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「ええ~? そんなことないよぉ~!」
あたしは力いっぱい、否定の言葉を返す。
「そんなことないわけないだろ! そうじゃなかったら、あんなことするわけないゼ!」
「ええ~~? そんなことないわけないわけないよぉ~!」
さらなる否定を音美ちゃんから返され、あたしはさらにさらに否定の叫びを重ねる。
「うふふふ。不毛な争いはおやめなさいな」
「だけどさ~! いくらなんでも、あれはないゼ?」
あたしたちの言い争いを止めようとする和風ちゃんの声が加わり、音美ちゃんが不満を漏らす。
一方のあたしは、べつに言い争いたいわけじゃないし、成り行きを見守ることにする。
と、止めに入ってくれたはずの和風ちゃんが、こうつけ加えた。
「不毛なのは、理紗のほうですわよ? 否定する余地なんて、まったく全然きっぱりはっきりこれっぽっちもございませんわ」
「ええええ~~? どうしてよぉ~?」
突然向けられた言葉の刃に、あたしは猛然と立ち向かう。
「どうしてって、わざわざ言うまでもないと思うのですが……ねぇ?」
「あはははは! ま、そうだよなぁ~」
ともあれ、返ってくるのはそんな言葉だけ。
「むぅ~。違うって言ってるのにぃ~」
頬をぷ~っと膨らませて抗議するあたしに、音美ちゃんも和風ちゃんも生温かい微妙な視線を投げかける。
「自分で自分のことを、そう言ったりはしないものですわ。あくまでも、周りが見てそう判断するのですから、理紗が抵抗してもまったく全然きっぱりはっきりパーフェクトに無駄というものなのですわよ?」
「むぅ~……」
言い返したい気持ちを懸命に抑えるあたし。
だって、言い返したところで、パーフェクトに無駄らしいから。
……う~、でも、パーフェクトとまで言うかなぁ……。
で、あたしがなにを言われているのかというと。
「理紗は天然なのですから。いさぎよく認めなさいな」
「そうそう。認めろ認めろ!」
「うううう~……」
というわけで、どうやらあたしは天然らしいです。
そう言われても、自分ではよくわからないのだけど……。
「あたし、結構しっかりしてると思うんだけどなぁ~。そりゃあ成績はよくはないけど、そんなにひどいってわけでもないんだよぉ~? たまにテストの解答欄がずれてたりはするけど……。それからえ~っと……」
「うふふふ。そんなことを言っている時点で、天然なのですわ」
「あはははは! そうだな~!」
「ええ~~?」
こうして、なんだかんだと言い合ったりしながら、あたしたちは学校へと向かっていた。
小学校低学年で一緒のクラスになってからのつき合いで、高校受験を経てもなお、それまでと変わらず三人並んで登校しているあたしたち。
気心の知れた仲。親友同士と言っていいだろう。
あたしたちが通っているのは、この界隈ではそこそこ有名な、私立和宮高等学校。
遠くまで通うのも嫌だったからという理由で一番近かったこの高校を選び、三人揃って合格。
部活にも入っていないあたしたちは、高校に入学してからもほとんどの時間をともに過ごしていた。
同じクラスにもなれたし、絶対に神様が「あなたたちは仲よくしなさい」って言ってくれているのだと、あたしは勝手に思っている。
☆☆☆☆☆
あたしは、淡志摩理紗。
不本意ながら、親友のふたりが言うには、天然とのこと。
う~ん、やっぱり納得いかないけど……。
それ以外にも、のんびり屋とか、のんき者とか、ドジっ子とか言われて、変な勧誘に引っかかったりしないようにと常日頃から忠告されていたりする。
なんだかすっごく、不本意な言われようばっかりな気がするけど……。
それに、変な勧誘ってどんなのだろう?
疑問は残るところだけど、あたしのことはこれくらいにして……。
あたしと並んで歩いている親友のふたりは、鈴村音美ちゃんと京橋和風ちゃん。
音美ちゃんは、あたしが最初に言い争いをしていた子で、ショートカットが妙に似合う体育会系。
実際スポーツ万能で、よくバスケ部のお手伝いに行っている。といっても、部員ではないのだけど。
喋り方もなんだかちょっと男の子っぽくて、凛々しいとかカッコいいとかって表現がピッタリな女の子だ。
スポーツ万能でありながら、頭のほうもよくて、小学生の頃にはほとんどのテストが満点だったはず。
はぁ~……。神様って不公平だよね~。
もうひとりの和風ちゃんは、音美ちゃんとは対照的にとっても丁寧な口調で喋る。
お嬢様口調っていうのかな?
かなり古くからある名家の娘さんらしいから、和風ちゃんは実際にお嬢様ってことになる。
本人は「べつにお金持ちではありませんわ」なんて言っていたけど。
でも、うちと比べたらどう考えてもお金持ちだよね。広いお庭があって、池まであるんだもん。
やっぱり、神様って不公平だ……。
そんなふたりとあたしの親友三人組で、こうしていつも一緒に歩いているわけだけど。
なんとなく、役割分担は決まっているというか……。
あたしが(自分ではそんなつもりはないのだけど)とぼけたことを言って、それに音美ちゃんがツッコミを入れ、さらに和風ちゃんが茶々を入れつつ話を膨らませていく。
それがあたしたちの会話の基本スタイルとなっているみたいだった。
う~、あたしってそんなに四六時中、とぼけたことを言ってるのかなぁ……。
それにさっきのふたりの発言、あれは撤回してほしいかも……。
そう思ったあたし。
「天然ってのは、やっぱりやめてほしいよぉ~」
と抗議の声を上げてみる。
だけど……。
「いやいや、それは無理ってもんだろ!」
「うふふふ。そうですわね~。お迎えに行ったら、元気よく『行ってきま~す』なんて言いながら、思いっきりパジャマ姿で飛び出してくるなんて、天然以外のなにものでもありませんわよね~」
瞬殺。
「ええ~? そうかなぁ~? そんなこと、誰にでもあるでしょ~? 一ヶ月に何度かくらい」
必死の抵抗も空しく、あたしは結局、誰からも賛同を得ることができないのだった。
くすん……。