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翌日、あたしは学校で音美ちゃんと和風ちゃんにお願いして、ドリーミン世界に入ったらすぐ、滝のところまで迎えに来てもらうことにした。
入り組んだ場所にあったみたいだったから、ふたりにわかってもらえるか心配だったけど、和風ちゃんがなんとなくわかると言ってくれて安心した。
エンゼさんに連れていってもらったこととか、フレンド登録したことなんかは、言わないほうがいいかなと考え、黙っておこうと決めた。
綺麗な景色でも見たいな~と思って、ひとりであてもなく出歩いてたら迷っちゃって、いつの間にか滝のある場所に着いちゃった、といった感じで話してみた。
「まったく、理紗は……。自分が方向音痴なこと、ちゃんと覚えとけよ……」
「ごめんなさい~……」
呆れ顔の音美ちゃんに、あたしはただ謝ることしかできない。
ここで機嫌をそこねられたら、迎えに来てもらえなくなっちゃうし。
「うふふふ、理紗って、風景とか、ほんとに好きですものね~。広い世界ですから、出歩いてみたくなる気持ちもわかりますわ。ですが、危険があるかもしれませんし、今後そういう場合には、ちゃんとわたくしや音美に言ってくださいね? 時間を合わせて、一緒に行けるよう調整しますから」
「うん……」
ああ、やっぱり和風ちゃんは優しいな。
「きっと途中で物陰に隠れて、知らない場所でひとりぼっちになって泣きわめく理紗の様子を楽しむと思いますけれど」
「あはははは! そりゃいいや!」
……え~っと……、冗談で、言ってくれてるん……だよ……ね?
そのわりには、ふたりとも心底楽しそうに思いっきり笑ってるけど……。
ともかく、あたしたちは学校から帰るとすぐ、ドリーミン世界へと入った。
ふたりが迎えに来てくれるのを滝の前で待ち、一緒に町まで戻る。
「今日は久しぶりに、クエストでもしましょうか」
ミズっちの提案に、あたしもリンちゃんも異論はなかった。
と、クエストの受付をするカウンターへ向かう途中、あたしたち三人に近づいてくる人がいた。
「あ……」
「やぁ!」
それは、エンゼさんだった。
「どうも……」
「キミたち、これからクエスト? もしよかったら、オレも一緒に行っていいかな?」
ちょうどあたしたちが受けようとしていたクエストは、四人用だった。
三人でも受けられるけど、戦力的にはやっぱり、四人いるに越したことはない。
失敗したら、報酬ももらえないわけだし。
ミズっちは明らかに嫌そうな顔をしてはいたものの、しぶしぶといった様子で、
「……まぁ、いいですわよ」
と答えていた。
☆☆☆☆☆
クエストはどうにか成功した。
だけど、状況はかなり悪かった。
魔物との戦闘中やクエストをクリアするための行動中であってもお構いなしに、エンゼさんがあたしにしつこく話しかけたりベタベタとくっついてきたりしていたからだ。
「ちょっと、なにをしているんですの!? しっかり戦ってくださいませ!」
「つーか、サリーにベタベタくっつくなよ!」
明らかに怒りを向けるミズっちとリンちゃんの声にも聞くを耳持たず。
エンゼさんとしても報酬は欲しいのか、クエスト達成に必要な最低限のことだけはしていたけど、それ以外はずっと、あたしの横にくっついている状態だった。
あたしだってこんなの嫌だったし離れてほしかったけど、クエスト中だから仲間割れしている場合でもないだろうと、必死に我慢していた。
「アハハハ! 楽しかったよ! それじゃ、またね~!」
クエストが終わると、エンゼさんは笑いながら去っていった。
「二度と来るな、アホー!」
リンちゃんは完全に敵視しているみたいだった。
それはミズっちも同じようだ。すっごく怖い表情で、去っていくエンゼさんの背中を睨みつけていた。
もちろんあたしも、できればもう近寄ってこないでほしいかな、と遠慮がちに思っていた。
☆☆☆☆☆
ドリーミンオンラインは、脳に直接刺激を与えることで、現実に近いような感覚を得ることができる。
風を感じたり、草花の匂いを感じたり、小鳥たちのさえずりを聴いたり――。
それだけではなく、オンラインゲームの醍醐味である人とのコミュニケーションも、このゲームの場合少し違っていた。
実際に相手と触れ合うことができるからだ。
前身であるファンタジアーツの失敗を踏まえ、安全面を考慮して、ドリーミンオンラインでは人との触れ合いに関して制限を加えてあるという。
でも、例えば強敵に協力して立ち向かい勝利した場合などに、手を握ったり肩を抱き合ったりして喜びを分かち合うこともある。
制限を加えてあるとはいっても、そういったことまで制限しているわけではない。
といっても、そういう感触も現実とはちょっと違う感じ方をするように調整されているらしいけど。
いつも一緒にいてお互いに信頼し合っている人とは、フレンドよりも上の親友とか恋人とか、そんな関係性にもなれる。
中には、ゲーム内で結婚していつでも一緒にいるような人もいる。
親友や恋人になっていると、抱き合ってお互いの温もりを感じることもできるし、親密度が高ければ、やっぱり感触は実際と違うらしいけど、キスくらいまでは可能になるのだとか。
さすがに、エッチしたりとか胸やお尻に触ったりとかは、できないようになっているという話だけど。
今のあたしはエンゼさんをちょっと鬱陶しく感じているのだから、親友や恋人になんて絶対になるはずがない。
だから、きっとひどいことにまではならないと思う。
それでも、手を握られたりベタベタくっつかれたりすれば、不快な気分になるのは事実。
できればどうにかしてほしいかな、そんな願いは胸の中に確かに存在している。
「ふ~……」
あたしは今、自分の家でひと息ついていた。
自分の家といっても、現実世界の家じゃなくて、ドリーミン世界の家だ。
ドリーミン世界にはホームと呼ばれる場所がある。
その名が示すとおり家のように使える場所で、家具や調度品を置いたりして好きなように飾り立てることのできる、自分だけの空間となっている。
とはいえ、ちょっと狭いから、あたしは普段、ホームにこもったりはしない。
ゲーム内のお金を使ってリフォームすれば、広くて豪華な家にしていくこともできるらしいけど、まだゲームを始めて日の浅いあたしには、そんな余裕なんてあるはずもなかった。
また、このホームには他の人を招待することもできる。
もっとも、広さの足りない初期状態のホームでは、あまり多くの人を呼ぶことはできないのだけど。
あたしは今まで、誰もホームに呼んだことはなかった。
だけど今回初めて、リンちゃんとミズっちのふたりを招待した。
それは、相談したいことがあったからだ。
「あのね、これ、見て……」
あたしはそっと、ふたりの目の前に一通の手紙を差し出す。
「手紙ですわね。差出人は……。あ……あの男ですのね」
フレンド登録していたら、ボイスメールで直接声を届かせることもできるわけだけど、忙しいときには誰の声も届かないようにできる。
着信拒否みたいなものかな?
最近のあたしは、だいたいそうしていた。
だって、フレンド登録してある人で用事があるのって、リンちゃんかミズっちしかいないし。
ふたりだったら、現実世界のメールや電話も使えるから。
もしセルシオさんから用事があったりしたら悪いとは思うけど、その場合はリンちゃんかミズっちに連絡をくれるだろう。
ただ、このゲームにはホームメールという機能もあって、ホームに手紙という形で届くメールは受け取り拒否ができない。
運営会社からの連絡もホームメールを使うからという理由でそうなっているらしいのだけど。
そのホームメールが届いていたのだ。……エンゼさんから。
あのクエストでの一件のあと、あたしは正直にふたりに白状した。
滝のところに連れていってくれたのはエンゼさんで、フレンド登録したことも話すと、リンちゃんは怒りをあらわにしたけど、ミズっちは「やっぱり、そうでしたのね」と落ち着いたものだった。
それでも、エンゼさんからの手紙を見ると、さすがのミズっちも声を荒げる。
「あのバカ男、嫌がられているのがわからないのでしょうか……!」
ちなみにエンゼさんからの手紙の内容は、こんな感じだった。
「やっほ~、エンゼだよ。サリー、ボイスメールの機能、オフになっちゃってるよ? 間違えて設定しちゃったのかな? そうそう、前に約束した、他の素敵な場所にも連れていってあげたいんだけど、いつがいいかな? あっ、あと、ホームにも遊びに行きたいな! それじゃあ、またね!」
これだけだと、ボイスメールが届かない設定になっているのを本気で心配しているとも受け取れるし、素敵な場所に連れていってもらうという約束も確かにしたわけだから、あたしが勝手に被害妄想を感じているだけと見られてもおかしくはないだろう。
どうすればいいか、あたしには判断がつかなかったから、ふたりに相談した。
といっても、リンちゃんとミズっちはあたしの親友だから当然ながら怒ってくれているけど、これじゃあ公平な判断はできないかもしれないよね……。
セルシオさんに相談したほうがよかったかな~、と考えたりもしたのだけど、それも迷惑だろうし……。
「まったく、サリーってどうしてこうなんだろうな」
「ええ、まったくですわね」
ふたりは呆れ顔でため息をこぼす。
「とにかく、これ以上ひどくならないうちに、すっぱり諦めさせるべきですわ。手紙の返事を書いて、ハッキリと拒絶しなさいな。ね?」
「……うん」
あたしはミズっちに言われたとおり、手紙の返事を書いてエンゼさんに送った。
その中身をふたりに確認してもらわなかったのは、失敗だったと言えるのかもしれない。
「ごめんなさい。ホームは散らかってるから、人を招待できる状態じゃないです。素敵な場所も、しばらくは忙しいので行けそうにありません。せっかく声をかけてくださったのに、申し訳ありません」
あたしが送った手紙は、そんな控えめな感じだった。