第二話 焼き尽くせ蒼き炎フィアンマ!
驚いた。唐突な落雷により転倒した火凛から出てきた感想は、小学生のそれよりも簡潔で単純であった。無論、あの雷にである。豪雨はまだ続いていた。
「しかし、積乱雲さえあの直前まで周囲には無かったはずだ。それに都合よく私の真横に落雷したとなると…」
そう言って火凛は雷舞の逃げたであろう方向に目をやった。
「追うしかない。あの子だけは」
ゆっくりと腰を浮かし、砂ぼこりを薙ぎ払った。
「しかし、ここまで濡れるとスーツも使い物にならないな。仕方がない。この足で行くか」
火凛は再び路地を南に向かって走り始めた。
どれくらい走っただろうか。地名も、交わされる言葉も何一つ違うが、やはり街並みは大阪と変わらない。オタク街を抜け、大通りに出ると再び全速力を尽くす。
距離を進めるごとに心臓の鼓動は速くなり、足は重たくなる。
「と、とりあえず天王寺まで逃げてそっから考えよっかな…。天王寺って言わんやろけど…とにかくここで電車乗ってもバレたら敵わんしな」
右目には地下へ続く階段と電車のバリアフリーサインが書いてあり、それが地下鉄駅であると一目見るだけで明快であった。
雷舞はそれを無視し、休憩がてら信号待ちをしてからまた加速域に入った。
雀荘や町中華の並ぶ商店街を抜け、およそ百メートルは越すであろう街のシンボルタワーを通過する。先ほどと違い、街の人は走る雷舞に目もくれずいつも通り過ごす。
ここ左に曲がったら動物園のとこやな…。など思案に暮れながら足を進める。
刹那、巨大な地鳴りのようなものが聞こえた。見るや先ほどより一層顔を強張らせた火凛が追い付いてきた。
「やっば!?もう来てるやん!」
「貴女!いい加減止まりなさい!」
「いやや!止まったら何されるかわからんやん!」
「何もしないわよ!ただ取り調べとその他諸々してもらうだけよ!」
「その諸々が嫌やねん!」
あかん、何も伝わらへん。高速道路のかかった交差点を、車がいないことを確認して渡る。
「あっ!また違反行為を…」
雷舞の脳は、ここまでくれば違法行為の一つや二つは仕方がないなど言う、倫理観の欠片もない思考回路にまで落ちぶれていた。
渡った先にある動物園ゲート真横の、連絡通路の階段を上る。動物園の反対側へスムーズに渡れるように作られたペデストリアンデッキからは、真下にある園内の動物は見えない。ここを抜ければ、また人ごみに紛れられる。
「いける…!」
「こうなったら最終手段に出るしか…。あまり一般市民には使いたくはなかったが…」
火凛はそういうと首からかけたネックレスに付属している桜色のペンダントに手を添えた。
「観念なさい。ここで終わらせる…。焼き尽くせ!蒼炎烈火フィアンマ!」
火凛の周りに現れるゆらゆらとした蒼い炎。それを見つめる暇もなくそれは巨大な炎へと生まれ変わっていた。そして火凛のもとにはなく、炎は雷舞の周りを包むキャンプファイヤーへと変化していた。
「…はぁっ!?ちょちょ待って待って!うわあっつ!」
「貴女に選択肢を与えましょう。私に降伏するか、炎に焼かれるのを待つか」
「それ選択肢言わんやろ!ってホンマに熱いから!シャレなってないから!はよ出して!」
成長した炎は今にも雷舞の服に届きそうであった。
「それは私に降参するという意味で…?」
「だから!そうやって!ほんま頼むわ!」
「了解された。しかし問題が一つあってな」
「何!?まさか炎の消し方知らんとかちゃうやろな!」
「あっ、それほぼ正解~。ゴメン。全部炎で包む気は無かったんだけどね…つい!」
軽く合掌しつつ、てへぺろと言わんばかりに舌を出す火凛。
「ついで済むか!うち死ぬで!?」
「だよねぇ~。了解された!いま助っ人呼ぶからさ」
「っていうかさっきからなんやのその了解されたって!」
「ごちゃごちゃうるさいなぁ。あ、来た来た」
「はっや!」
見ると、ウェーブのかかった胸元マシマシガールがこちらに向けて駆け寄ってきた。
「お待たせぇ~」
「ごめん、また一人でやっちゃった」
「それは本当によくないよ、火凛ちゃん」
とやり取りしてからこちらに向かって問いかけてきた。
「ゴメンねぇ。うちの火凛ちゃんが。いま助けるからねぇ」
「お願いします!」
「任せてぇ~。はぁあっ!」
先ほどの緩い感じは消え、目元のハイライトは消えていた。
「潮流水撃マレア!」
周りに渦を巻いた海流が生み出され、雷舞を取り囲んでいた炎を一掃した。
「はいっ、これでいいかしら?」
「ありがとうございましぅ!」
緊張が解け、噛んでしまった。
「うふふ、いいのよ全然。それより何でこんなことに?」
「それは私が説明しよう」
「うんうん聞かせてぇ…。うんうん、えっ!?それは流石に…」
振り返ってきたマシマシガールは、ぎっとこちらを睨みつけた。
「貴女…駄目じゃない…党に歯向かっちゃ…再教育施設に、いや私の部屋で一生南京でもいいわね…」
流石に怖かった。え、さっきのふわふわ感はどこに?
「来海くるみ、怖がっているだろう。また逃げられたら困るから、その辺に」
「あっ、ごめんなさい火凛ちゃん。貴女も、ごめん。っね?」
「あ、いえお構いなく」
来海と呼ばれたその豹変ガールは表情がもとに戻った。
「で、ここからが本題だ。追跡直前、彼女の顔と公民情報データベースを照合したがどこにも当てはまらない。これだと警察では引き取れない」
「でもぉ、しゃべり方は独特だけど新和人っぽくない?顔もだし、言葉も通じているみたいだし」
「そうなんだがな。しかし党のこともこの街のことも知らないようだ」
「あなたぁ、海外生まれ?」
来海の問いに首を横に振り否定する。
「じゃぁ親御さんは?」
「多分、もう家に居るはず。家があればですが」
「家があれば?」
「多分だがな。彼女は記憶喪失と見ていいだろう。データベースに親族らしき人もいないから、どこか施設から来たのだろう」
「そうなのね。でも会話は可能だし、色々教えたいから…。うちで引き取っていいかしら?」
来海は駄々をこねるぞと言わんばかりに体を縮める。
「わかった。好きにしろ。しかしこのままでは暮らしづらいだろう。君の名前、年齢、知っている事だけで良いから教えてくれ」
とんとん拍子に進む会話に圧倒され、何も言えぬまま自分のターンが来た。
「…雷舞。天神雷舞です!高校二年、16歳!10月31日生まれです!」
「そうか。その年齢なら逆算すれば聖暦2009年生まれといったところか。ありがとう、とりあえず今日のことは不問に付すから、明日役所に来い」
「え、いいんですか?」
「仕方ないだろう。データ上存在しない人間を警察にぶち込むのはなかなか面倒なんだぞ。夜警団本部には反省したとでも言っておくから、今日はもう来海と帰れ」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃぁ、行きましょうか。えっと、下の名前で呼ばせてもらうわね、雷舞ちゃん」
「はい、不束者ですがよろしくお願いします!」
「それだと結婚するみたいじゃない、まぁ雷舞ちゃんみたいなかわいい子なら悪くないけど」
「っへ?」
「嘘よ、怖がらないで」
「あ、そうですよねぇ…」
この人の家に住んでいいものなのか。遠慮3割恐怖7割のまま、雷舞は来海について行った。




