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紫苑さんの気遣いはとても嬉しかった。
ドリーミンオンラインの世界に戻りたいという自分の気持ちにも気づいた。
だけどあたしはまだ、戻る気になれないでいた。
戻ったところで、再びエンゼさんにしつこくされたら、同じことの繰り返しになってしまう。
エンゼさんのことが解決したとしても、あたしは人と接するのがもともと得意じゃないし、似たような目に遭ったら、きっとまた同じように悩んでしまうだろう。
そのたびに音美ちゃんや和風ちゃんに迷惑をかけてしまうくらいなら、あたしは戻らないほうがいいのかもしれない。
ひとりで思い悩み、どんどんとマイナス思考に囚われていく。
このままじゃダメだと思ってはいるけど、どうしていいかわからない。
沈んだ表情のまま学校に通い、音美ちゃんや和風ちゃんとも言葉を交わすことなく帰宅する。
そんな日々が続いていた。
ここ最近、ふたりは朝の登校時、いつもの待ち合わせ場所で待っていてくれなくなっていた。
あたしが遅れがちだから、というのもあるとは思うけど、気持ちが落ち着くまではあまり顔を合わせないほうがいい、と気を遣ってくれているのだと思う。
今日も、あたしはひとりで学校の正門をくぐった。
教室に入ると、音美ちゃんが和風ちゃんの隣の席――男子の席だけど、まだ来ていないから勝手に座っているらしい――に座り、ふたりで楽しそうにお喋りしていた。
あたしが来たことには気づいたのだろう、一瞬だけ視線を向けたけど、ふたりはすぐ会話に戻る。
その会話の内容は、ドリーミンオンラインに関することのようだった。
思わず足が出なくなってしまったけど、あたしの席は和風ちゃんのすぐ後ろ。ふたりに近寄らないわけにもいかない。
ゆっくりと自分の席まで歩いていき、黙って座る。
ふたりとも、なにも言ってはくれない。
……いいもん、べつに。
そう思ってはいたものの、どうしても気になってしまう。
ちらちらと視線を送るあたし。
そんな様子が気に入らなかったのか、和風ちゃんはあたしのほうを振り返ると、なんだかものすごく冷めた口調でこう言い放った。
「戻ってくる気、ないのでしょう? もういいですわ、理紗なんて」
和風ちゃんの隣では、音美ちゃんも一緒になって、同じように冷たい視線を向けていた。
「う……ひどいよぉ……」
あたしは机に突っ伏し、声を出さずに泣く。
でも和風ちゃんと音美ちゃんは、すぐに会話の続きをし始めた。
まるで、あたしなんていないかのように……。
気を遣ってくれているだけだと思っていたのに……。
そうじゃ、なかったの……?
もう、親友じゃなくなってしまったの……?
しばらくすると音美ちゃんが座っていた席の男子生徒も登校してきたため、ふたりの会話はそこで終わることになったのだけど。
あたしは結局、朝のホームルームが始まるまで、顔を上げることができなかった。
☆☆☆☆☆
その日はそのまま、和風ちゃんとも音美ちゃんとも会話はおろか、目も合わせず、放課後を迎えた。
帰りのホームルームを終えると、逃げるようにカバンをつかんで教室を出る。
うつむいて幽霊かなにかのように存在感もなく歩いていたあたしの横に、足音が並んだ。
…………?
顔を上げて横に視線を向けてみると、あたしと並んで歩いている男子生徒の姿が目に映った。
にこっ。
優しげな笑顔で応えてくれるその人は、和風ちゃんのお兄さん、葵さんだった。
「あ……どうも……」
どういう反応をしていいか戸惑いながらも、足を止めずにいたあたしに、葵さんはこう話しかけてきた。
「和風、泣いてたよ」
「……え?」
思わず足を止め、葵さんを見つめ返す。
「和風、泣いてたよ」
葵さんは、同じことをもう一度繰り返した。
こんなふうに廊下で話していては、それなりに人通りもあるし、いくらなんでも気になってしまう。
というわけで、あたしと葵さんは下駄箱で靴に履き替えると、あまり人もいない中庭のほうへと歩いていった。
☆☆☆☆☆
「和風、泣いてたよ」
中庭にたたずむ木に寄りかかりながら、葵さんは三度目のその言葉を口にした。
……どうして木に寄りかかるんだろう?
なんだかずれた感想を抱いていたあたしに、葵さんは静かに語り始めた。
「昨日ね、和風がぼくの部屋まで相談しに来たんだ。普段はあまり話したがらないのにね。
自分が誘ったことで、理紗ちゃんにつらい思いをさせてしまった。そう思い悩んでいるみたいだった。
和風は泣きながら、震える声でこう言ってたよ。
最初から理紗ちゃんと自分が友達ですらなかったら、こんなつらい思いをさせずに済んだのに、って」
「そ……そんな……!」
あたしは慌てて、というか驚いて、というか、えっと、なんて言っていいのかわからないけど、とにかく一瞬で深い夢の淵から引き戻されたような衝撃を感じていた。
だって、和風ちゃんは全然悪くないのに。
あたしが勝手に悩んで、勝手に自分の殻に閉じこもって、和風ちゃんたちを拒絶しただけなのに。
それなのに和風ちゃんが――あたしの前では涙なんて見せたことのない、強くて頼りになる彼女が、泣きながらお兄さんにそんなことを言っていたなんて。
「あいつは意地っぱりだから、本当の気持ちなんて絶対口にしないだろうけどね。でも、和風がどう思ってるのか……それは言わなくてもわかってくれるよね?」
優しく……触れたらすぐ崩れてしまうくらいにもろい、粉雪で作られたウサギを扱うように優しく、葵さんはそっと言葉を紡ぐ。
「キミたちの問題だし、ぼくからはこれ以上なにも言う資格はないと思うけど……。あんなやつでも可愛い妹だからさ。できれば和風を許してやってほしいな」
「許すもなにも……!」
悪いのはあたしです!
軽くあたしの唇に触れた葵さんの人差し指によって、その言葉は止められた。
それはぼくに対してじゃなく、あいつに言ってあげてね。
瞳でそう語るように頷くと、葵さんはあたしに背を向けて、中庭をゆっくりと歩き去っていった。
……なんというか、いちいちカッコつけようとしてません?
あたしの感想はやっぱり、ちょっとずれているみたいだった。