限界の爆発と、騎士の凍結
神殿の寝室に鎮座する、馬鹿げたほど巨大な二人用ベッド。その威圧感を前に、リヴィアの堪忍袋の緒は、ついに音を立ててぶち切れた。
「……アルヴィス。これ、今すぐ外に出して」
「リヴィア様、これは貴女様の安全を――」
「いい加減にしろよ、このバカ騎士!!」
リヴィアの怒声が寝室に響き渡った。あまりの剣幕に、アルヴィスの饒舌な口が止まる。リヴィアは作業着のまま、アルヴィスの胸当てを力任せに突き飛ばした。
「安全、安全って、そればっかり! 私はあなたの所有物じゃない! あなたの執念をぶつけるための人形でしょ!? 街で見つけた自分の居場所も壊して、今度は寝る時まで監視するの? 気持ち悪いんだよ、いい加減にして!」
「気持ち悪い」という言葉をぶつけられた瞬間、アルヴィスの顔から血の気が失せ、幽霊のように白くなった。だが、リヴィアの怒りは止まらない。
「千年前のヴァンは、もっと私の気持ちを考えてくれた! あなたは私のことなんて見てない、自分の『理想の女神様』を守って自己満足してるだけじゃない!!」
叫びきると、それまでの緊張と、数日間の逃亡生活の疲れ、そして大好きな人を「気持ち悪い」と言ってしまった自己嫌悪が一気に押し寄せた。リヴィアの大きな瞳から、溜まっていた涙がぼろぼろと溢れ出した。
「……う、うっ……。もう嫌……。私、ただ……普通に生きたいだけなのに。なんで、こんなに息苦しいの……。お父さんもお母さんもいない世界で、信じられるのはあなただけだと思ってたのに……っ」
リヴィアはベッドの端に座り込み、顔を覆って子供のように泣きじゃくった。
部屋の中は、静まり返った。アルヴィスは、リヴィアの「気持ち悪い」という拒絶と、その後に続いた「信じていた」という言葉の刃に、心臓を直接貫かれたような衝撃を受けていた。
「……リヴィア様」
アルヴィスが、震える手でリヴィアの肩に触れようとする。だが、彼はその手を空中で止めた。自分の血に汚れた過去や、執着にまみれた手が、今の彼女をさらに傷つけることを悟ったのだ。
「……申し訳、ございませんでした」
その声は、消え入りそうなほど細かった。アルヴィスはリヴィアの前に膝をつき、床に頭をつけた。騎士の誇りも、一族の執念も、彼女の涙の前では何の価値もなかった。
「私は……貴女を失うのが怖くて、狂っていたようです。貴女の心を殺してまで守ることに、何の意味もなかった。……ベッドは、すぐに撤去させます。警護も、部屋の外に。……貴女が望むなら、私は二度と、その視界に入らぬよう……」
「……バカ」
リヴィアが、涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて、アルヴィスの頬を弱々しく叩いた。
「……視界に入らないなんて、言ってない。……ただ、普通に、隣にいてほしいだけなの。神様じゃなくて、リヴィアの隣に。……わかる?」
「……リヴィア、様の……隣に」
アルヴィスは、初めて「女神」という称号を外して彼女の名を呼ぼうとした。その唇が微かに震える。
「……はい。……リヴィア。私は、貴女の望む『ただの男』として、ここに控えます」
リヴィアは、鼻をすすりながら、アルヴィスの頭を乱暴に撫でた。巨大なベッドは翌朝には消えていたが、その代わりに、部屋の入り口に座り込んでうたた寝をする、少しだけ「普通」に近づいた(けれど相変わらず過保護な)騎士の姿があった。




