王冠と剣の在り処
王太子を追い払ったアルヴィスが、神妙な顔をして戻ってくる。
「リヴィア様、少し真面目な話をしましょう。貴女がこれから歩くこの地面が、どれほど危うい均衡の上に成り立っているかを」
アルヴィスは、リヴィアの向かいに腰を下ろすと、机の上に一枚の古びた地図を広げた。
「かつて貴女が住んでいた時代、この地は小さな国々が点在する、のどかな地方都市の集まりでした。ですが、今は違います。ここは『ルミナス聖教王国』。政治と宗教が一つに溶け合った、巨大な政教一致の国家です」
アルヴィスの指が、地図の中心を指し示す。
「まず知っておくべきは、あの国王エドワードの立ち位置です。彼の一族が王座に座り続けていられる理由は、彼らが有能だからでも、血筋が尊いからでもありません。彼らはあくまで『女神の意志を守護する筆頭信徒』という役割を与えられているに過ぎないのです」
「……筆頭信徒?」
「そうです。つまり、リヴィア様。貴女がもし、気まぐれにでも『この王はふさわしくない』と一言おっしゃれば、その瞬間に王権の正統性は消滅します。民衆は暴動を起こし、王家は文字通り、一晩で滅亡するでしょう。あの国王が貴女の前で額を床に擦り付けていたのは、単なる信仰心ではなく、一族の存亡を賭けた必死の保身でもあるのです」
リヴィアは、自分の言葉が持つあまりに重すぎる価値に、背筋が寒くなるのを感じた。
「……私の言葉一つで、国が終わるなんて」
「それが、女神という存在の重みです。そして、その『神の意志』を物理的に執行するのが、私の率いる『白銀聖騎士団』です」
アルヴィスは、自らの胸に拳を当て、冷徹な光を瞳に宿した。
「我らは王の直属ではありません。貴女という神に直接繋がる、独立した軍隊です。予算も人事も王宮の干渉を受けず、この国で最強の武力を独占している。だからこそ、私は王太子を怒鳴りつけ、国王に意見することができるのです。……法よりも、王の命令よりも、貴女の望みがこの国の最優先事項なのですから」
アルヴィスは立ち上がり、リヴィアの傍らに歩み寄ると、その椅子を保護するように背後に立った。
「今のリヴィア様は、この国という巨大な歯車を回すための、唯一無二の鍵です。……私が過保護になる理由が、少しは伝わりましたか? 貴女が少し外の空気を吸いたいと願うだけで、政治の均衡が崩れ、数万人の思惑が動き出すのです」
アルヴィスの言葉は、守護というよりも、逃れられない運命の鎖を優しくリヴィアの首にかけていくかのようだった。
「……アルヴィスさん。それじゃあ、私は一生、この神殿から出られないの?」
「いいえ。私が世界を屈服させ、貴女がどこへ行こうとも誰も文句を言えない『平和』を作り上げれば済む話です。それまでは……どうか、私の腕の中で甘んじていてください」
アルヴィスの低い声が、リヴィアの耳元で響く。 彼はリヴィアを守る盾でありながら、同時に彼女を誰にも渡さないための檻でもあった。




