女神と番犬の探検
王都の雑踏。そこには、白銀の鎧を脱ぎ捨て、地味な焦げ茶の外套を羽織った長身の男と、深くフードを被った小柄な少女の姿があった。
家族が愛した街を見たいと言ったリヴィアとの約束を、しっかり守りアルヴィスに連れてきてもらった街の繁華街。
万全を期さねばならないという過保護なアルヴィスによって、部下達も変装し近くで警護しているそうなのだが_
「……アルヴィスさん、顔が怖い。もっと肩の力を抜いて」
「無理を言わないでください。四方の視線が、リヴィア様の清廉さを汚そうとしているようにしか思えません」
変装しても隠しきれないアルヴィスの鋭い眼光。彼は周囲の通行人すべてを「暗殺者候補」としてスキャンしている。リヴィアは苦笑しながら、彼の大きな手をギュッと握った。
「ほら、見て。あの屋台のリンゴ飴、美味しそう!」
「……っ。リヴィア様、急に手を繋ぐのは心臓に……いえ、警護の妨げになります」
耳まで赤くしながらも、アルヴィスは繋がれた手を決して離そうとはしない。 二人は、伝説の「女神」と「最強の騎士団長」であることを捨て、ただの男女として市場を歩いた。
「ねえ、アルヴィスさん。見て、あそこの広場。子供たちが魔法の真似事をして遊んでる」
リヴィアが指差した先では、小さな子供たちが木の枝を杖に見立てて、「光れー!」と叫んでいた。 千年前、魔法が溢れていた時代には当たり前だった光景。今はそれが「神話の再現」として遊ばれている。
「……彼らは、貴女を信じています。リヴィア様の笑顔を守るのが私の誇りです」
「……私の笑顔じゃなくて、みんなの笑顔を見てよ、アルヴィス。世界は、あなたが思っているよりずっと、優しくて逞しいんだよ」
リヴィアは、屋台で買った安物のハチミツパンを、半分に割ってアルヴィスの口に押し込んだ。
「あむっ……リ、リヴィア様!? 毒見もせずに――」
「いいから食べて! 私の家族が好きだった味に、ちょっと似てるんだから」
アルヴィスは驚いたように目を丸くし、もぐもぐとパンを咀嚼した。やがて、彼の険しかった表情が少しずつ解けていく。
「……甘い、ですね。……不思議だ。神殿で出される最高級の菓子よりも、ずっと温かい味がする」
「でしょ? これが『普通』の良さなんだよ」
その時、ふいに風が吹き、リヴィアのフードが捲れ上がった。 陽光を反射して輝く白銀の髪。透き通るような紫晶の瞳。一瞬、周囲の時間が止まったかのように、街の人々がその美しさに目を奪われる。
「……しまっ、リヴィア様、隠れてください!」
アルヴィスが即座にリヴィアを自分の外套の中に引き入れ、抱き寄せた。リヴィアの鼻腔を、アルヴィスの身に纏う清潔な鉄と革、そしてかすかに甘いハチミツの香りがくすぐる。
「……アルヴィスさん?」
「……今の姿を見られたのは、私だけの特権にするつもりだったのに。……帰ります。これ以上の露出は危険です」
「ええっ、まだリンゴ飴食べてないのに!」
結局、街の探検は強制終了。
神殿へ戻る馬車の中、アルヴィスは繋いだ手を離さないまま、ずっとリヴィアの肩に頭を預けて眠ってしまった。
彼も私が起きた事によってやる事がいっぱいあり疲れているのだろう、 初めて見せた無防備な寝顔。
リヴィアは、その少し冷たい手の甲を撫でながら、心の中で呟いた。
(……この人を外の世界に連れ出すのは、案外、私の方なのかもしれない)




