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「え……ええ~~~っ!?」
「ふふふ、驚いてるみたいね?」
あたしの目の前に立っていたのは、女子生徒だった。
リボンの色で学年もわかる。二年生の先輩だ。
「改めて自己紹介するわね。わたしはセルシオこと、売蔵紫苑。見てのとおり、二年生よ」
「あっ、あの、あたしはサリーで、一年四組の、淡志摩理紗です」
紫苑さんの自己紹介に、あたしも反射的に名前とクラスを告げていた。
「ふふふ、理紗さんね。あなた、わたしのこと、男性だと思い込んでたでしょ?」
「えっと、は……はい……」
なんだか恥ずかしくて、あたしはどもりながら答える。
「わたしのほうは、あなたが女の子だって確信してたわ。だからお友達になれたらって思ったの」
「そ……それならそうと、最初から言ってくれれば……」
あたしの抗議の声に、紫苑さんはいたずらっぽい笑みを浮かべ、
「あら、男性だと思い込まれてるなんて面白い状況、せっかくだし楽しまない手はないでしょう?」
なんて言い放つ。
「この場所に呼んだのだって、面白そうだったからよ? だいたい仲直りの計画を練るためなら、こんな屋外じゃなくて、どこか空いてる教室とかでいいじゃない?」
コロコロと上品な笑い声を響かせながら、悪びれる様子もなくそう言ってのける紫苑さん。
これってつまり……あたしは、からかわれてたってこと?
そのことに気づき、いくら相手が先輩だとはいっても、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。
「ふふふ、ごめんなさい。でも、お友達との仲直りをお手伝いするっていうのは本当よ?」
恨みがましい視線を向けられていることに気づいたのだろう、紫苑さんはそっとあたしの両手を握り、じいっと目を見つめて真面目な顔でそう言った。
すぐ目の前に、紫苑さんの顔が近づく。
女の子同士ではあるけど、あまりの近さに、それと漂ってくる甘い香りに、あたしは思わず真っ赤になってしまう。
「ちょっとあんた! あたいの理紗に、なにしてるのさ!?」
中庭の奥にある、普段は人が通ることも少ない静かな「はとぽっぽ像」の前に、あたしと紫苑さん以外の声が突然こだましたのは、まさにそんなときだった。
☆☆☆☆☆
「えっ? 音美ちゃん? 和風ちゃんまで!」
振り向いたあたしの目に映ったのは、なんだか怖い顔で紫苑さんを睨みつけている音美ちゃんと、その横に少々呆れた感じの笑顔でたたずむ和風ちゃんの、ふたりの姿だった。
「どうしてふたりが、ここにいるの!?」
わけがわからないあたしに、ふたりは答えてくれる。
「理紗が朝からずっと変だったから、隠れて追いかけてきたんだよ!」
「うふふふ。理紗、わたくしたちに隠し事なんて、できるはずないですわよ? 長いつき合いなのですから」
「っていうか、理紗はわかりやすすぎだけどな」
う……。
「バレないようにずっと、目を逸らしてたのに……」
「いや、それが余計に怪しかったんだってば」
あう、そうなんだ……。
「と、そんなことより、お前! 先輩みたいだけど、容赦するつもりはないからな! 理紗から離れろ!」
「あら、どうして?」
若干沈み気味だったあたしを置いてけぼりにしつつ、音美ちゃんは紫苑さんを指差しながら怒鳴りつける。
対する紫苑さんのほうは、至ってクール。まったく慌てる様子もない。
「きっとドリーミンでしつこくつきまとってる男だろうと思ってはいたけど、そっちの趣味の女だったとはな! ちょっと驚きだけど! どっちにしても、理紗をたぶらかすなんて、絶対に許さない!」
「ほえっ?」
「あら~、そっちの趣味? ふふふ、それを言うなら、あなたのほうこそ、って気がするけど。さっきのセリフ、聞いたわよ? 『あたいの理紗』なんて言っちゃって」
「ふえぇっ?」
「な……っ!? あれはべつに、そういうんじゃねぇ! だから、その……あたいの大切な親友である理紗、ってことだ!」
「ふえぇぇ?」
「ふふふ、素直ね、あなた。音美ちゃんって呼ばれてたほうかしら。理紗さんのこと、そんなに大切? これからも、ずっと?」
「ふ、ふえぇぇ……」
「あ……当たり前だろ! 今までも、これからも、ずっと親友だ!」
あたしをあいだに挟んで、片や怒鳴り声の音美ちゃん、片や悟りきったような優しい口調の紫苑さん、ふたりの言葉の応酬が繰り広げられた。
そして最後に紫苑さんは、あたしのほうに笑顔を向ける。
「だそうよ? よかったわね。さ、あなたからも言うことがあるでしょう?」
「あ……」
そっか、紫苑さんはあたしのために、憎まれ役を買って出てくれたんだ。
ふと見ると、和風ちゃんも紫苑さんと同じように、優しげな瞳であたしのほうを見つめている。和風ちゃんも、なんとなくはわかっていたのだろう。
「えっと……音美ちゃん、ごめんなさい……。あたしも音美ちゃんと、これからもずっと親友でいたいよ!」
次の瞬間、あたしは音美ちゃんに向かって、正直な思いをぶつけていた。
☆☆☆☆☆
「いや~その……、先輩に対して生意気言って、すみませんでした!」
「ふふふ、いいのよ。元気があっていいと思うわ」
あのあと、音美ちゃんは紫苑さんに失礼なことを言ったと素直に謝り、紫苑さんも気にしていなかったので丸く収まった。
というか、音美ちゃんを怒らせるのも含めて、すべて紫苑さんの作戦だったようだ。
もともとは放課後に呼び出して、あたしと音美ちゃんが仲直りできるように協力するつもりだったけど、いきなりふたりが現れたから、とっさに機転を利かせて作戦を切り替えたのだという。
さすがだな~と思うと同時に、だったらそう耳打ちしてくれるとかくらいあってもよかったのに、と頬を膨らますあたし。
その文句は実際に口にしてみたのだけど、
「あら、だって、教えないほうが面白いじゃない!」
紫苑さんはキッパリと、そう言い放った。
「うふふふ、紫苑さんもなかなか人が悪いですわね。ですが、こんなに早く理紗いじりの楽しさをわかってくださるなんて、光栄ですわ」
さらには和風ちゃんまでもが、そんなことを言って笑う。
……って、あたしいじり? なによそれ~? いったいなにが光栄なの~?
「そ……そうだよ! あたいにとっても、理紗は大切なおもちゃなんだよ!」
「音美ちゃん、さっきとなんか違ってる……」
あたしの抗議は当然ながら無視される。
「ふふふ、それじゃあ、今まではふたりにとっての、だったけど、これからはわたしも含めて三人のおもちゃ、ってことで、いいかしら?」
『異議なし!』
続けられた紫苑さんからの提案に、音美ちゃんと和風ちゃんが声を合わせて楽しそうに答えた。
「い……異議ありぃ~~!」
あたしがしっかりと挙手して異議を申し立てるも、所詮は無駄な抵抗なのだった。
……ううう、なんかあたしの立場って、どんどん悪くなっていくような……。