騎士の決意と、震えるエンゲージ
「管理人」となったエドワードが腕を振るい、国中が「リヴィアの家」として平和な活気に満ちた頃。アルヴィスは、かつてない人生最大の試練に直面していた。
「女神」という肩書きではなく、一人の少女としてリヴィアと向き合う。それは、千の軍勢を相手にするよりも、彼にとっては困難な任務だった。
神殿のバルコニー。夕焼けが白銀の髪をオレンジ色に染める中、リヴィアはのんびりとハチミツパンを齧っていた。
「ねえ、アルヴィス。最近、みんな『管理人さん』とか『企画係』って呼び合ってて、なんだか楽しそうだよね」
「……は、はい。平和なのは、重畳……至極喜ばしいことにございます」
背後に立つアルヴィスの返事があまりに硬い。
リヴィアが振り返ると、そこには全身に力が入って、まるで今から決死の特攻でも仕掛けるかのような顔をしたアルヴィスがいた。彼の右手は、背中に隠した「何か」を握りしめて、小刻みに震えている。
「どうしたの? また肩こり? 魔法でほぐしてあげようか」
「いえ!! 滅相もございません!! ……リ、リヴィア様。いえ、リヴィア。……少々、お耳を拝借したく」
アルヴィスが、ついに一歩前に出た。彼はそのまま、神殿の床が抜けるのではないかという勢いで膝をつく。
「……私は、ヴァンの末裔として、貴女を千年間待ち続けてきました。それは義務であり、信仰であり、私のすべてでした。……しかし、今の私は、一人の男として……その……」
アルヴィスは背後から、小さな箱を取り出した。中には、あのお忍びの時に買った安物の指輪……ではなく、彼が密かに家宝の宝石を魔導加工して作り上げた、一点ものの銀の指輪が光っていた。
「リヴィア。……貴女を、一生……私の、その……『特権』にしていただきたい。つまり、その、警護の契約を……終身、かつ……」
「アルヴィス。それ、プロポーズ?」
リヴィアがストレートに尋ねると、アルヴィスの顔面が瞬時に沸騰した。
「プ、プロ……!? いえ、その、契約の更新というか、魂の譲渡というか、物理的な距離の恒久的な固定というか……!!」
言葉が複雑になればなるほど、アルヴィスの目は泳ぎ、声は上ずっていく。最強の騎士団長はどこへ行ったのか、今ここにいるのは「好きな子の前でパニックになった、ただのヘタレな青年」だった。
「もう! 理屈ばっかり! ……ちゃんと目を見て言って」
リヴィアが唇を尖らせて覗き込むと、アルヴィスは「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
「……無理です! リヴィア様の瞳を真っ向から拝見するなど、私の網膜が耐えきれません! ……あ、ああ、指輪を渡す手が震えて、指先が不敬な動きを……! すみません、一度、一度仕切り直しを……!」
アルヴィスは指輪を差し出したまま、あまりの緊張で硬直してしまった。
「……あはは! 本当に、かっこいいんだか、ダメなんだか分かんないね、アルヴィスは」
リヴィアは笑いながら、アルヴィスの震える手から自分で指輪を抜き取ると、それを自分の左手の薬指にはめた。
「はい、契約成立。……ずっと、私の隣にいてね。管理人さんの手伝いとか、サボっちゃダメだよ?」
「……あ、あ…………」
アルヴィスは、自分の指輪が彼女の指に収まった光景を見た瞬間、そのまま天を仰いで、昨夜以上の勢いで卒倒した。
「ちょっと! また倒れるの!? 起きて、アルヴィス! まだ『はい』って言ってもらってないんだけど!」
夕暮れのバルコニーに、リヴィアの笑い声と、気絶した騎士の鎧が鳴らすガチャガチャという音が響く。 女神と騎士の物語は、ここで一旦幕を閉じる。……けれど、一人の少女と、世界一ヘタレで過保護な男の「騒がしいスローライフ」は、まだ始まったばかりだ。




