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「あら、負けてしまいましたわね~」
ミズっちが全然悔しくなさそうな声をこぼす。
彼女に関しては、いつもどおりといった感じだけど。
周りを見回しても、悔しさをにじみ出させているような人なんて、誰ひとりとしていなかった。
みんな、笑顔。
勝っても負けても、全力を尽くして戦ったという満足感に満たされ、心の奥から笑顔が溢れ出してきているようだった。
「アハハハ! 惜しかったな~! なんかさ、突撃隊がサラマンドの城に攻撃を仕掛ける直前だったんだって! 向こうは本気で全力攻撃してきてて、城の周りはほとんど人がいなかったみたいなのに!」
パーティのリーダーだったエンゼリッヒさんには全体連絡の言葉が届いていたらしく、そうやって残念がってはいたけど、他の人たちと同じく笑顔いっぱいだった。
赤いバッヂをつけた司令官の人たちは、相手国の司令官の人たちと笑いながら握手をして、お互いの健闘をたたえ合っている。
とっても清々しい光景。
もうそろそろ夕陽も沈み、宵闇が迫ってくる時間だというのに、あたしたちの周囲だけは明るく輝いているかのように思えた。
「……ふふふ、みんな楽しめたみたいで、わたしも嬉しいわ」
クズキリさんはなんだか落ち着いた雰囲気で、いつもの控えめな声色のまま、そう言っていた。
中身の人のことを詮索するのは、あまりよくないのかもしれないけど、きっとあたしたちより年上の人なのだろう。
さて、優勝はできなかったけど、準優勝の国にも特典が与えられることになっている。
それはなんだったかというと。
シルバーエンブレムという、大きめのバッヂだった。
このバッヂを身に着けているあいだ、獲得できる経験値がほんのわずかだけど増える効果があるらしい。
ほんの少しだけとはいえ、次回の戦争イベントまで有効だから、累積していけばかなりの差になる。
だからこそ、戦争イベントでは本気の戦いが繰り広げられるのだという。
時は金なり。少しでも効率よくレベル上げしたいというのは、誰しもが望むことなのだろう。
ちなみに優勝した国に贈られる特典のほうは、ゴールドエンブレムというバッヂだった。
シルバーエンブレムと同様に獲得経験値が増える効果があり、さらに一日一回だけと限定されてはいるけど、ドリーミン世界にある町やフィールドの拠点などに一瞬でワープできるという機能がついているようだ。
やっぱりそれも、時は金なりという考え方に基づいているに違いない。
それに、バッヂっていうのもちょっと素敵だよね。
デザイン的にも、胸に着けておくと、なんだかカッコいいし。
あたしはそんなふうに考えていたのだけど……。
「特典の効果はいいけどさ、このバッヂ、正直ダサくないか?」
「うふふふ、そうですわね~。でも胸に着けていなくては効果が出ないわけですし、仕方がないですわよね。……なんだか、罰ゲームみたいですわ」
「……毎回毎回そう言われているようですけど、変えるつもりはないみたいです。すでにその不評さが伝統になっているって感じなのかもしれません……」
どうやらみんなには、かなり不評なようだった。
あたしなんて、カッコいいバッヂだなって思って、真っ先に胸に着けていたというのに……。
と、あたしがちょっと恥ずかしくなって縮こまっていると、ミズっちが目ざとくその様子に気づいてしまう。
「あら? サリーってば、もうバッヂを着けてますわ! ……あっ、わかりました! サリーはこのバッヂ、すごく気に入ったのでしょう? そうですわよね? うふふ、やっぱりサリーですわね~。他の人とは感覚がずれてますわ!」
ミズっちから冷やかされ、あたしは他のみんなからも一斉に笑われることになった。
真っ赤になって照れ笑いを返すあたしの胸には、カマキリをかたどった絵柄の彫られた銀色のバッヂが、真っ赤な夕陽に照らされて輝いていた。
ううう……。でもでも、このバッヂって結構、カッコいいと思うんだけどなぁ……。
……どうしてカマキリなんだろう、っていう疑問は残るけど……。
☆☆☆☆☆
周囲の喧騒もある程度静まったあと、あたしたちはパーティになっていた五人でまとまり、ゆっくりと腰を落ち着けていた。
「いや~、三日間お疲れ様! あっ、準備の日も合わせると四日かな? 優勝は逃したけど、準優勝という結果には大満足だよね!」
一応パーティのリーダーを買って出ただけあって、こういう場ではまずエンゼリッヒさんが仕切ることが多い。
「うふふふ、そうですわね。みなさん、お疲れ様でした」
「ほんと、いい戦いだったと思うゼ! 戦争なんて言ってるけど、実際にはお祭イベントって感じなんだな~!」
「……ふふふ、そうですね。こういうのは、みんなで一緒に楽しむことが重要ですから」
他のみんなも、笑顔が絶えない。
エンゼリッヒさんが言ったように、大満足なのは一目瞭然だった。
あたしとリンちゃんとミズっちの三人は普段から一緒にいるメンバーだったけど、残りのふたりは、いわばこのイベントのための即席パーティとして集まっただけ。
この数日のあいだ、なんだかんだでずっと一緒にいたけど、イベントが終わったらもう会うこともないのかな……。
なんて考えたら、ちょっと悲しくなってきた。
「サリー、そんなことありませんわ。もう知り合いですし、一緒に戦った仲間でもあるのですわよ? もし町で見かけたら、気軽に声をかけたりすればいいのですわ」
そっと、ミズっちが耳打ちしてくれる。
どうして彼女は、あたしが考えていることを、いつもいつもわかってくれるのだろう。
「……うん」
そんなミズっちの言葉に、あたしも素直に頷き返した。
しばらくのあいだ、あたしたち五人は、あのときはこうすればよかったね、とか、あのときは絶妙な判断だったね、とか、あのときのサリーの泣き顔は絶品でしたわね、とか、いろいろと雑談を続けていた。
……って、ミズっち、あたしの泣き顔をネタにしないで……。
ともかく、楽しく話していると、時間なんてあっという間に過ぎてしまうもの。
すっかり夜も更け、眠気も増え、あくびも出るようになってきた。
「アハハハ! サリーちゃん、さっきからあくびばっかり! でも、もうそんな時間なんだね! そろそろお開きにしようか!」
最後もやっぱりエンゼリッヒさんが仕切って、お喋り会は終わりを告げる。
それじゃあ、お疲れ様。お休みなさい。
といった挨拶を交わし、ドリーミン世界から抜けようとしていたあたしに、不意に声がかかった。
「サリーちゃん」
「あっ、はい?」
あたしはドリーミン世界から抜けるとき、なんとなく物陰とかに入り、人に見られないところで消えるようにしている。
エンゼリッヒさんはここ数日でそのことに気づいていたのだろう、みんなから少し離れた場所まで歩いてきたあたしを、わざわざ追いかけてきたようだ。
「ありがとう、イベントのあいだ、ほんとに楽しかったよ。これからも、よろしくね!」
爽やかな笑顔を向け、右手を差し出してくるエンゼリッヒさん。
「こちらこそ、ありがとうございました」
あたしは眠気によってぼやけた頭ではあったけど、なんとか返事をすると、すっと右手を出して握手を交わす。
ぎゅっ……と握り返してくるエンゼリッヒさんの手のひらの温もりに包まれたまま、あたしはドリーミン世界から現実世界へと戻り、そのまま眠りに就いた。
疲れたけど楽しかった数日間の思い出で胸をいっぱいにしながら――。