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それからしばらく、あたしはドリーミン世界にオンするのをやめていた。
登下校中も学校内でも、ずっと黙ってうつむいているあたし。
もちろん音美ちゃんと和風ちゃんは心配して声をかけてくれた。
それでもあたしは、どう答えていいかもわからず、駄々っ子のように首を振ってうつむき続けることしかできなかった。
エンゼさんから大量に届いていた手紙には、「返事をしてよ」「無視しないでよ」「オレの中でどんどんキミの存在が大きくなっていくよ」「こんなに想ってるのに一緒にいられないのはつらいよ」などといった内容がひたすら書かれてあった。
中には、「オレの愛を受け取って」と書かれた、キスマークつきの手紙まであった。
お……男の人がキスマークなんて!
……っていうか、口紅って女性用アイテムなのに、なんで持ってるの?
思わずずれた感想まで浮かんできたりもしたけど、とにかくあたしはもう、ドリーミン世界に留まる気力を保つことができなかった。
床に散らばった手紙もそのままに現実世界へと戻り、それからあたしは悩み続ける毎日。
学校に来ても、あたしは沈んだ気持ちを引きずって、音美ちゃんや和風ちゃんにすらいつもどおり話すことができないでいた。
何度も声をかけてくれているのはわかっているのだけど、あたしは答えを返せない。
そんな態度に痺れを切らしたのだろう、放課後になった途端、和風ちゃんが眉をつり上げ、あたしに怒鳴り声をぶつけてきた。
「ちょっと理紗! いつまでそうやっているつもりなんですの!? 立ちなさいな! 詳しく話を聞かせてもらいますわよ!」
無理矢理腕をつかんで立ち上がらせると、和風ちゃんはあたしを引きずって廊下へと出る。
「わたくしの家で聞きますから、おとなしく歩きなさいな!」
本気で怒っているのは伝わってきていた。
だからあたしは抵抗することもなく、和風ちゃんに引きずられていった。
……もっとも、抵抗するような気力すら、今のあたしにはなかったのだけど。
あたしのカバンは、音美ちゃんが持ってきてくれていた。
帰る準備なんてしていなかったはずだけど、机の中の教科書やノートもしっかりとカバンの中に入れてくれたみたいだった。
そんな彼女も、険しい視線をあたしに向けている。
音美ちゃんも怒ってるんだ。
それはそうだよね。親友なのに、なにも話さず勝手にひとりでうじうじ悩んでたんだもん。
怒っていながらも、あたしのカバンを持ってきてくれたわけだし、心配してくれているのはよくわかった。
赤くなるくらいに強くあたしの腕をつかんで引っ張っている和風ちゃんも、心配ゆえに力が入ってしまっているのがひしひしと伝わってきた。
あたしを引きずりながら、それでもごちゃごちゃ言ったりはせず、考える時間を与えてくれているのも、気を遣ってくれているからなのだろう。
やがて和風ちゃんの家の塀が見えてきた。
うん、そうだよね。ふたりにはちゃんと話さないと。
あたしは覚悟を決め、素直に引きずられながら和風ちゃんの家の門をくぐった。
「やぁ、理紗ちゃん、音美ちゃん、いらっしゃい。どうしたのかな? なんだか……、ん……。ゆっくり、していってね」
廊下で葵さんとすれ違ったとき、気さくに話しかけてはくれたけど。
途中であたしたちの緊迫した雰囲気を感じ取ったのか、それとも和風ちゃんが目で語ったのか、ともかくすぐに言葉を濁し、いつもの優しい笑顔だけを残して歩き去っていった。
☆☆☆☆☆
「おいおい、それって完全にストーカーじゃんか!」
あたしは和風ちゃんの部屋に連れていかれ、強制的に座布団の上に正座させられた。
ふたりに見下ろされながら事情説明を求められ、あたしが素直に答えると、真っ先にぶつけられたのは、そんな音美ちゃんの怒鳴り声だった。
「やっぱり、そういうことでしたのね」
一方の和風ちゃんは、依然として眉をつり上がらせたままだったけど、落ち着いた様子でそうつぶやく。
ふたりとも、あたしが一週間くらいドリーミン世界にオンしていないのを心配して、どうしたのかと尋ねてきたわけだけど、予想はついていたのだろう。
――原因はエンゼさんにあると。
「どうしたらいいかな……?」
あたしは、怒りの表情を浮かべているふたりに、若干控えめな調子で質問してみる。
「そんなの決まってるじゃんか! バカか、理紗は!」
「ふ……ふえぇ……」
音美ちゃんのあまりの勢いに、あたしは目に涙をためて怯えっきり。
「はいはい、音美はちょっと黙っていてくださいませ」
そんな音美ちゃんを和風ちゃんがなだめる。
やっぱり和風ちゃんはいつでも、あたしの味方だ。
「……理紗。ですが、音美の言うとおりですわよ」
優しく言葉をかけてくれると安心しきっていたあたしに、ずいっと至近距離まで顔を近づけ、和風ちゃんは怒りを含んだ声を飛ばしてくる。
「GMさんに報告するとか、以前にGMさんが説明してくれていたブラックリストに入れてしまうとか、自分で対処する方法だってありますでしょう?」
そう。
楽しくオンライン世界での時間を過ごしてもらうため、迷惑行為を受けたりしたら対処してくれるシステムがある。
GMさんに話しても、個人的ないざこざという可能性もあるから、なかなか対処はしてもらえないらしいけど、もし相手が悪質で他の人からも同じような報告があれば、どうにかしてもらえるかもしれない。
そうでなくても、ブラックリストに入れた人からは姿を見られたりしなくなるし、たとえフレンド登録してあっても、居場所が知られることもドリーミン世界にオンしたのを知られることもなくなる。
そうやって迷惑行為の報告があったり、ブラックリストに多く入れられたりしているような人には、運営会社から注意が促される。
それでも改善されない場合は、強制的に退会処分となり、ドリーミンオンラインで遊ぶことができなくなってしまうわけだけど。
あたしはいろいろと考えて、そこまではしなくても、という結論に達していた。
「で、でもさ……、エンゼさんだって、ちょっと行きすぎちゃってるだけで普通の人だと思うし、あたしのせいでゲームができなくなるのは悪いと思うし……」
自分の考えていることを素直に答えるあたしに、音美ちゃんと和風ちゃんは顔を見合わせ、ため息を漏らす。
「だから、あたしがもう、ドリーミンオンラインをやらなければいいだけなんだよ……」
続けて放ったあたしの言葉には、和風ちゃんから呆れ声を返された。
「理紗、あなたって、どこまでお人よしなんですか……」
「まったく、あたいらがいないと、なにもできないんだよな、ほんと」
音美ちゃんも同じように呆れ顔でつぶやく。
だけど、あたしだって、自分なりに考えてるんだもん!
何時間もかけて出した結論なんだもん!
といった反論を、結局口に出すことのできないあたし。
「……ほっといてよ!」
ただひと言、それだけ叫ぶと、あたしは立ち上がって和風ちゃんの部屋から逃げるように駆け出す。
そしてそのまま廊下を走り、玄関で靴を履き、前庭を駆け抜け、門をくぐって飛び出していく。
途中、廊下で葵さんとすれ違ったけど、あたしは挨拶もできない。
というよりも、涙を見られないようにうつむいて通り過ぎることしかできなかった。
人通りもほとんどない道を走り抜けるあたしを追いかけてくる影はない。
さすがに、もう見捨てられちゃったかもしれない。
そんな考えが脳裏をかすめ、余計にみじめさと情けなさで胸を締めつけられたあたしは、道に涙の跡を残しながら自分の家へと逃げ帰っていった。