国王、女神に謁見する
食事は普通で良いですとアルヴェスを何とか説得し、テラスで食後のお茶を飲もうとしていると
「国王陛下、ならびに王太子殿下、御入来――!」
仰々しい布告と共に現れたのは、豪華なマントを羽織った初老の男性、この国の主である国王と、その息子だった。普段なら一国の支配者として君臨しているであろう彼らは、まるで雷に打たれたような顔で、急ぎ足でこちらに歩いてくる。
急な訪問にリヴィアは急いで立ち上がり、礼を尽くそうとするが「リヴィア様はどうかそのままで」と冷気を放たんばかりの殺気を纏ったアルヴィスが、まるで壁になるように前に出た。
「お、おお……。本当に、本当に女神リヴィア様であらせられるか……!」
国王が床に這いつくばるようにして跪く。その後ろで、若い王太子もまた、リヴィアの美しさに目を奪われたように呆然と固まっていた。
「あ、ええと……。わざわざお越しいただいて、ありがとうございます?」
リヴィアが精一杯の愛想笑いで応えると、国王は感涙にむせんだ。 「お言葉を賜った! 奇跡だ、我が代で伝説が証明されるとは……! リヴィア様、ぜひ王宮へお越しください! 国を挙げての祝宴と、最高級の離宮を――」
「――陛下」
低く、地を這うようなアルヴィスの声が遮った。 彼は一歩前へ出ると、国王とリヴィアの間に、文字通り「鉄壁」として割り込む。
「リヴィア様は、千年の眠りから覚められたばかり。御体は極めて繊細です。不特定多数の人間が騒ぎ立てる王宮へお連れするなど、正気の沙汰とは思えませんな」
「だ、だがアルヴィス卿。これは国家の慶事なのだぞ?」
「リヴィア様の安寧以上に優先される国家の慶事など、この世に存在しません。……殿下」
アルヴィスが、リヴィアを熱心に見つめていた王太子に冷徹な視線を向ける。
「先ほどからリヴィア様の御尊顔を直視しすぎではありませんか? 畏れ多くも女神様の美しさに目が眩み、不敬な妄想を抱いたのであれば……私が今ここで、その眼球を洗浄して差し上げてもよろしいのですが」
「あ、アルヴィスさん! 言い方が怖い! 別に見られて減るもんじゃないから!」
リヴィアが慌ててアルヴィスのマントの裾を引っ張る。すると、先ほどまでの魔王のようなオーラが嘘のように消え、アルヴィスはリヴィアの方を向いて、とろけるような甘い声で膝をついた。
「申し訳ございません、リヴィア様。……しかし、貴女様という太陽があまりに輝かしいため、羽虫が寄り付くのが我慢ならないのです。どうか、この不器用な番犬をお許しください」
(……王太子殿下を羽虫呼ばわりした!?!?)
リヴィアは遠い目をした。千年後の世界。どのような政治情勢になっているのか全くわからないが…彼女が考えている平穏な生活は、どんどん遠ざかっている気がする。
国王陛下はアルヴェスのこのような態度に慣れているのか、アルヴェスの発言にあまり気にした様子はない。そんな事より、女神が目覚めたという感動に打ち震えているようだった。
「ああ……ああ……! この、エドワード。六十年の生涯をかけ、聖典を読み込み、貴女様を夢に見てまいりました。まさか、この老いた瞳で、お目覚めになられた『眠りの女神』を拝む日が来るとは……!」
彼は震える手で地面を掴み、リヴィアを仰ぎ見る。その瞳には、一国の王としての威厳ではなく、純粋すぎるほどに真っ直ぐな信仰の光が宿っていた。
「リヴィア様! 貴女様が目覚められた今、我がルミナス王国は安泰です。貴女様が踏みしめる土は金に、吐息は芳しき薫香に、そしてその微笑みは乾いた大地を潤す雨となることでしょう。……どうか、どうかお聞きください!」
国王は声を枯らさんばかりに叫ぶ。
「我が王家の血脈は、本日この瞬間を以て、貴女様の永遠の『下僕』となることを宣言いたします! 蔵に眠る金銀財宝、肥沃な領地、そして我が息子ジュリアンの命に至るまで……すべてをリヴィア様、貴女様の御心のままに! 貴女様が『世界を焼きたい』とおっしゃるなら、我ら自ら松明を掲げ、この国を薪として捧げましょうぞ!」
(お、重い……! 返す言葉が見つからないくらい愛が重すぎる……!)
リヴィアがその熱量に圧倒され、助けを求めるように隣のアルヴィスを見ると、彼は腕を組み、極めて冷ややかな口調で国王の言葉を切り捨てた。
「陛下。……慈悲深いリヴィア様が『世界を焼きたい』などと仰るはずがないではありませんか。リヴィア様を政治的に利用しようという魂胆が透けて見えて、正直不快です。」
「なっ……! アルヴィス卿、これは敬虔な祈りだぞ!」
「祈りならば心の中で済ませるべきです。……リヴィア様が困惑しておられる。」
「…!そ、それはすまない…」
国王陛下が頭を下げる。一国の王がこんなに簡単に頭を下げて大丈夫なのだろうか?リヴィアは少しこの国の情勢が心配になりながらも、国王陛下は悪い人ではなさそうに見える。
「とんでもないです、どうか頭を上げてください。」
「お、恐れ多き幸せ! これぞ慈愛……! この瞬間の記録を、国家の正史として刻ませねばならぬ!」
「いや、そんな大げさなものじゃないですから! それより、その……『国を薪にする』とか、物騒なことは言わないでください。私はただ、平和に……そう、美味しいものを食べて過ごせればそれでいいんです」
「なんと……。美食をお望みですか!」
エドワードの目がギラリと光った。
「承知いたしました! ただちに隣国の肥沃な大地を奪い、世界中の山海の珍味を略奪……いえ、献上させましょう! リヴィア様が一口召し上がるごとに、その国の民には免税の恩恵を与えるという『神食法』を今すぐ制定いたします!」
「ち、違うんです! 略奪とか法制定とかじゃなくて! 私はもっと、こう、村の屋台で焼いているような、普通の……」
リヴィアが言いかけると、それまで黙って控えていたアルヴィスが、一歩前に出て王を冷たく突き放した。
「陛下。リヴィア様が『普通』とおっしゃるのは、陛下のような俗物が考える贅沢とは次元が違うという意味です。貴殿のような者に女神様の高潔な食卓を語る資格はありません」
「アルヴィス卿! 私はこれでもこの国の王だぞ! 女神様のために最高の料理人を用意するのは私の義務だ!」
「その料理人がリヴィア様の御前で緊張のあまり指を震わせたらどうするのです。リヴィア様の静謐を乱す者は、王であろうと容赦しません」
「……あ、あの、二人とも落ち着いてください!」
リヴィアがおずおずと二人の間に手を差し出す。すると、火花を散らしていた二人は、瞬時に「しおらしい忠犬」の顔になってリヴィアへ向き直った。
「……申し訳ございません、リヴィア様。この老いた王が、あまりに無能なもので」 「アルヴィス卿こそ、女神様を独占しようという不遜な魂胆が見え透いているぞ!」
エドワードは再びリヴィアに向き直り、期待に満ちた目で尋ねた。
「リヴィア様! もしよろしければ、我が王城へお越しいただけませんか? 貴女様のための寝室は、千年前から毎日、最高級の香香で清め、一番柔らかいシルクを敷いて準備してございます。専属料理人を何人も召し抱えているので、お食事に関してもご満足いただけるかと思います。」
(……千年前から準備してるの!? この国の人たち、私のこと待ちすぎじゃない!?)
「え、ええと……。それは、その……アルヴィスさんと相談して決めますね」
リヴィアが困ってアルヴィスにパスを投げると、彼は満足げに口角を上げた。
「聞き入れられましたか、陛下。リヴィア様は、私との時間を最優先されるとおっしゃっている。……さあ、ご挨拶が終わったのであれば、早急にお引き取りを。リヴィア様は、これから私と『午後の祈り(という名のお茶会)』の時間なのです」
「ぐ、ぬぬぬ……。アルヴィス卿、貴殿、後で王宮へ来い。……リヴィア様、また必ずお会いできる機会を設けます故、なにかとご検討頂ければ…」
国王エドワードと王太子一行は、後ろ髪を引かれすぎるほど引かれながら、騎士団長に追い出されるようにして去っていった。 リヴィアは大きくため息をつき、ふかふかの椅子に沈み込んだ。
「……アルヴィスさん。これ、毎日続くんですか?」
「いいえ、リヴィア様。明日はもっと騒がしくなるでしょう。なんせ、貴女様が目覚めたという噂が、もう街中に広まっておりますから」
アルヴィスは、リヴィアに膝掛けをかけながら、何故か誇らしげに微笑みを浮かべた。




