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大きなお城のような建物の前に、今、たくさんの人たちが集まっていた。
ここは戦争イベントの専用マップ。
このお城が拠点となり、相手国との戦いが繰り広げられる。
お城には耐久度が設けられていて、一定以上のダメージを受けると自動的に崩れ去るらしい。
自分の国のお城が崩されたら、その時点で負けだ。
戦争には時間制限もあって、そのあいだに倒された人の数もカウントされていく。
時間内にどちらのお城も崩されなかった場合、そのカウントの少ない国の勝ちとなる。
ひとつの戦争が六時間もかかる、大がかりなイベント。
トーナメント式だから三回勝てば優勝だけど、一日一戦ずつ、三日間かけて行われることになっている。
あたしはミズっちからいろいろと教えてもらってはいたけど、実際にこの目で見てみると、イベントの盛り上がりようにただただ驚くばかりだった。
そうやって口をあんぐりと開けて呆然としているうちに、戦闘開始のドラの音が澄み渡った青空のもと、大きく響き渡った。
☆☆☆☆☆
戦争イベントは、正午から午後六時まで続くことになる。長丁場だ。
ドリーミンオンラインは現在、日本のみで運営されているから、戦争の時間も日本の現在時刻に合わせられているそうだ。
「ほら、サリー! ぼーっとしている暇はありませんわよ!」
ミズっちから叱責を受け、あたしは我に返る。
そうだった。戦争イベントが始まったらすぐ、あたしたちは指示された補給地点に移動しなきゃいけないんだった。
「サリー、こっちだぞ!」
人ごみにもまれる形で、間違って逆方向に走り出したあたしの手をつかみ、リンちゃんが引っ張る。
「う……うん、ありがと」
しばらく走ると、周りにいるのは、あたしたちを含めたいくつかのパーティだけになっていた。
高レベルの防御部隊が一パーティ、中レベルのサポート部隊が一パーティ、そして低レベルの補給部隊が三パーティ。
総勢二十五名。それだけでも、結構な人数だとは思うけど。
あたしたちに分担された補給地点はこれでも、少人数構成の臨時用らしい。
高レベルの人たちが走りながらも指示を開始する。
補給部隊三パーティは、それぞれのパーティごとに固まり、お互いが見える範囲で三ヶ所に分かれる。
そのそばを、防御部隊とサポート部隊が歩き回り、敵の襲撃や補給を求める味方の到着に備えるようだ。
戦争イベントの専用マップは、かなりの広さがある。
また、周囲は険しい崖に囲まれているため、戦争時間中はマップの外へと出ることができない。
もちろん、ゲームをやめてドリーミン世界から出ることはできるけど、再スタートした場合、もし戦争イベントの専用マップに戻りたいなら、ペナルティーとして一回倒されたのと同じようにカウントされてしまう。
それは、相手を油断させておいて不意打ち攻撃をかける、といった作戦が成り立たないようにするためという理由もあるのだとか。
どちらにしても、自分の国の拠点から再スタートとなるのだから、あまり有効性の高くない作戦のように思える。
それぞれの国の拠点となるお城は、マップの両端に配置されているわけだし。
なお、マップの端から端までは、休まずに走って移動しても十分くらいはかかる。
実際の戦争だったら、そのくらいの距離、大したことはないと思うけど。
ゲームの中の世界として考えると、相当な距離だと言えるだろう。
お城が包囲されてピンチだという情報を得たとしても、反対側のお城に攻め込んでいた人が防御のために駆けつけるには、十分ほどの時間がかかってしまうことになる。
お城の耐久度をゼロにするには、その程度の時間でも充分なのだ。
あたしたちの補給部隊は、そんな広いマップの一ヶ所に留まっていた。
辺りは静寂に包まれている。
と、突然その静寂が破られた。
「敵襲だっ!」
「味方も来てるぞ! 補給準備っ!」
一気に慌ただしくなる補給地点。
あたしはおろおろしながらも、アイテムを求める味方の人に、言われたとおりのアイテムを手渡していく。
ただ、すべてのアイテムを自分ひとりで持っているわけじゃない。
他の人が持っているアイテムも把握して、近くにいるならその人に出してもらうし、違うパーティの誰かが持っているなら、その場所まで誘導する。
補給部隊には、そういった役割も与えられていた。
でもあたしは軽いパニック状態に陥ってしまい、それどころではなかった。
自分が持っていないアイテムを求められたら、どうしていいかわからなくなってしまう。
「あっ、それは向こうのパーティの人が持っておりますわ!」
とか、ミズっちたちがフォローを入れてくれなかったら、どうなっていたことか……。
だけどヒーラーのあたしの場合、別の役目もあるわけで。
「おい、そこのヒーラー! ちゃんと回復魔法も使え!」
「ひっ……! は、はいっ!」
すごい剣幕で怒鳴られ、あたしは泣きそうだった。
そりゃあその人だって、勝とうと思って必死だから責めるような強い言い方になっただけで、普段はそんな感じの人じゃないとは思うけど……。
あたしは自分のトロさが心底嫌になっていた。
みんな、ちゃんと自分の役目を果たしているのに、あたしは足を引っ張るだけ……。
勝手に涙が溢れ、頬を伝う。
そんなあたしの肩を、ミズっちがそっと抱きしめてくれた。
「サリー、泣いていても仕方がありませんわ。出来る範囲で頑張ればいいのです。イベントなのですから、楽しまなきゃ損ですわよ? ね?」
「……うん……」
優しく涙を拭ってくれるミズっちには、どれだけ感謝の言葉を送っても足りないかもしれない。