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戦争イベントの余韻がいまだ冷めやらぬ中、今日のあたしはひとりでドリーミン世界をふらふらしていた。
和風ちゃんはいつものごとく習い事、音美ちゃんは臨時でバスケ部の手伝いに呼ばれたからだ。
今日はあたし自身もあまり時間がないし、ふたりとは会えなさそう。
ひとりきりだと、つまらないな~。なんて思いながら、あたしはシルフィーユの町を目的もなく歩き回る。
町の至るところに「祝・準優勝!」の垂れ幕が用意され、木々や建物にもキラキラの飾りつけが施されていた。
通りを歩く人に目を移すと、例外なく誰もが笑顔をこぼている。
ただ、戦争イベントに参加したこの国の人はみんなシルバーエンブレムをもらったはずなのに、町の中では着けていない人のほうが多いみたいだった。
う~ん……カッコいいのに……。
あたしは首をかしげながらも、しっかりと胸にバッヂを着けたまま歩いていた。
でも、ひとりでいても、なにをしていいものやらって感じ。
準優勝に沸く町の様子を見ているのにも飽きたあたしは、いつもどおり公園へと足を運ぶ。
いつものようにベンチに座り、いつものようにそよ風を気持ちよく感じながら、ただぼーっと夕方の穏やかな日差しを浴びていた。
「あれ? 偶然だね、サリーちゃん! ひとりかな?」
不意に声をかけてきたのは、笑顔を浮かべたエンゼリッヒさんだった。
「あ……こんにちは」
そう挨拶を返すと、エンゼリッヒさんはなにも言わずにベンチに座った。
……あたしの座っているベンチ、しかもあたしのすぐ横に寄り添うように。
ベンチの真ん中辺りに座っていたあたしは、とっさに反対側の端に避ける。
ちょっと悪いかなとも思ったけど、いきなりピッタリくっつくように座ってきたのは向こうなんだから、これくらい許されるよね……?
エンゼリッヒさんのほうは、あまり気にしていないのか、それとも表情に出さないだけなのかはわからないけど、笑顔を崩したりはしなかった。
「町の飾りつけとか、綺麗だよね~!」
「あはっ、そうですね。垂れ幕も可愛くって、なんだかウキウキしちゃいます!」
話しかけてくれた内容に食いついたあたしは、両手を組み合わせ、自然に笑顔を返しながら、溢れ出してくる言葉を放つ。
「え……垂れ幕が可愛いって……。ぼそぼそ……(やっぱりこの子、ちょっとおかしい……)」
後半は聞こえないようにつぶやいたみたいだったけど、意外と地獄耳なあたしには、しっかりと聞こえていた。
……失礼ね、おかしいだなんて。しかも、やっぱりってなに?
そうは思ったけど、続けて向けられたエンゼリッヒさんの言葉に、怒りの念も綺麗さっぱり消えてしまうことになる。
「あっ、そうだ。少し歩くんだけどさ、森の中にすっごく素敵な場所があるのを見つけたんだ。かなりの穴場だと思うんだけどね。絶対に気に入ってもらえると思うよ。もしよかったら、これから行ってみない?」
「えっ? ほんとですか? わ~、どんなとこなんだろ~! 見てみたいです!」
現実世界でも美しい景色とかをぼーっと眺めるのが大好きなあたし。
絶対に気に入るとまで言われ、あたしは思わず歓喜の声を上げて素直に頷いていた。
☆☆☆☆☆
道中、魔物が出てきて、ふたりで協力して戦ったりなんかもしつつ、あたしとエンゼリッヒさんは目的の場所までたどり着いた。
そこは、薄暗い森の中に現れた滝。
崖のかなり上のほうから流れ落ちてくる滝の水が、しぶきとなって辺り一帯に散りばめられ、降り注ぐ日差しにきらめいて七色に輝いていた。
そう、その場所には、綺麗な虹のアーチが形作られていたのだ。
「わぁ~……」
壮大で美しい景色に、あたしは言葉を失う。
周囲に響く音は、ただ水が流れ落ちる音のみ。
風すらも遠慮して、音を立てないように気を遣っている。
そんなふうに思えてしまうほどの、圧倒的な自然の造形美。
人の手なんて加わっていないはずなのに、どうしてこんなに美しいのだろう。
だからこそあたしは、ぼーっと自然を眺めるのが好きなのだ。
……よくよく考えてみると、ゲームの中に作られた架空の自然なのだから、人の手が加わっていない自然の造形とは言えないわけだけど。
このときのあたしには、そこまで考えられるほどの心の余裕なんて、まったくなかった。
完全に目の前の景色に惹き込まれ、もう、それ以外のなにも目に入っていないくらい。
ううん、実際に他のことなんて、目に入っていなかった。
「ね? いい景色でしょ? サリーちゃん」
優しい声でそうささやくエンゼリッヒさんに、あたしは頷き返す。
「はい。連れてきてくれて、ありがとうございます、エンゼリッヒさん」
「敬語を使う必要なんてないよ。さんづけも、しなくていいし。エンゼでいいよ。ね? サリー」
「あ……うん、わかりまし……じゃなくて、わかったわ、エンゼ」
そうやって話しかけられるあいだも、あたしの瞳は、水と虹の織り成す自然のショーに釘づけになっていた。
だから、いつの間にやらエンゼリッヒさんがあたしのすぐそばにまですり寄ってきていたことにも、まったく気づいていなかった。
す……っと、肩に手が乗せられる。
ふと気づくと、背中から腕が回され、肩に乗せられた手のひらには少し強めに力がかけられ、あたしの体はエンゼリッヒさんのほうへと引き寄せていた。
「あ……」
「いい雰囲気だよね、ここ。……ねえ、このあと、時間大丈夫?」
「えっと……今日はちょっと、夕飯の準備をしないといけないから、時間ないんです」
無意識に敬語に戻して答える。
そうそう、忘れるところだった。
お母さんの仕事が遅くなりそうだからって、頼まれてたんだっけ。
材料はいろいろと買ってあるらしいから、適当に見繕って、なにか作らないと。
……手抜き料理になっちゃうとは思うけど。
などと考え込んでいると、不意にこんなことを言われた。
「夕飯の準備? ほんとに?」
「え……?」
どうして疑われてるの?
あたしには、わけがわからなかった。
「本当ですよ?」
きょとんとした目で見つめ返しながら、あたしは素直に言葉を返す。
「ふ~ん……、そっか。残念だな。……あっ、そうだ。他にも素敵な場所をたくさん知ってるから、また連絡するよ。フレンド登録させてもらっていいかな?」
「えっと、……はい」
あたしは、せっかくこんな綺麗な景色の見られる場所に連れてきてもらったのに、もう帰らないといけないことへの後ろめたさもあり、ちょっと戸惑いながらもエンゼリッヒさんの申し出に応じた。
そして、素早くフレンド登録だけを済ませ、あたしはドリーミン世界をあとにする。
次にドリーミン世界に戻ったら滝の前にひとりきりの状態になってしまう、ということに気づいたのは、夕食を作り終えて弟と一緒にお母さんの帰りを待っているときだった。