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お昼休み。
あたしたちはいつものごとく、机をくっつけ合わせ、お弁当を広げていた。
教室内にはそこかしこで、主に女子数人のグループが机をくっつけ、お弁当を広げている光景が見受けられる。
どうやら男子は、学食に行って食べる人や、購買でパンとかを買って適当な場所で食べる人が多いようだ。
お昼休みになった途端に校庭や体育館へと飛び出していって、サッカーやらバスケやらを始める人までいるみたいだし。
……お昼ご飯も食べずにスポーツするなんて、元気だよね~。
そんなこんなで、お昼休みの教室っていうのは女子率が異様に高かった。
女子率が高いことがわかっているからこそ、男子は教室にいづらくて出ていってしまう、というのもあるかもしれないけど。
「えいっ! タマゴいただきっ!」
あたしがそんなふうにぼけーっと考えながら、のそのそとお弁当を食べていると、横からお箸が突っ込んできた。
音美ちゃんがあたしの大好物である厚焼き玉子を――最後のお楽しみにと思って残しておいた一番大きな厚焼き玉子を、お箸で突き刺して強奪していったのだ!
嗚呼、哀れあたしの厚焼き玉子ちゃんは、止めるいとまもなく、音美ちゃんの大きな口の中へと放り込まれてしまった。
「うわうわうわあああああん! 音美ちゃん、なにするのよぉ~! あたしの大事なタマちゃんを~!」
突然教室中に響き渡った大声。
にもかかわらず、誰も気にしている様子はなかった。
きっと、いつものことだからだろう。
「あはははは、タマちゃんってなんだよ! だいたい、ぼけーっとしてる理紗が悪いのさ!」
「ふえええ~~~ん! 最後のお楽しみだったのにぃ~~~!」
お母さんが作ってくれた、甘くて美味しい厚焼き玉子。
あたしはそれが本当に本当に大好きなのだ。
それなのに、それなのにぃ~!
「音美ちゃんのおバカぁ~!」
「あはははは! あたいがおバカだったら、理紗は大バカだろ!」
「ひどいっ! 音美ちゃんがあたしのこと、バカって言ったぁ~!」
「先にバカって言ったのは、どこのどいつだ! ま、代わりにこのカレー風味のウインナーやるから、機嫌を直せ!」
「わっ! カレー風味! 美味しいよねっ!」
ぱくっ。
あたしは音美ちゃんがお箸でつかんで目の前にちらつかせていたウインナーにかぶりつく。
「ん~~、美味しい~!」
「うふふふ、よかったですわね~、理紗。……でもそのウインナー、さっき音美が床に落っことしてましたわよ?」
「んぐっ!? んんん~~~~~~~っ!」
和風ちゃんが放ったその言葉に、あたしは口の中のウインナーを吐き出そうとして、でも汚いしお行儀も悪いしで、どうしていいやらパニック状態になって、おろおろあたふたするばかり。
だけど和風ちゃんったら、
「なんて、ウ・ソ♪ ですわ!」
心底楽しそうな顔して言い放ってくれちゃって。
「ほう、ふはひほほ、ひっふぉ~い(もう、ふたりとも、ひっどぉ~い)!」
ウインナーが口の中に残ったままなのに不満を叫んだあたしの気持ちも、わかってもらえるだろう。
「ごほごほっ!」
「うあっ、汚ったないな~! 飛ばすなよ!」
……ただ、口の中に食べものが入っているときに叫んだりするのは、周りに迷惑がかかるだけなのでやめましょう……。
ティッシュを取り出して、吹き飛ばしたウィンナーの残骸を拾っていると、ふと温かな視線が向けられていることに気づく。
その視線の主は、和風ちゃんだった。
「うふふふ。ほんと理紗って、ずーっと見ていても飽きないですわよね~。さすが、観賞用マスコットですわ!」
「えへへっ!」
和風ちゃんからマスコットと言われ、あたしはなんだか嬉しくなって笑顔になる。
だって、可愛いってことだもんね。
「……なに喜んでんだか。見世物扱いだって言われてるようなもんなのに」
「え……ええええ~~? そうなのぉ~?」
「うふふふ、ノーコメントですわ」
「ぶぅ~! ふたりとも、意地悪だよぉ~!」
なんというか、あたしの立ち居地というのは、いつもこんな感じ。
ふたりにからかわれてばっかりで、あたしとしては納得がいかない部分もあるのだけど。
だからといって反撃できるわけもなく。
というか、反撃したら三倍返しの仕打ちが待っているわけで。
……あたし、親友の選択、間違ってないかな……?
本気でそう考えることもしばしば。
「ところでふたりとも、『ドリーミンオンライン』って、ご存知?」
「ふえ?」
不意に。
和風ちゃんからそんな質問が飛んできた。
「どりぃみんおんらいん?」
あたしは聞き覚えのない言葉に首をかしげる。
「あっ、べつに理紗はあてにしておりませんわ。音美、どうかしら?」
なんだか失礼なことを言われた気がするけど、そんな思考を音美ちゃんの声がストップさせる。
「ん。まぁ、一応知ってるゼ。もっとも、やったことはないけど。今、すごく流行ってるみたいだよな」
「ええ。そうなんですのよ」
そう言いながら、和風ちゃんが大きめのバッグからごそごそと取り出したもの、それは――。
「なんだその仰々しいヘルメットみたいなのは? うわっ、マイクまでついてるじゃんか! 戦闘機でも操縦するつもりか!?」
音美ちゃんがなにやらおかしな感想を述べたそれは、彼女が言うとおり、ヘルメットのような物体で……。
形状こそ仰々しいものの、色合いとしてはとてもポップな雰囲気。
ファンタジーっぽいタッチでウサギやら鳥やらの絵が描かれていて、それなりに可愛らしくはある。
とはいえ、マイクらしきものが横からにょきっと飛び出していて、他にもツノみたいな突起物が飛び出している上、なんだか小さくよくわからない文字まで書かれていて……。
見るからに「変!」な物体、それがあたしの率直な印象だった。
「うふふふ、これは専用ヘッドセットですわ。これをパソコンにつないで、ドリーミンオンラインのゲームをインストールすれば、あとはネットに接続するだけ。それだけで、脳に刺激を与えることによって究極的なリアリティを与えてくれる、至高のオンラインゲームが体験できますのよ!」
加えて、瞳をキラキラさせながらそのヘッドセットとドリーミンオンラインとやらについて熱弁を振るう和風ちゃんの姿も、あたしから見れば明らかに「変!」なのだった。




