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五章 さて、誰でしょう? Can you translate into English?

1、

「ああ、そうそう。一人目の伊東誠なんだけど」

 伊勢の推理が頓挫した後は、しばらく沈黙が続いていた。それを破ったのはやはり伊勢だった。猪狩に沈黙を破るような会話術はない。それに、沈黙が続いたところで居心地が悪くなったりしない。

「矢式さんが何か言ってたから、ちょっと詳しく調べたんだよ。

 三年前にO大を卒業。経済学科から三年時に商学科に転科している。浪人・留年ともになく、成績は普通だね。可と良ばっかりだけど三年時にほとんど卒業所要単位を取り終えていて、四年時には数単位しか履修していない。ゼミの先生は村中由規」

「ああ、商学科の先生ですね。まあ、そんなところだろうとは思ってましたけど」

「どういう事?」

「何の意味もない、という事です」

「まあ、いいや。これが一件目の現場写真」信号待ちの間に伊勢が鞄から写真の束を取り出して猪狩に渡した。猪狩はそれをパラパラとめくるように見る。

「あ、これ僕の先生の授業の教科書なんです」猪狩が一枚の本棚が写った写真を指差して言う。「奈美香は惜しいけど、結局意味がないですね。でも一応教えておこうか」

 伊勢が首を傾げるのには構わず、すぐに見終わり次の信号で伊勢に渡す。

「もう大丈夫です。想像どおりでした」

「もう、何かわかっているのかい?」写真を鞄に戻しながら、微笑むように伊勢が尋ねる。

「まだ、これからですよ」

 三件目の現場に到着した。奈美香から聞いていた通り、お世辞にも綺麗なアパートとは言い難い。橋本直美の部屋の入り口には刑事ドラマでおなじみの黄色いテープが張られていたが、警官の姿は見られなかった。

「事件が起こりすぎて、人員が足りないんだよ」

 部屋の中は荒らされていた様子が見て取れるが、特にリビングなどはこれまた刑事ドラマでおなじみの数字が書かれた黒い板が床に大量に置かれていて、現物はなかった。

「何が置いてあったかはすぐわかるけど」

 猪狩は伊勢の言葉に反応しない。リビングから玄関を見つめ、比較するかのように今度はリビングを見渡す、そしておもむろに玄関の方に歩いていき、今度はそちらからリビングを見つめる。

「行きましょう」

「もういいの?」伊勢は苦笑している。猪狩の見切りが早すぎると思ったのだろう。

 別に自分にとってはどうでも良い事なのだが、頼られている身だし、こうやって現場を見せてもらったり(正確には見せられている、に近い)しているので、最低限の義務(義務かどうかは怪しいところだが)は果たそうと思う。

「だいたい、わかりました」


2、

 数日振りに四人は藤井の家に集まった。前回の反省を踏まえ、事前にコンビニでお菓子などを買い込んできた。今日も酒を飲む予定はない。一人暮らしで金欠ぎみの藤井の要望だ。

 自然と話題は連続殺人事件になっていく。

「でも、先生の言うとおり情報学ってだけじゃどうにもできないだろ」何やら自信ありげな奈美香の仮説を聞いた後に藤井が言った。

「一人目は結局どうだったの?」怜奈が尋ねる。

「家に哀澤先生の教科書があった」奈美香の代わりに猪狩が答えた。これはここに集まる前に奈美香に教えておいた事だ。その時の奈美香の顔は満足げだったが……。

「そう、実は一件目と三件目に哀澤先生が関わってきてるのよ。これで六本松夫婦にも接点があれば……」

「あれば、結局どうなんだよ? 哀澤先生が犯人だってか?」

「うーん。何だろ? 何かないかしら」

「何もないと思うよ」猪狩が言った。

「何で言い切れるの?」

「言い切ってない」

「いいから」奈美香は猪狩を睨みつける。

「俺の仮説が別の方向だってだけ」

「え? もうわかってるの?」怜奈が目を見開いた。

「いっつもそうやって黙ってる」藤井が苦笑する。

「いいじゃない、聞かせなさいよ」奈美香はテーブルに肘をついて、顎を手に乗せて細目で猪狩を見つめる。

「……面倒くさいなあ」猪狩はため息をつきながらも話し出した。「一応伊勢さんには言ったんだけど。あくまで仮説ね。

 あ、そうそう。その前に、情報学繋がりっていうのは間違いって事は言っておこう。一件目の伊東誠は確かに哀澤先生の教科書を持っていたけど、あれは授業の教科書だし、うちの大学は他学科の授業も普通に取れるのは知ってるよな? 実際、伊東さんは商学科だったし。だいたい、奈美香だって商学科のくせに木村先生の授業取ってるだろ?」

 そこまで言うと奈美香の「げっ」という声と舌打ちが聞こえた。「げっ」というのはあまりにも古典的で漫画的だし、少なくとも女性が言う言葉ではないと思うが、とりあえず無視した。

「まず、第四の事件から考えるよ。あの事件だけ他と違いすぎる。つまり今までの事件とは性質が別だ」

「模倣犯か?」

「そうじゃない。警察は今回の事件に関して、模倣犯を避けるために情報は極力隠してきた。だから模倣犯は有り得ないけど、それでいて今までの事件とは違う。場所がおかしい。手口もおかしい。名前もおかしい。しかし、カルタはある。これが意味するところは何だろうか」

「何なの?」

「つまり、そうする必要がなくなったという事。それでいて別の事件とされては困る、実の所困らないんだけども、とにかくそれでカルタだけは残した。ここで終点という意味だ。そもそも、この一連の事件、カルタを残す事で何のメリットがあると思う?」

「殺したい相手以外を無作為に抽出する事で、被害者間の関係を曖昧にする。いわゆるカモフラージュ」奈美香がテキパキと答える。

「そうじゃない。一番の利点は一人・・の猟奇的殺人犯、もしくはカモフラージュ作戦を遂行する一人・・の計画犯と思わせる事だ」

「え!? あ……え?」

「なぜ六本松信太郎があのように殺されたかというと、ターゲットじゃないから。ターゲットじゃないのになぜ殺されたかというと、彼が犯人で、共犯者に殺されたから。

 おそらく信太郎の犯行は一件目と三件目。自分が殺したい相手の時にしっかりとアリバイを作っておかなきゃいけない。二件目が共犯者。もちろん四件目もね」

「じゃあ、共犯者っていうのは……」

「一件目と三件目にアリバイがある人物」

「……伊東葉月ね」奈美香が呟く。

「そういう事。ただ、主犯は信太郎の方だと思うよ。『後で殺すんで先に殺して下さい』ってのはちょっと考えにくい。二人の接点がどれくらいあったかによるけど。

 信太郎が殺された理由もいくつか考えられるね。例えば、伊東葉月は交換殺人で良かった。けれど信太郎はそれでは満足しなかった。ついには三人目を殺してしまった。四人目を殺したくなかったからかわりに信太郎を殺した、とか。

 彼女が主犯で、口封じに殺したっていうのもありっちゃありだけど、もし彼女がこの計画を最後まで遂げた後で口封じに信太郎を殺そうとしていたとすると、三人じゃちょっと足りない気がするんだよね。あ、そうだ。ABCでは何人殺された?」猪狩は奈美香に尋ねる。

「え? えっと……五人かな?」

「やっぱり、三人だと少ないな。何にせよ、伊東葉月は四人目を殺す気はなかった。その代わりに信太郎を殺した。口封じっていうよりは主犯への抵抗のような気がするんだよね。実際どうかはしらないけど」

「けど、伊東葉月が犯人だっていうのはアリバイがあるからってだけでしょ? ちょっと不十分じゃない?」

「一件目と三件目は同じようで実は全然違う。三件目の時は現場が荒らされていたけど、一件目はほとんど荒らされていなかった。

 宅配便でも何でもいいけど、とにかく扉を開けさせた後は絶対に争いになる。どう見ても宅配便じゃない、不審者だ。ってなるはずなのに寝室まで何も荒らされていないのはおかしい。

 つまり犯人、信太郎はあの部屋の合鍵を持っていたんだ。鍵を開けてこっそり入って襲ったか、もしくは先に入って待ち伏せしたか。そう考えれば辻褄が合う。伊東誠の時は確実に殺すための方法を取った。つまり橋本直美じゃなくて彼の方が本命」

「結局、カルタ自体に意味はないの?」

「ああ、一人の連続殺人犯であると認識させるためにたまたま使ったのがカルタだったっていうだけ。例えば自分たちの殺したい相手が秋本と江川とかだったら、そうだな……辞書でも残したんじゃないかな? あれって五十音順だから。で、”い”と”う”を探して、って感じだったと思うよ。出費がかさむけど」

 最後はジョークのつもりだったが誰も笑わなかった。慣れない事をするものじゃないなと反省する。

「ふーん。なるほどねえ」奈美香はいつの間にか缶ビールを空けている。

「あっ! ちょ、それ、俺のビール!」藤井は驚いてテーブルをバンと叩く。強すぎたのか、手をヒラヒラと振って苦い表情をしている。

「いいじゃない、別に」奈美香は横目で彼を見ただけで気にしたようでもなく、そのままビールを飲む。

「待て待て! ビールなんだぞ。発泡酒じゃないんだぞ。第三のビールじゃないんだぞ。高いんだぞ!」

「気にしない気にしない。いつもみんなで飲んでるじゃない」

「そん時はみんなで金出してるだろ! それは俺のだ!」藤井は奈美香の手からビールを奪い取ろうとするが、奈美香は軽々とそれをかわす。藤井も女相手に思いっきり掴みかかる事ができないでいるようだった。しまいにはテーブルの角に足の小指をぶつけ悶絶してしまった。

「あ、チューハイもある。もーらい」怜奈もちゃっかり冷蔵庫を物色している。

「おい、こら! お前ら金払え!」藤井が涙目で訴えるが(この涙目の意味はどちらだろう)、二人は素知らぬ顔で酒を嗜んでいる。

「私、今月お金ないのよ」

「私もー」

「俺だって金ねえんだ! 一人暮らしなめんな!!」

 猪狩はそんなやり取りを微笑ましく傍観していた。大学に入った頃ならくだらないと一蹴していただろう。

 この変化は何なのか。深く考えるのはよそう。人間は変わるのが常なのだ。何かしらを通して日々新しい自分になっていくのだ。

「新川、俺の分も取ってくれ」


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