女神は何がどうなっているのか情報収集する
嵐のような訪問だった…自分に起こった出来事なのだが、遠い世界の事のように考えながら、宝石のように透き通ったお茶を飲む。お茶を飲んで少し落ち着いたところで、リヴィアはなんとか現実に向き合おうと足らない頭をフル回転させる。
「……アルヴィスさん、お話があります」
そして、千年前とは全く異なる窓の外の景色を見つめる。
「私が寝ている間に、世界はどう変わったんですか? 私の家族は?魔王と魔物は?村の人達は? 」
アルヴィスは、リヴィアの問いにはっとしたように、そして悲しげな顔になる。
「……リヴィア様。貴女様が去った後の千年は、残念ながら『喪失の歴史』でした」
彼は指先で宙に小さな光の紋章を描こうとするが、それはすぐに煙のように消えてしまう。
「第一に、魔法です。千年前、リヴィア様たちが日常的に使っていた高度な魔導技術は、今や『神の奇跡』と呼ばれ、失われてしまいました。現在、この国で魔法を使えるのは、私のような騎士団の精鋭や一部の特権階級が、ごく初歩的な身体強化や火種を灯す程度に使うのが限界です」
「えっ……。じゃあ、さっきの『春風の祝福』とか……」
「……あの規模の広域魔法を無詠唱で行える者は、この大陸に一人もおりません。リヴィア様が少し指を動かすだけで、一国の軍事バランスが崩壊する……それが今の世界の『常識』なのです」
リヴィアは背筋が寒くなった。ただの生活魔法が、今や核兵器並みの扱いなのだ。
「第二に、この『ルミナス王国』について。かつて貴女様が愛した小さな村々は、千年の間に統合され、今や大陸最大級の宗教国家となりました。王家は『女神の代弁者』としての正統性を守ることで権威を保っています。つまり、リヴィア様が『今の王様は嫌い』と一言おっしゃれば、その瞬間に王朝がひっくり返る……それほどの重みが貴女の言葉にはあるのです」
「待って!?!?なにそれ?! そもそも何で私が女神様って言われているの?」
「ご安心を」
アルヴィスはリヴィアの隣に腰を下ろすと、彼女の震える手をそっと包み込んだ。その手は驚くほど大きく、温かい。
「政治も、魔物の討伐も、五月蝿い貴族の相手も、すべて私が片付けます。貴女様はただ、この聖域で、私の守護の中で、好きなものを食べ、好きな時に眠ればいいのです。……千年前、貴女を一人で眠らせてしまった我が先祖の悔恨を、私は二度と繰り返さない」
彼の瞳の奥に、信仰を超えた「独占欲」の炎が揺らめいていることに、リヴィアは気づいてしまった。
そしてその瞳に何故だか、かつての家族の面影が見え不意に泣きそうになってしまう。
「アルヴィスさんの一族って、アルヴィス・ヴァン・クロムウェルって…」
リヴィアが眠りにつく前、一緒に苦楽を共にした大切な家族。
リヴィアの意識はふっと「あの日」へと引き戻される。
◇◇◇
千年前。彼女には、騒がしくも愛おしい家族がいた。
「リヴィア! また魔導書の読みすぎで床で寝てるの? 女の子なんだから、少しはシャキッとしなさい!」
耳に届くのは、いつもエプロン姿で小言を言っていた母の声。
そして魔法道具の修理で手を油まみれにしながら
「リヴィアは将来、国一番の魔導師になるんだからあんまりうるさい事いうなよ~」
と笑っていた父の大きな手。
そして「お前は危なっかしい事ばっかりするから、俺がそばで監視してやる!」と顔を赤くしながらリヴィアの手を引く幼馴染のヴァン。
リヴィアの家は、村外れの小さな魔導具店だった。特別に裕福ではなかったけれど、冬には暖炉の魔法で家じゅうを暖め、父の失敗作の魔法具が爆発しては家族で笑い合う。そんな、どこにでもある幸せがそこにはあった。
当時、大陸には魔王の出現による「魔力枯渇」という異変が起きていた。
そして「魔力枯渇」の原因であろう魔物の森に住む魔王を倒すべく、村の戦士や魔導士達とリヴィアは討伐に向かった。死傷者もでるような熾烈な戦いだったが、魔王は討伐された、はずだった。
生き延びた者達が喜びの声をあげる中、天才的な魔導士であるリヴィアは、微量に残る魔王の魔力残滓を見逃さなかった。
物凄い速さで魔王の魔力残滓が遠ざかっていく。
疲弊した戦士の足では間に合わないと判断したリヴィアは、この機会を逃したら魔王を倒せる日はないと、ヴァンの制止も聞かず一人で飛行魔法を使い全速力で森の奥へ追いかけた。
長時間による鬼ごっこの末、リヴィアは何とか魔王を捕まえる事はできた。ただその頃には、リヴィアも魔力切れを起こし、満身創痍の状態だった。ただ、そんな状況でも、絶対に魔王を倒さねばならない。
両親、ヴァン、魔王との戦いで死んでいった仲間達、村のみんな。
大切な人達の為なら、リヴィアは自分が死んでもかまわなかった。
だから魔力ではなく生命を糧に魔法使用する、禁忌とされている制約魔法を使用し、魔王を倒した。
即座に自分も死ぬものだと思っていたのに、リヴィアは何故か生きていた。
ただ、とんでもなく眠たい。魔物の森で無防備に眠りなんてしたら、魔物に食べられて死ぬのは子供でもわかる事。だが眠気に耐えられなかった。少しでも魔力が回復すれば村に帰れるからと希望をもって、少しだけ仮眠するつもりで、大きな樹の下でリヴィアは眠りに落ちた。
横になったのが最後。
父がかけてくれた古い毛布の匂い。母が「明日のお昼は、あなたの好きなハチミツパンを焼いてあげるからね」と言ってくれた約束。この人といつか私は結婚するんだろうなと思っていた、家族同然だったヴァン。
それらがすべて、千年の時の砂に埋もれてしまった。
◇◇◇
「……リヴィア様? お顔色が優れませんが」
アルヴィスの心配そうな声に、リヴィアは我に返った。
気づけば、頬を伝った一筋の涙が、ティーカップの中に小さな波紋を作っている。
「……わかってるの。千年も経ってるんだから、私の家族はもういないって。ただみんなが生きていた事を証明する、みたいなものはないのかな」
アルヴィスは、リヴィアの言葉を否定せず、ただ静かに彼女の前に跪いた。 彼はリヴィアの震える手を、騎士としての誓いよりも深く、優しく包み込む。
「……リヴィア様。貴女が守り抜いた村は、今やこの国の王都となっております。貴女が救った人々の子孫たちが、今この瞬間も笑って暮らしている……それこそが、貴女のご家族が生きた最大の証に他なりません」
「……みんな、生きて、繋がってるのね」
「はい。そして、私の一族の古い記録には、こう記されていました。『女神様が目覚めた時、一番に家族が愛したこの国の景色を見せて差し上げろ』と。……リヴィア様、明日、街へ行きましょう。貴女が守った世界の『今』を、私がご案内いたします」
アルヴィスの言葉に、リヴィアは少しだけ救われた気持ちになった。家族やヴァンにはもう会えないけれど、彼らが愛したこの世界は、まだここにある。
「……うん、ありがとう、アルヴィス。……あのね、お母さんのハチミツパンに似たパン、あるかな?」
「全力で探させます。……いえ、私がこの手で再現してみせましょう」
(そこはパン職人に任せてほしいんだけどな……)
リヴィアは少しだけ笑った。
悲しいけれど、隣には驚くほど重たく、けれど温かい「今」の家族(?)が、寄り添ってくれているのだ。




