を合わせ、あたしの名前を呼び返してくれた。
リンちゃんもミズっちも、溢れんばかりに笑顔を輝かせている。
「サリーちゃん! よかった、来てくれたんだね!」
セルシオさんもそのすぐそばにいて、嬉しそうにあたしを受け入れてくれた。
それだけじゃない。
戦争イベントで同じパーティになった、ちょっと控えめな女の子、クズキリさんまでいる。
さらにはその戦争イベントで言葉を交わした人たちが何人も集まっていて、あたしの姿を見ると笑顔と歓迎の声を向けてくれた。
「みなさん、サリーが来ないことでわたくしとリンが沈んでいるのを、ずっと励ましてくれていたのですわ! もちろん、サリーのことも、ずっと心配してくれていたんですのよ!」
ミズっちはそう言って笑っていた。
切れ長な目の端っこに、涙の雫をたたえながら。
そっか……。
あたしは、戻ってきてよかったんだ……。
今まで悩んでいたのがバカみたいに思えるほど、温かく迎えてくれるみんな。
そのとき、明るい笑い声が、一瞬でピタッと静まる。
突然変わった場の雰囲気に、あたしがゆっくりと顔を上げると、視線の先にはひとりの男性の姿があった。
「エンゼさん……」
それは、あたしを悩ませ続けていた張本人、エンゼさんだった。
あたしは怯えて、震える声をしぼり出すことしかできない。
周りの人たちから鋭い視線を向けられる中、エンゼさんは一歩一歩近づいてきた。
そしてそのまま、あたしのすぐ目の前まで迫る。
張り詰めた空気が周囲を包み、あたしは体をこわばらせ、身動きすらできなかった。
と、エンゼさんが突然動いた。
あたしの視界から、さらに下へ。
「サリーちゃん、ごめん!」
気づくとエンゼさんは、呆然としているあたしの目の前で、頭を地面にこすりつける勢いで土下座していた。
「あ……えっと、その……」
「ほんとに、ごめん!」
慌てるあたしをよそに、エンゼさんは土下座したまま謝り続ける。
「あの、その、もういいですよ、そんな……、土下座なんて……」
あたしは思わずしゃがみ込み、そっとエンゼさんの肩に手を乗せた。
それでもエンゼさんは、頭を上げなかった。
しばらく謝り続けたあと、ようやく頭を上げ、立ち上がったエンゼさんは、そのまま背中を向ける。
「もう、二度とキミには近づかないよ」
それだけ言い残すと、エンゼさんは夕陽を全身に受けながら、中央広場の出口へと歩き去っていった。