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次の日、あたしは家を少し早めに出て、音美ちゃんや和風ちゃんと顔を合わせないように登校した。
学校に着いてからもふたりと口を利かないまま授業を受け、放課後になったら逃げるように帰宅し、ひとり寂しくドリーミン世界に入っていた。
ふたりとも、あたしが意外と頑固なのを知っているから、そっとしておいてくれているのだろう。
それは自分でもわかっている。
なんたって、長年のつき合いだからね。
それでも、いつも一緒にいる彼女たちがそばにいてくれないとなると、やっぱり寂しいのは確かなわけで。
吹き抜ける風さえも、いつもより涼やかに感じてしまう。
とはいえ、リンちゃんに対する怒りの念はいまだに消えていないし、まだしばらくは距離を置いておくつもりだ。
これまでもそうやって、三人が少し離れることによってお互いの大切さに気づき、やがては仲直りして、また楽しく笑い合えるようになっていた。
今回も絶対に大丈夫だとは言いきれない。
親友だもん、信じてはいるけど、不安がないと言ったらウソになる。
夜も更けてきたというのに、ふたりともオンしてこない。
もしかしたら、もうあたしなんかとは遊ばないってこと?
そんなことはない。それはわかっている。
音美ちゃんは確か、家族でお食事に出かけるって言っていたと思うし、和風ちゃんのほうは習い事の日だったはずだ。
だけど、もしそうじゃなかったら、今後どうしたらいいのか……。
あたしは沈んだ表情でいつもの公園のベンチに座り、あれこれと悩み続けていた。
そんなあたしに不意にかけられる優しい声――。
「サリーちゃん、ひとり?」
セルシオさんだった。
寂しさでいっぱいだったあたしは、黙って頷くと、そっとベンチの片側を空ける。
それを見て、セルシオさんも黙ったまま、あたしの横に静かに座ってくれた。
☆☆☆☆☆
「……というわけで、リンちゃんとミズっちのふたりと、学校でも口を利いてないんです」
あたしは素直に悩みを打ち明けた。
もちろん、セルシオさんとあまり親しくしないほうがいい、と言われたことなんかは話していない。
自分が意地っぱりだから、ちょっとしたことでケンカになってしまい、それで今日一日、口を利いてなくて、仲直りできるかどうか悩んでいる。
そういった感じで、相談してみたのだ。
「なるほどね。……でも、サリーちゃんは仲直りしたいんだよね?」
セルシオさんは穏やかな口調で、そう言ってくれた。
あたしは黙って頷く。
「だったら大丈夫。きっと、お友達も同じように思ってるよ。サリーちゃんは、自分が意地っぱりだからって言ったよね? 自分が悪かったって、そう思ってるんだよね? それなら、どうするべきか……もうわかるよね?」
幼い子を優しく諭すように、セルシオさんはあたしに温かな笑顔を向ける。
そっか……そうだよね。
答えはもう、出ているも同然だよね。
あたしは率直な気持ちを、セルシオさんに伝える。
「……はい。あたし、明日学校でリンちゃんに謝ります! 『はとぽっぽ像』の前で……!」
「え……?」
あたしの言葉に、セルシオさんの笑顔が一瞬真顔に戻る。
……あ……。
あたしはまた、やってしまったのだ。
はとぽっぽ像っていうのは、あたしたちの通う私立和宮高等学校にある平和の象徴、羽根を広げた三羽のハトをかたどった青銅の像だ。
三羽がそれぞれの羽を重ね合わせるようにしていることから、友情の象徴でもあるとされている。
そのため、仲たがいしてしまった生徒がこの場所に相手を呼び出して謝り、仲直りする、というのがあたしたちの学校での習慣というか常識みたいになっていた。
といっても、それは言うまでもなく、あたしたちの学校内だけでのことで……。
「へぇ~、驚いた。同じ学校だったんだね」
セルシオさんは、ポツリとつぶやいた。
「そ……そうなんですか!?」
反射的に叫んでしまったあたし。
笑顔に戻って頷くセルシオさん。
そしてセルシオさんは、こんなことを言い出した。
「もしよかったら……明日、会ってみない?」
オンラインでの知り合いと実際に会うことに、ためらいというか、ちょっとした怖さはあった。
でも、セルシオさんならきっと大丈夫。
あたしは、音美ちゃんへの怒りの念が残っていたこともあってか、意外なほど素直に頷いていた。
☆☆☆☆☆
翌日も、あたしはひとりで登校した。
お昼休みの待ち合わせまで、あたしはもう、ドキドキして授業の内容なんて全然頭に入らなかった。
相変わらず音美ちゃんも和風ちゃんも、声をかけてきてはくれなかったけど、それも今はよかったかもしれない。
だって、話しかけられたら隠し通す自信なんて、あたしにはないもん。
あたしがドキドキしているのには、ちょっとだけ別の理由もあった。
待ち合わせ場所に、「はとぽっぽ像」の前を指定されたからだ。
そこで計画を練ってから、放課後にお友達を呼び出して謝ろう。わたしも及ばずながら協力するよ。
セルシオさんはそう言ってくれた。
だから、あたしと音美ちゃんの仲直りのために、その場所を選んでくれただけだとは思うのだけど。
実はその場所って、平和や友情の象徴としてだけじゃなくって、愛情の象徴、という意味合いが込められることもあって。
つまり、好きな異性を呼び出して気持ちを伝える告白スポットとしても使われる場所なのだ。
告白の場合には夕陽に染め上げられる時間帯と決まっているみたいだから、セルシオさんにそういう気はないと思うけど。
よもや自分が男性から「はとぽっぽ像」の前に呼び出されるなんて思ってもいなかったため、自然と鼓動は速まってしまう。
お昼休みになるやいなや、あたしは「今日はお弁当作ってもらえなかったから学食に行くね」と音美ちゃんと和風ちゃんに一方的に言い残し、教室を飛び出した。
あたしは高鳴る胸を抑えつつも、下駄箱で靴に履き替え、中庭を抜けた先にある「はとぽっぽ像」の前までたどり着く。
チャイムが鳴ってすぐに来たからだろう、セルシオさん……というか、セルシオさんの中の人、っていうのかな? その人は、まだいなかった。
どんな人が来るんだろう……。
ドキドキドキドキ。
心を落ち着かせるため、うつむいて目を閉じていたあたしに、声がかけられた。
「お待たせ、サリーちゃん」