路地裏の光と、背後の影
王都の下町、古びた魔導具修理店「錆びた歯車」。
リヴィアは埃だらけの作業台に向かい、小さな魔導ブローチの回路を修理していた。額には汗が滲み、鼻先には煤がついていたが、その表情は充実感に満ちていた。
「よし、これで完璧!」
彼女が指先で微かな魔力を通すと、壊れていたブローチは、再び優しい光を放ち始めた。店の奥から、店主の老人が目を細めて言う。
「お嬢ちゃんは本当に不思議なもんだ。あんたが直すと、古い魔導具まで昔の輝きを取り戻す。まるで、千年前の魔導師が蘇ったみたいだ」
「あはは……そうかもしれませんね」
リヴィアは軽く笑った。この数日間、彼女は生まれて初めて「自分の力で稼ぐ」という経験をしていた。パン屋では断られ、洗濯屋でも断られ、それでも諦めずに見つけた、この魔導具店での仕事。 疲労はあったが、誰にも縛られず、自分の技術が直接人々の役に立つ感覚は、神殿の「女神」としての役割よりも、はるかに生きがいを感じさせた。
「次は、この壊れた蓄音機をお願いします! お嬢ちゃんしか直せないって、遠くの街からも依頼が来てて困っちまってるんだ」
老人が差し出したのは、年代物の魔導蓄音機だった。リヴィアはそれを手に取り、笑顔で答える。
「任せてください! これもきっと、直りますよ!」
その時、店の中を吹き抜ける風が、一瞬だけひやりと冷たくなった。
店主は気づかない。だが、リヴィアは背中にぴりぴりとした違和感を覚えた。
振り返る直前、鼻腔を掠めたのは、甘い花の香りではない。鉄と、土と、そして……血の匂いだった。
「……リヴィア様」
低い声が、背後から響いた。その声は、かつて彼女に惜しみない忠誠を誓い、過保護なまでに守ろうとした騎士団長のものだった。リヴィアがゆっくりと振り返ると、そこには見慣れた白銀の騎士服が、血と泥で見る影もなく汚れたアルヴィスが立っていた。
彼の鎧にはいくつもの斬撃の跡があり、右腕からはまだ血が滲んでいる。だが、彼の瞳に宿るのは、傷の痛みでも、疲労でもなかった。
それは、失われたものを見つけた、狂気じみた執着の色。そして、自分の知らないところで、生き生きと笑うリヴィアを見たことへの、深い、深い絶望と独占欲の光だった。
「……アルヴィス?」
リヴィアが小さく呟いた瞬間、アルヴィスの顔に感情は消え、ただ人形のような無表情が浮かんだ。
「……見つけました。随分と、私を走らせてくれたようですね、リヴィア様」
彼の言葉には、叱責も、安堵も、何も含まれていない。ただ、冷たい事実だけが、路地裏の喧騒を凍てつかせるかのようだった。 リヴィアは、彼の背後から漂う、何百もの魔物を斬り伏せてきたであろう血の匂いに、ゴクリと唾を飲み込む。
自由の時間は、あまりにも短かった。 そして、この男は、もう二度と彼女を手放すつもりはないだろう。




