甘い和解と、騎士の限界容量
昨夜の激しい衝突と涙から一夜明け、神殿の朝は気まずい静寂に包まれていた。 リヴィアの部屋から巨大なベッドは跡形もなく消え、代わりに扉の外で一晩中、彫刻のように座り込んでいたアルヴィスが、目の下にかすかな隈を作って控えている。
「……おはよう、アルヴィス」
リヴィアが少し腫れた目で声をかけると、アルヴィスは弾かれたように立ち上がり、深々と頭を下げた。
「おはようございます、リヴィア様。昨夜は……その、私の至らぬ振る舞いで、貴女様の瞳を汚してしまったこと、万死に値すると猛省しております」
「もう、その『万死』とか『猛省』とか禁止! ……ほら、入って。一緒に朝ごはん食べるよ」
リヴィアは、まだギクシャクしているアルヴィスの腕を引いて、テラスのテーブルへと連行した。 今日の朝食は、リヴィアが昨日のうちに下町の店主からこっそり分けてもらった、あの「普通」のハチミツパンだ。
「アルヴィスも食べて。これ、昨日の下町で一番美味しかったやつなんだから」
「……リヴィア様が選ばれたものを、私が共に頂くなど……」
「いいから! はい、口開けて」
リヴィアはハチミツがたっぷり染み込んだパンを小さくちぎると、そのままアルヴィスの口元へ運んだ。いわゆる「あーん」の体勢だ。
「……っ!? リ、リヴィア様、それは、あまりにも不敬、というか、私の心臓が物理的に耐えられ――」
「昨日、私の隣にいるって約束したでしょ。隣にいる人は、こういうこともするの。ほら、あーん」
リヴィアの真っ直ぐな、けれど少し悪戯っぽい視線。 アルヴィスは、逃げ場を失った獲物のように震えながら、ついに観念して口を開いた。
「……あ、む」
一口。ハチミツの濃厚な甘さと、リヴィアの指先が触れそうなほどの至近距離。 千年の執念、最強の武力、そして「女神への信仰」。それらすべてを注ぎ込んできたアルヴィスの脳内に、未曾有のエラーメッセージが駆け巡った。
(女神様が……私のために……自らの手で……甘味を……!?)
「どう? 美味しいでしょ?」
リヴィアが覗き込むように笑いかける。 その瞬間、アルヴィスの顔面が、熟したリンゴを通り越して真っ紫に変色した。耳からは、幻覚ではなく本物の蒸気が上がっているのではないかというほどの熱気が立ち昇る。
「……あ、ああ……光栄、の極み……。ですが、私の…りせ…いが……」
「アルヴィス? 顔がすごい熱いよ!?」
「……リヴィア様……貴女は……やはり……毒、です……。私を……殺すための……あまりに甘い……」
ガクガクと膝を震わせた後、アルヴィスは白目を剥いて、そのまま後ろに倒れ込んだ。
ドゴォォォォン!! という凄まじい音と共に、白銀の鎧がテラスの床を直撃する。
「ちょっと! アルヴィス!! 誰か、氷持ってきて! 騎士団長がハチミツパンで倒れた!!」
リヴィアの叫び声を聞きつけ、騎士たちがなだれ込んでくる。最強の騎士団長は、戦場での負傷ではなく、「推し(女神)からの直接給餌」という致命的なダメージによって、三日三晩、知恵熱でうなされることになった。
うなされながらも、彼は「リヴィア様……もう一口……」とうわ言を漏らしていたという。




