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いつも一緒の三人組。
音美ちゃんと和風ちゃんとあたし。
ドリーミンオンラインに誘ってもらって、ゲームの中でもいつも一緒。
放課後、学校帰りに別れる間際、「またあとでね」と言葉を交わし、家に着いたらドリーミン世界にオンする日々。
オンするっていうのがゲームの世界に入ってくることだと、あたしはつい最近知った。
ただ、音美ちゃんや和風ちゃんと申し合わせてオンしたとしても、本当にいつでも一緒にいられるってわけでもなく。
三人ともオンしていても、たとえば休日であたしが寝坊しちゃった場合なんかには、音美ちゃんも和風ちゃんもすでに違うところに行ってしまっているのが普通だ。
実際には、仲のいい人はフレンドとして登録しておけるシステムがあるから、連絡さえ入れれば一緒に遊べるとは思うけど……。
なにかしている最中だと気づかない場合もあるけど、フレンド登録してある人は、ドリーミン世界にオンしていることがお互いにわかるようになっている。
さらにフレンド同士だと、どこにいても連絡を取ることができるボイスメール機能が使えるようになる。
考えたことを声として直接相手に送れるから、メールというよりはテレパシーみたいな感じかもしれない。
ともあれ、せっかくなにかやっているのだからと、あたしはそういう場合、遠慮して声をかけられないことが多かった。
前に音美ちゃんから怒られたけど、それでも邪魔をするのは悪いかなっていう気持ちのほうが強くて……。
それに、いくら同じクラスで部活にも入っていない身ではあっても、いつでも三人で遊べるというわけじゃない。
買い物に出かけたり、他の友達と遊びに行ったり、和風ちゃんの場合は習い事があったり。
そりゃあ、それぞれ都合だってあるよね。
そうやってふたりがいないときでも、あたしは極力ドリーミン世界に入るようにしていた。
あたしってばかなりトロくて物覚えも悪いから、せめてふたりの足を引っ張らないように、いろいろと練習しておきたいと考えたのだ。
そんなわけで、あたしは今日もひとり、ふらふらと森の中を歩いていた。
ここは魔物が出ない安全な地域。
森を抜けた先に初心者向けの訓練所があって、普通のドリーよりもさらに弱い設定の訓練用ドリーと戦ったり、魔力の消耗を気にせず思いきり魔法の練習をしたり、といったトレーニングができるようになっている。
個人向けのクエストをやるとかでも練習にはなるし、そっちのほうが経験値やらアイテム集めやらの意味でも効率がいいのは確かだけど。
あたしみたいに直接魔物と向き合って戦うことすら怖くてできないようなへっぽこヒーラーでは、ひとりでクエストなんてできるはずもない。
戦闘のないクエストもあるらしいけど、あたしにはそれすらもよくわからない。
だいたい、クエストの受付カウンターへの申し込みだって、まだ正確には理解していないくらいだし。
だから以前、適当に申し込んでみたらレベルが足りてなくて、カウンターの人がなにか言ってくれてはいたものの、あたしはそれも耳に入らず、無謀にも挑戦して見事失敗という結果に終わったのだ。
でも、だからといって他の人を誘って一緒にクエストに出る、なんてことも、あたしにはまだ難しい。
あたしがいつもオンしていることは、町でよく顔を見かけるような人たちには知られているみたいで、たま~に声をかけてくれる人もいたりはするのだけど。
初対面の人とはなかなか上手く喋れないあたしの場合、その受け答えすらも曖昧に言葉を返すくらいしかできなくて。
中にはフレンド登録を申し込んでくれる人もいたけど、和風ちゃんから慎重になるようにいつも言われているから、今のところフレンドになった人はいない。
だからあたしのフレンドは、リンちゃんとミズっちのふたりだけということになる。
慎重になるべきですわ、という和風ちゃんの言い分もわからなくはないけど、こうやってひとりきりのときは、ちょっと困っちゃうなぁ~。
なんて思いながら、あたしは森の中を歩いていた。
清々しいそよ風が木々を揺らし、清々しい森の香りがあたしを包み込む。
だけど、気分はちっとも清々しくなかった。
だって今のあたしは、絶賛迷子中だから……。
どうして初心者向けの訓練所に行くために、こんな森を抜けなきゃいけないのよぉ~……。
不満が頭をよぎるけど、きっとこんな場所で迷うのはあたしくらいなのだろう。
あたしは自分でも自覚しているほどの方向音痴だし……。
うう……。
森の中って目印になるようなのも全然なくて、迷ってくださいって言ってるようなものだよね~?
と、涙目になってさまよっていると。
「あれ? キミ、どうしたの?」
「ふぇっ……!?」
誰もいないと思っていた場所で急に声をかけられた驚きと同時に、泣き顔を見られてしまうという恥ずかしさも相まって、あたしは焦りまくる。
とにかく目をごしごしと拭って振り向くと、そこには爽やかな雰囲気を身にまとったひとりの男性が立っていた。
☆☆☆☆☆
「あ、あ、あのっ……ありがとうございましたっ!」
ペコリ。
訓練所まで連れてきてもらったあたしは、大きく頭を下げた。
「ふふ、わたしもここに来る途中だったからね。全然問題ないよ。道中の話し相手ができて、わたしのほうこそお礼を言いたいくらいだ」
優しい微笑みを向けながら、男性はそう答えてくれる。
男性なのに、自分のことを「わたし」って言う、この人。それは、爽やかなこの人のイメージに、とっても似合っている気がした。
「あっ、えっと、あたしはサリーです!」
そういえば名乗ってなかった、なんて焦りつつ、あたしは自分の名前を口にしたのだけど。
「ふふ、名前は見えるようになってるんだから、名乗らなくても大丈夫だよ」
「あっ!」
そうだった、すっかり忘れてた……。
あたしも男性をじっと見つめると、その頭上に文字が浮かんできた。
セルシオ、というのがその人の名前のようだ。
恥ずかしくなって真っ赤になっているあたしに、
「ふふ、面白いね、キミ」
と言って、セルシオさんは笑った。
「それじゃ、わたしはこれで。まっすぐ歩けば迷わないから、帰りは気をつけてね」
「あ……はい! ほんとに、ありがとうございました!」
軽く手を振って去っていくセルシオさんの背中を、あたしはしばらく、ぼーっとした頭のままで見送り続けていた。
……ちなみに。
訓練所での時間を過ごしたあと、ただまっすぐ歩けば迷わないはずの帰り道で、あたしは再び迷子になった。
随分と時間がかかった上、泣きべそをかきながらも、どうにかこうにか町まではたどり着くことができたけど……。
どうやらあたしの方向音痴は、並大抵のレベルではなさそうだと、再認識する結果になってしまった。