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四章 さて、どうでしょう? How do they investigate?

1、

 アンティークな食器が詰まった食器棚、大きめのテレビにパソコン。テレビはどうせ地デジ対応なのだろうだろう。まったくもって贅沢だ。自分は(安くなる事を期待して)ギリギリまでねばっているというのに。

 パソコンだって、未だにXPだ。数年で二代前になってしまった。おじいちゃんだ。浦島太郎か。

 愚痴を言っても仕方がない。

 とにかく、見たところ割と裕福な家庭のようだ。窓際には手入れされた観葉植物が所狭しと置かれているが、残念ながら伊勢は植物に興味が無いのでさっぱりわからなかった。

「事件の前の日曜日に、あなたは直美さんの部屋を訪ねたそうですね」

 三人目の被害者、橋本直美の実家である。S市のはずれだが、H大まで一時間もかからず、通学にはさほど不便ではない。

 事件後の聞き込みで被害者の友人を当たった結果、橋本直美は三年生までは自宅から通学していたらしい。それが、四年生になって、父親と喧嘩、家で同然で一人暮らしを始めたらしい。

 仕送りはもちろんなく、アルバイトを掛け持ちして生活していたようだ。さらには、授業料分と思われる貯金も見つかっている。本気で一人で暮らしていくつもりだったようだ。

 すぐに戻ってくると踏んでいた両親も一カ月、二か月と経つにつれて、どうにかしなくては、となった。

 どんな手を使ったかは知らないが(大学に問い合わせるだけで大学も何らかの措置を取るだろう。その他いくらでも手はある)、父親が彼女の部屋を見つけ連れ戻そうとしたのが、事件の三日前の日曜日。

 伊勢はその父親と二人で話をしている。リビングのソファに腰掛け、テーブル越しに対面している。

「ええ、それが何か? 事件とは関係ないでしょう」橋本直美の父、勉は憔悴しきった顔に精一杯の反抗心を見せて言った。「それより、早く犯人を見つけてください」

「わかっています。これもその一環です。その時の娘さんの様子はどうでしたか?」

 喧嘩をしていた娘への怒りと、その娘が殺されてしまった悲しみが入り混じっているのだろう。勉は眉間に皺をよせ、怒っているような、泣きそうな、そんな複雑な表情をしている。

「どうもこうも。ただ、『出てってよ!』と。『顔も見たくない』と。ろくに話もできませんでした」

 親子喧嘩にありがちなパターンとも言える。しかし、ここで「それは気の毒に」とは言えない。こちらも仕事だ。この父親も容疑者の一人だ。

「つかぬ事をお聞きしますが、娘さんとは何があったのでしょうか?」

 それを言った途端に勉の顔がより険しくなった。

「事件とは関係ないでしょう。ええ、娘と喧嘩をしていたのは認めます。ただ、その詳細を話す義務はないかと」

 ここまで言われるとこれ以上は無理だと伊勢は判断する。さすがに「関係ないかどうかはこちらが判断します」とは言えないほどに機嫌を損なってしまった。単刀直入に聞きすぎた。焦っているかもしれない。

「すみません。失礼しました」

 だが、まだ手はある。いくらでも。警察とはそういうものだ。

 伊勢は橋本家を後にした。


2、

 翌週木曜日、つらいつらいゼミの日である。猪狩は足取り重くゼミ室に向かった。昔、野球部がタイヤにロープを括って引っ張っていく練習を見た事がある。心情的にはそれくらい重い。

 ところが、ゼミ室に入ると深刻な顔つきの哀澤と、嬉しそうだが場をわきまえて抑え気味にしているゼミ生がいた。ポップコーンが弾ける前もこのような感じだろうか。

「さて、全員揃ったね」哀澤がゆっくりと言った。「今日は休講」

 猪狩は驚いた。哀澤はほとんど休講がない。学生総会の時ですら(学生総会は学生全員が参加する事を前提としているので授業は原則休講である)「君達出ないでしょ?」と言って、ゼミを行ったのだ。(全員参加が原則であるが委任状を出せば欠席は容易い。というよりも学生自治会や各部活の部長を除けば出席者は皆無に等しい)

「何かあったんですか?」猪狩は驚きのあまり聞いてしまったが、何かないと休講にはならないだろう。

「うん、ちょっとね。通夜に。別にやってもいいんだけど、中途半端になるから、全部休講にしようと思って」

「親戚が亡くなったんですか?」

「いや、教え子というか……。僕はH大の非常勤講師をやってるんだけど、その一環である先生のゼミにお邪魔してるんだ。そのゼミの子がちょっとね。事件に巻き込まれたというか……」

「もしかして橋本直美ですか?」本当にそうだとしたら、大そうな偶然だ。しかし、あの事件以外にも事件があるとは思えない。そんなにポンポン事件が起きてたまるものか。世界は思っているより狭い。

「え!? 知り合いかい?」いつもは澄ました顔でバッサリと学生の発表を切り捨てている哀澤だが、この時は驚きの表情が見て取れた。

「いえ、ちょっと」猪狩は言葉を濁した。先週の事件から時間が経っているのは司法解剖などがあったせいだろう。

 別段深く掘り下げる会話ではなかったし、暗い内容だ。他のゼミ生もいるため話せる事は特になかった。話が終わるころには、いつの間にか部屋にゼミ生は猪狩だけになっていたが、それでも話すことは特にない。

 猪狩はすぐにゼミ室を出た。予想外に時間が空いてしまった。特にする事もない。いつものメンバーを待つにも長い。さてどうしようかと思っていると奈美香を見つけた。

「あら、めずらしい」

「お前こそ、ゼミは?」

「休講。なんと先生が風邪。あんたは?」

「同じく、休講」

「そんなのはわかるわよ! 何でって聞いてるの!」奈美香は少し声を大きくして言った。そんなにムキになる事だろうか。確かに説明を省略しすぎた感は否めないが。

「通夜だと。しかも、橋本直美だ」

「え!?」奈美香のその表情は哀澤が驚いた時と同じだった。

 猪狩は、先ほど哀澤から直接聞いた情報を奈美香に伝えた。

「なるほど。……じゃあ、もしかして」奈美香は何かをブツブツと呟いている。

「ああ、いたいた」伊勢が正門の方から向かって来て片手を挙げた。

「あ、伊勢さん。こんにちは」奈美香は微笑んだ。どうやら伊勢などの親しい大人向けの表情があるらしい。赤の他人向けの行儀の良い表情とも違う。猪狩は、最近その事に気が付いた。

「俺を探してたんですか?」

「うん、まあね」

「運が良かったですね」そう言うと伊勢は首を傾げた。休講ではなかったら、あと数時間は会えなかっただろう。さすがに伊勢はこちらの時間割は把握していないようである。

「まあ、いいや。何か考えてくれたかい?」

「一つ質問があります」

「何だい?」

「どういう風の吹き回しですか?」

「参ったな……。確かに君に頼るのは気が退けたんだけど、どうにも事件の展望が見えてこなくてさ。君なら何か思いつくと考えたわけさ」伊勢は心底申し訳なさそうだった。本当に気が退けているのだろう。

「情報が足りません」

「もちろん、こちらの知っている事は教える。非公式だから漏れるとまずいけど。協力してくれないかな?」

「……聞くだけ聞いておきます」

「今日はずいぶんと乗り気じゃない?」奈美香が言ってきたが猪狩は無視した。奈美香は一瞬ムッとなったようだったが、すぐに伊勢の情報に思考を切り替えたようだ。

 ここではまずいという事で伊勢の車に乗った。猪狩が助手席に、奈美香が後ろの席に座り、真ん中から顔を出している。そこで伊勢が話し出す。

 伊藤誠の妻、葉月のDV疑惑、弟の信二の借金問題。六本松美智子の夫、信太郎の財産目当てと思われる再婚、さらには事件現場の状況についても話された。六本松美智子は散歩の途中で殺害されたらしい。河川敷の人目の少ない場所から彼女のものと思われる血痕が発見された。

 話は三件目へと進む。橋本直美は父、勉と深刻な仲だったらしい。家出同然であのアパートに住んでいたらしい。

「僕が思うに六本松美智子の時だけ手が込んでいる」伊勢が言った。「一件目は三件目と同じ手口だろう。宅配便か何か、時間が遅いから何か他の口実かもしれないけど。それで扉を開けさせて殺害した。それに対して、二件目は散歩の途中をつけて、さらには遠くの公園まで運んでいる。どうも手が込んでいると思わないかい?」

「そうですか?」猪狩の返答は意外にも素っ気なかった。「まず、二つ仮定します。一つは、殺人犯がある人物を殺す為に他はカモフラージュで殺しているとします。二つ目に全ての被害者が偶然、つまり誰かのカモフラージュのために殺されたと仮定しましょう。矛盾しますけど、要するにカモフラージュで殺され得るか、その検証です。

 まず、一件目。奥さんの葉月さんが旅行に行っている事を知らなければ犯行はできません。二人とも殺すつもりだったなら別ですが、この一連の犯行を見る限りでは有り得ません。マンションのセキュリティは大したことはなさそうでしたから、難しい犯行ではないでしょう。

 三件目も、彼女がH大生であの日が開校記念日でなければ実行は難しかったでしょう。平日で彼女が部屋にいる、というよりは他の住人が部屋にいない、という状況が必要でした。一件目と違い、安っぽいアパート。防音はしっかりしていたそうですが、見た目はボロアパートみたいですし。一見わかりませんから、できれば音は出したくない。

 隣もH大生でしたが、もしかしたら隣人は思いがけない休日にどこかに出かけるかもしれない。多少リスクはありますが一人だけならいい方でしょう。もっと好条件なんてほとんど探せません」

「そもそもターゲットが出かけるかもしれない」

「それなら、次のチャンスを待つか、新たなターゲットを見つけるかです。そもそも偶然好条件のターゲットを見つけた、それだけですから、うまくいきそうになかったら諦めて他を探すだけです。」

「そうだとして、二つ目は?」

「僕はこれが一番偶然殺され得ると思うんですけどね」

「意見の相違だな」

「まず、“ろ”で始まる苗字を思い浮かべて下さい」

「…………」

「あまり思いつかないでしょう。すぐに思いつくのは、S市在住でテレビなどにも出演している六本松美智子。“ろ”が付く地名もS市内では禄里だけです。“ろ”で始まる建物を探しても良いですが時間がかかりすぎる。一番手っ取り早いのは禄里に持って行く事です。つまり“ろ”で始まる名前も場所も一つしか思いつかなかった。そしてそのターゲットを調べてみると、毎晩散歩に出かける、おまけに人通りの少ない場所を通る。利用しない手はないでしょう。

 何が言いたいかと言うと、カモフラージュで殺すにしても下調べをしっかりして、ターゲットを絞り込むくらいしないと計画とは呼べないという事です。これら程度のことは調べていたでしょう。一件目の旅行は調べるのが難しそうですが、おおかた旅行鞄を持って出かけるのを見つけた、といったあたりでしょう。ですから三人はいずれもカモフラージュで殺され得ると言えると思います。さらに本命だった場合はなお簡単でしょう。DV、金銭トラブル、遺産目当て、親子喧嘩……」

「なるほど、言われて見ればそうだが」

「もちろん六本松信太郎に目をつけるのは間違っていないと思います」

「そう思うかい?」

「ええ。ただ、他の人物も同じくらい目をつけないといけないだけです」

「なんだ、そういう事か」伊勢はがっくりと肩を落とした。

「嘘ですよ。それもありますけど。この計画を思いつくには“ろ”の存在が不可欠でしょう。“ろ”が事件の始点になったと考えるのはもっともです。

 もちろん、テレビで見て思いついたのかもしれませんから、一概には言えません」

「あの、ひとついいですか?」今度は自分の番だと言わんばかりに、奈美香が口を開いた。

「警察は、“カモフラージュを含む犯行”の線で捜査を進めているんですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「カモフラージュ説の他に可能性はすぐ思いつくもので二つあります。一つは猟奇的な殺人。これなら今のところ何も出てこないのも頷けます。もう一つは」奈美香は一度言葉を切った。「前に康平に言われた事なので、すごく言うのが癪なんですけど、被害者全員に何らかの関係があった場合です」

「それなら、警察がとっくに見つけている」

「そうですか? 一人目の、えっと、伊東さん? 彼は何の仕事をしていたんですか?」

「えっとね、食品会社の営業」伊勢は確認する事なく、淀みなく答える。

「違うか……。じゃあ、もしかして、工業系の大学か、O大の出身じゃないですか?」しばらく考えた後、再び質問する。

「ん? ちょっと待ってね」今度は手帳を取り出し、確認する。「うん。O大だね。三年前に卒業しているけど?」

「やっぱり。でもこの先はまだ調べないと……」

「何を?」

「秘密です」そう言って奈美香は人差し指を唇に当て、にっこりと微笑んだ。

 猪狩は遠くに目線をやり、少し考えにふけった。二人から見ればぼうっとしているように見えるかもしれない。

「今のところ、目ぼしい容疑者は四人だけですか?」しばらくして猪狩は口を開いた。

「うん。今のところはね」

「彼らのアリバイは?」

「完璧じゃないけど所々で成立している。伊東葉月は夫の事件の時、函館にいた。これは間違いない。考えにくいけど友人が共犯、つまり伊東葉月が函館にいたと嘘の証言をしたという可能性も検討したけれど、ホテルの従業員が伊東葉月を覚えていた。

 二件目は薄いけど、三件目は結構がっちりしているよ。料理教室に通っていたんだ。

 次に伊東信二。一件目と二件目は全然。だけど三件目はパチンコ店にいた。僕自身が目撃している。

 橋本勉は一件目にアリバイがない。三件目は昼間だしもちろん会社にいた。二件目も会社にいて残業だったそうだ。数人の証言が取れている。一件目は自宅にいたらしいけどそれじゃアリバイにならない。

 で、六本松信太郎。実は二件目しかアリバイがない。さっき言った通りある企業の重役と飲み歩いている。ただ、その他のアリバイはないようなものだ。これさえ崩せれば……」

「六本松信太郎にこだわりますね」奈美香が伊勢に向かって微笑んだ。

「あの目が気に入らない」伊勢はそれだけ言って不機嫌そうに黙りこんだ。

「例えば……」猪狩が口を開く。「今回の事件、名前の他に場所に重要な意味があります。死体のあった場所です。どこで殺されたかは実際のところ関係がない。どういう理由かは知りませんけど」

「ABCの真似事じゃない?」

「何それ?」

「あんた、クリスティの名作を知らないの?」

「それどころかクリスティも知らない」

「うわぁ! 無知、馬鹿、変態、信じらんないっ!!」奈美香は前の席まで突き出していた顔を引っ込め、狭い車内を後ずさるようにして、背もたれにもたれかかるまで下がった。首を左右に大きく振った後、目を細めて猪狩を見る。

「うるさい。言いすぎだ」猪狩は声を低くして言った。変態とまで言われたのが気に入らなかった。「で、結局何だよ?」

「Aで始まる街で、Aで始まる人が殺されるの。現場にはABC鉄道案内。それでB・C・Dと順に殺されていくわけ。ってかABCも知らないでカモフラージュとか言ってたわけ?」

「ふうん。確かに似てるな」奈美香の言葉の後半は無視した。「今回は街じゃなくて街の中の施設名だから規模は小さいけど。でも、だとすると、小説と同じトリックではないだろうね。

 話を戻します。要はどこで殺してもいいんです。河川敷の血痕だって、血さえあればいい。問題はいつ人の目を盗んで殺すことができたか。もちろん信太郎が犯人ならの話ですけど」

「……信太郎が席を外した時間をもっと詳しく調べてみよう」

「ついでにもう一つ。伊東信二は三件目の時にアリバイがあるそうですが、奈美香が聞いたのは音だけです。争うような・・・音、物が散乱するような・・・音、ドアが閉まるような・・・音。何かの細工をすれば何とかなりそうじゃないですか? まあ、隣で音を聞いている人ありきの話ですし、仕掛けの回収をどうやったかが問題です。可能性は低いでしょうが参考までに」

「十分だ。ありがとう」

 その時、伊勢の携帯が鳴った。

「もしもし、ああ……そうか、わかった。すぐ行く」伊勢は通話を終えると舌打ちした。

「四人目だ」


3、

 伊勢が現場に到着すると既に池田がいた。彼は現場の到着だけは早い。仕事もそのくらいこなして欲しいものだ。

 場所はヒルマンホテル。

「……“ひ”?」

 疑問を感じながらも連絡を受けた部屋へと向かう。十階の一〇二九号室。何の変哲もない普通のホテルの部屋。そのテーブルにはワインボトルとグラスが置かれている。その付近に彼は倒れていた。表情は苦渋に満ちている。

「……何かの間違いか?」伊勢はその場の状況を飲み込めなかった。思わず頭を掻きむしった。「こいつは六本松信太郎じゃないか」

「ええ、間違いなく彼です」池田も何が何やらといった感じでお手上げのポーズをしている。

「これも一連の事件だってか?」

「テーブルの上を見てください」池田に促されてテーブルを見ると、そこにはやはりカルタがあった。

“憎まれっ子世にはばかる”

 信太郎が憎まれっ子だったかは知らないが、伊勢には何となくこの状況が皮肉に思えた。状況は全く逆だが、そういうやつに限って最後は転落するではないか。

「外傷が見当たらないが?」

「はい。どうやら毒殺じゃないかと」

 おそらくワインだろう。

 状況が違いすぎる。どうにも一連の事件とは思えない。場所が“に”ではない。殺害方法も今までは撲殺だったのに対して、今回は毒殺。

 しかし、カルタがある。模倣犯ではない。カルタの話は世間には伏せている。模倣犯を防ぐためだ。

「部屋の名義は?」

「信太郎本人です」

「目撃情報があればいいが……」そうは言ったものの、期待はできない。犯人は人目につかないように部屋まで来ただろう。非常口から入ったかもしれないし、堂々と正面から入っても誰も気に留めないだろう。

「……待てよ」伊勢にある疑問が浮かんだ。

「なぜ彼は部屋を取ったんだ?」


4、

「……というわけなんだ」日曜日、伊勢は猪狩に電話をかけた。

 捜査は行き詰まっている。と言うには事件は始まったばかり(最後の事件に関しては、だが)とはいえ、今のところ別段有力な情報は入っていない。

「犯行現場が見たいです」猪狩は歯切れ良く淡々と言った。

「見せたいのは山々だけどねえ……。どこの? 最初の事件はもう返しちゃったし、二件目はいいとして、三件目は、まあ、なんとかなるかな? 遺族に遺品回収は待ってもらってるから。けど四件目はまだ捜査員でいっぱいだよ。」そもそも、あくまでこの会話も非公式に協力を求めているのであって、堂々とした行動はできない。

「現場の写真はありますか? 最初の事件の。最初に覗き込んだ時にリビングまで見えましたけど、肝心の寝室は見えませんでしたから。三件目もなんとか見たいです。写真だけでもいいです。二件目と四件目はいりません」

「ああ、それならなんとかできるかな。三件目の現場も見せれる。けどいいのかい? 全部見なくて」

「ええ、大丈夫です」

 すぐに迎えに行くと言って、電話を切る。一件目の現場の写真を用意して、迎えの準備をする。


「おはようございます」猪狩は抑揚のない声で言った。

「おはよう。さ、乗って」

 猪狩を乗せると伊勢は車を発進させる。そして、四件目の概要を話した。

「一応、信太郎が部屋を取っていたのは商談のためだったらしい。つまり、私的なものではない。これは会社の秘書に聞いた話だ。だけど、どこの企業かは言わなかったらしい。 

つまり、当てにならない。秘書にも言わないっていうのはちょっとおかしくないかい?」

「まあ、そうですね」猪狩はたいして興味なさそうに相槌を打った。

「それとあと一つ。彼の旧姓は“仁原”だったらしい」

「へえ。婿養子だったんですか」

「そこ?」伊勢は笑ったが、どうも拍子抜けしてしまった。「やはり、偶然かな?」

「さあ?」

「考えたんだけど」伊勢は運転しながら猪狩の様子を横目に見た。真っ直ぐ前を見て、何を考えているのかわからない。「今回、犯人は今までとは別人で、名前が“に”から始まったんじゃないかな?」

「どうでしょうか?」

「つまり、今までの犯人が六本松信太郎で、今回も“に”の人物を殺そうとしたら、逆に殺されてしまった」

「毒薬は、準備しないと無理ですよね」

「そう、犯人は、信太郎が怪しいと思っていた。そこへ彼からの呼び出し、これは何かあると思った。という事で今回の犯人は信太郎の近辺の人物だ」

「伊勢さん、焦っていますね」

「焦る?」

「いつもの伊勢さんなら、そんな馬鹿馬鹿しい推理はしないでしょう」

「駄目かい?」伊勢は苦笑した。

「カルタの情報は伏せているんですよね? ならテーブルの上にあったのはおかしい。カルタがなければ、今までの事件が連続殺人だと結びつけるのは一般人には難しいでしょう。仮に信太郎が持っていたのを見つけてもそれをテーブルに置こうとは思いませんよ。

 それに、彼が犯人だとして、二件目のアリバイはまだ崩せていないんですよね? そしてこれが一番重要なことです。彼はどうやって、運ぶ気だったんでしょうか?」

「運ぶ? ……あ」

「現場はヒルマンホテルの十階です。彼が犯人なら、“に”の場所を選ぶか、移動し易い場所にしたはずです」

 伊勢はため息をついた。「確かに焦っているな……」


5、

 奈美香は相変わらずの惨状に閉口した。何をどうすればこうなるのだろうか。空きだらけの本棚に、床に散々した本。この組合せはおかしいだろう。それに、いい加減にコーヒー缶とカップ麺容器は捨ててほしい。

「どうにかならないの?」いらいらした口調で奈美香は訴えた。

「心配してくれるなら、代わりにやってくれないかな?」木村良知准教授が朝起きたばかりのような寝癖頭を無理矢理手で梳きながら言った。もちろん寝癖が直るわけはない。

「心配じゃなくて、苦情」

 奈美香が教員にこのような態度をとっているのは、木村が従兄だからである。さらに、木村がこのようにズボラな性格であるため、年齢に対して奈美香の方がアドバンテージが大きい。

「で、今日は何の用?」結局部屋の状態については解決せずに、木村が本題を促した。

良兄よしにい、伊東誠っていう人知ってる?」

「伊藤真?」

「伊東は東の方、誠は誠実の誠。三年前の学生なんだけど」

「さあ? 僕のゼミ生ではないね。どうかしたの? また、何か事件に首を突っ込んでいるの?」

「ええ、まあ。もし彼が経営情報学科だったりすると、被害者が情報学で繋がるのよ」

「なに、連続殺人なの?」

「一人目は彼、二人目は六本松美智子」

「ああ、知ってるよ。IT会社の社長だろう? 確かに情報学の分野でもそれなりに著名だね」

 著名とは、それなりではないから著名というのではないか、と思ったが口にはしなかった。日本語なんてそんなものだ。日本人ほど母国語が苦手な民族はいないのではないか。

「三人目は哀澤先生の通っているH大のゼミ生」奈美香は思考を元に戻し、話を続ける。

「うん。哀澤先生はH大の情報学のゼミにお邪魔してるってのを聞いたね」

「四人目は六本松信太郎。二人目と一緒ね」

「それで僕のところに来たんだ?」木村も経営情報学科で、哀澤と研究分野が似ている。「でもさあ。情報学で繋がっていたって、何か関係あるの? 特定の人と繋がりがあったわけでもないでしょ? 一人目なんて関係してるかすら怪しい」

 一瞬、奈美香の動きが止まった。

「それは、これから調べるわ」

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