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ボイスメールの機能をオフにしたままではあるけど、エンゼさんに断りの手紙を返してからしばらくのあいだ、あたしは平穏な日々を取り戻せていた。
あたしのことを心配したリンちゃんかミズっちのどちらかが、必ずあたしのそばにいてくれたからだ。
平穏無事にいつもの三人でドリーミン世界の生活を満喫していた。
ふたりには心配かけちゃって悪いな~とは思うけど、遠慮なく支えてもらいながら、平和な時間を過ごす。
あまりにも平穏すぎて、現実から目をそむけていたあたしも悪かったのかもしれないけど。
あたしはずっと、ボイスメール機能をオフにしたままで、ホームにも戻らない日々を続けていた。
エンゼさんは、あたしたちの前に姿を現さなかった。
フレンド登録してあるから、ドリーミン世界に来ていることも、エンゼさんがどこにいるかも、あたしにはわかる。
同じようにエンゼさんにも、あたしがオンしたことやどこにいるかは、わかっているはずだ。
でも、あたしに近づいてくる気配はない。
もしかしたら、意図的にあたしに近づかないようにしているのかもしれない。
一方的に拒絶した感じだったから怒ってしまったかもしれないけど、もうあたしたちの前に現れないつもりなら安心できていいかな。
そんなふうに考えて、油断していたというのもあっただろう。
あたしだけじゃなくリンちゃんもミズっちも、以前と同じ平穏な日々に戻り、あたしが毎日笑顔で楽しんでいるのを見て、安心しきっていたに違いない。
自分の用事をあと回しにしてまで、あたしのそばにいてくれたふたりだけど、それをいつまでも続けてはいられない。
今日は、ふたりともドリーミン世界には入れないという。
心配してはくれたけど、あたしはもう大丈夫だからと答えた。
ドリーミン世界に入らないで、部屋でおとなしくしておくとか、気分転換にお買いものにでも行くとか、そういう選択肢もあったわけだけど。
日課みたいになっていたあたしは、自然とドリーミン世界にオンしていた。
そういえば最近、ひとりでぼーっと公園にいることってなかったな。
あたしは引き寄せられるように、噴水の音だけが響く静かな公園へと足を踏み入れた。
そして、いつも座っていたベンチに腰を下ろす。
和風ちゃんから勧められてドリーミンオンラインを始めたあの日、この公園からすべてがスタートした。
森で迷っていたあたしを導いてくれたセルシオさんと再会したのも、この場所だった。
セルシオさんとは、この世界で出会った人の中で初めてのフレンドになった。
同じ学校の人だってわかって、実際に会ってみたら女の人でびっくりしたっけ。
いい思い出ばかりではなくて、エンゼさんともここで偶然会って、森の中にある滝に連れていってもらって。
そこから、なんだかおかしな感じになってしまった。
時間はもう戻せないけど、あのとき、あたしがついてさえいかなければ、お互いに嫌な思いをすることもなかったのかもしれない。
ぼんやりした頭で考えにふけっていると、突然その張本人が姿を現した。
「やあ、サリー。久しぶりだね」
「あ……」
フレンド登録してあるのだから、エンゼさんにはあたしの居場所がわかる。
リンちゃんやミズっちと一緒のときはいつもパーティを組んでいたけど、ひとりでいるのかパーティを組んでいるのかも、このゲームではわかるシステムになっている。
このところずっと、リンちゃんやミズっちがつきっきりで一緒にいてくれた。
だけど今、あたしはひとりきり。
それがわかったから、こうして近寄ってきたのだろう。
あたしは反射的に身を後ろに引こうとした。
とはいえ、ベンチに座っているあたしの背後には背もたれがある。後ろに動くなんてことはできない。
目の前には、エンゼさんの顔がすぐそばまで迫ってきていた。
「こんなところで暇してるっぽいけど、まだ忙しいのかな? 綺麗で素敵な場所、たくさん見つけてあるよ! オレのほうはいつでもOKだからさ。遠慮なく連絡してくれていいんだからね?」
「あ……えっと、その……はい……ごめんなさい。まだ忙しいから、これで……!」
あたしはどう反応すればいいかわからず、エンゼさんを押しのけて立ち上がると、逃げるように公園を飛び出していた。
☆☆☆☆☆
公園から止まることなく、人通りもそれなりにある町の中をひたすら走り抜けたあたしは、そのままホームへと飛び込み、殻に閉じこもるようにしっかりとドアを閉めた。
狭い部屋の中には、ポツンとアンティーク調のソファーが置かれている。
あたしはあまりホームに戻らないから、ほとんど家具類を設置していなかった。
ただひとつだけ、バザーで見かけたこのソファーを気に入って買ってあった。
薄汚れた雰囲気だけど、なんとなく落ち着けそうで、どうしても欲しくなったのだ。
それにしても、バザーでソファーを売っているなんて、ゲーム世界ならではなのかもしれない。
店やバザーで買ったものは、買った時点で自分の所有物となるのだけど、家具類なんかは自動的にホームへと転送されるシステムになっている。
そうじゃなかったら、持って帰るのも大変だもんね。
「ふぅ……」
あたしはそのソファーに腰を落ち着ける。
ゆっくりとお茶でも飲みたいところだけど、あいにくお茶セットは買っていなかった。
ふと部屋を見回すと、一ヶ所、違和感のある部分を見つける。
それは、ホームメールが届く郵便受けだった。
「あ……フタが開いたままなんだわ。閉め忘れたのかな?」
あたしは郵便受けに近づいて、すぐさまあとずさる。
郵便受けのフタは、閉め忘れたのではなく、閉まらなかったのだ。
溢れるほどに入れられた、たくさんの手紙によって――。
それらの手紙はすべて同じ差出人――そう、エンゼさんからの手紙だった。